第188話 降臨
ともしびの空間から戻りゆっくりと目を開けると、魔石の中で眠るレミアさんの姿が目に入った。
魔人に変えられたその身体は、ボロボロと崩れながら少しずつ魔力へと還っていく――
足や手の先から消えていき、残るは肩から上を残すだけになった時、一瞬レミアさんがこちらを見て微笑んだような気がした。
驚いた俺は瞬きをして目を凝らそうとしたが、次の瞬間にはレミアさんの身体は跡形もなく消えてしまっていた。
「――気のせいだよな。さあ、早く魔石を回収しないと……」
そう呟き魔石集めをしようとしたその時――
目の前の大きな魔石が突然光り輝き、俺は眩しさのあまり思わず腕で目を覆ってしまう。
強烈な青白い光がおさまってから恐る恐る前方を確認すると、そこには深い青色をした握りこぶし位の球体が浮いていた。
――その内部には恐ろしい程の魔力が凝縮されており、明らかに自然に形成されたものではないことが分かる。
「――ありがとう、レミアさん」
俺は無意識に両手を顔の前で合わせ、小さくお礼を言うのだった。
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ウロドュナミス地区 ―世界樹の麓―
「ぐっ、がはっ!!!」
アドルフの鋭い蹴りが鳩尾に炸裂し、信征は苦悶の表情を浮かべながら宙を舞う。
すぐさまトドメを刺そうと漆黒の剣で斬りかかるが、剣を握る手に向かって光速の弓矢が炸裂し、アドルフの右手指が吹き飛ばされる――
「ちっ! 忌々しいハーフエルフが……!」
それでも構わず左腕一本で剣を振り抜くアドルフだったが、幸司がすかさず展開した多重シールドによって止められてしまう。
「ふたりとも悪い、助かった……!」
口元の血を拭いながら信征は腕にはめた職人手作りの腕時計に目をやる。
「まったくとんでもない強さだなアドルフの野郎……! 何であれだけの強さがあって教皇なんかに従ってるのか意味が分からん」
「ぼやいても始まらないぞコウジ! それよりノブユキ、そろそろ時間なんじゃないか?」
「――ああ、約束の45分が経った。悠賀を戻すから二人は30秒だけ奴を引き受けてくれ!!」
「「了解、任せろ!!」」
アイラと幸司が気合のこもった返事を聞きつつ、信征は指輪に魔力を込める。
すると足元に奴隷紋が埋め込まれた特殊な魔法陣が展開し、眩い光を放ちはじめた。
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転移の光がおさまり視線を上げると、そこには信征の姿があった。
空は燃えるような赤やオレンジ色に染まっており、背後の戦場からは金属音や魔法が発動する音がこだましている――
「悠賀――無事でよかった! 首尾はどうだ!?」
「おう、バッチリだ! こっちは――やっぱりアドルフの方が一枚上手だったみたいだな……!」
「あと一歩――俺達三人掛かりでやってもあと一歩が届かなかった……!単純な強さはもちろん尋常じゃないが、奴の蓄えてきた経験の差が埋められなかった――」
「それでも、信征の機転でこうして“次善の策”は整った! あとどれくらい時間があるか分からないが、今度は四人掛かりで勝負といこう……!」
そうしたやり取りを見ていたアドルフは苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちをする。
「ちっ、どこに行っていたか知らんが、厄介な奴が戻ってきたな……!! 背後にいらっしゃる猊下に万一のことがあってはと隙の多い大技は控えていたが、そろそろ潮時のようだ」
「アドルフ!もう少し耐えてくれ! 今ウロボロスの休眠が解けた……!これで魔力変換術式の発動準備に入ることができるぞ!!」
「おお!それは吉報でございます! 命に代えてここは死守いたしましょう!」
教皇はウロボロスを頭上に掲げ、魔力を込めて術式の発動準備を始める――
「おい待て!!! 魔力ならここにあるぞ!――これを使え教皇!!」
俺は咄嗟にそう叫びながら教皇の前に大迷宮で手に入れた魔石を投げる。
放り出された深い青色をした球体は、教皇の前に展開するアドルフの結界にぶつかって地面に転がってしまった。
その瞬間――
アドルフの凶刃が視界の隅から迫って来たため、俺は瞬時に黒龍のナイフを抜き、信征と二人掛かりで強力な漆黒の剣を止める。
「貴様……!今何を投げた? コソコソと何を企んでいるかは知らんが、下らん真似をするなよ小僧!!」
「――魔石だ! あの中には膨大な魔力が詰まっているんだ! ウロボロスで魔力変換する必要はない……! 今すぐやめろおお!!!」
「猊下!このような者の言葉をお耳に入れる必要はありません! そのままウロボロスをお使いください――!」
戦場に巨大な魔法陣が浮かび上がったその瞬間、教皇は魔力の供給を止めて足元に転がる魔石を拾い上げる。
「な!? 猊下、一体何を――!?」
「ふむ、これは素晴らしい……! そこの者が言う事に偽りはないようだぞアドルフよ。どこで手に入れたかは知らないが、この魔石には途轍もない魔力が宿っている――この場の全員を魔力に変換してもこれほどの量は得られまい……!」
教皇は待ちきれない子供のように足早に宙に浮かぶ“ミイラ”の元へ近づき、魔石からウロボロスに魔力を供給する。
再び怪しい光を帯びたウロボロスをミイラに押し当て、教皇は不敵な笑みを浮かべながらこちらに語りかけてくる。
「くっくっく、大儀であった……施しを受けるなど若干不本意ではあるが、この際それは目を瞑ろう。――礼として“神”の降臨をお前たちにも見せてやろう!!!」
そう叫びながら教皇はウロボロスを起動してミイラに接続すると、空間をドクンという不気味な波動が伝播していった。
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