第187話 望み

「ありがとう! やり方は簡単――この始まりの地で、いつもやっているように鑑定をしてスキルを外す……たったそれだけなの! 楽勝でしょ? まあ、実際にやって確かめたわけじゃないから上手くいくか分からないけど……」


「それならレミアさんが自分でもできる気がするんですが……俺でないとできない理由があるんですか?」


「試してみれば分かるけど、この始まりの地では自分に鑑定はできないの。昔ジャンヌに理由を教えてもらったけど、結局私にはよく理解できなかったわ……」


レミアさんに促されて試しにやってみると、なるほど確かにできないようだ。

どんなに試してみても全くと言っていいほど反応がない。


元々鑑定という行為自体がこの空間にある対象の存在情報――いわばデータベースから一部の情報を引っ張って読み解いているに過ぎない。

この場所に来た時点で俺自身が照会先のデータベースになっているのだとすれば、自分の鑑定が引っ張れないのも何となく理解はできる――



「でも……ここに来てからあなたの情報を鑑定してみたら見事に成功したわ! それで私は確信したの――あなたが私を鑑定すれば、きっとそこからスキルを外すことができるって……!」


「鑑定ができたとして、この場所でだけその……〈上位スキル〉と呼ばれるスキルを外す事ができるのはどうしてですか……?」



「――さっきも話したけど、スキルは魂の核に宿ることで肉体や魂に様々な特殊能力を発現させるんだけど、中には肉体と魂にも“根を張る”タイプのスキルがあるの」


「……根ですか?」


「そう、一番分かりやすいのは刻印や魔眼ね! 見ただけで分かる肉体の特徴を持っているでしょ?――魔眼は肉体に根を張るタイプ、刻印は肉体だけじゃなく魂にも根を張るタイプのスキルなの」


確かに、以前自分の魂を視た時、肉体と同じ位置に闇の刻印の紋が刻まれていた―――あれはそういう理由だったのか。



「魔眼みたいにどちらか片方に根付くものは自由に付け外しができるけど、刻印みたいに生命を構成する全ての要素に深く結びついているスキルは付けたり外したりできないらしいわ。それをジャンヌは“上位スキル”と呼んでいた――」



「刻印や存在感知を外すことができなかった理由がやっと分かりました。でもこの始まりの地では、そうではないということなんですよね……?」


レミアさんは無言で頷いてから再び説明を始める。



「ちなみに上位スキルはたとえ魂を壊したとしても外れることなく残存するわ。――そんな厄介な上位スキルだけど、この始まりの地では違う……少し説明が難しいけど、この場所は始まりの力で構成される世界なの。そして、ここに来ている私たちも始まりの力そのもの――肉体や魂から解き放たれた最も根源的な情報で構成されている状態よ」


レミアさんは俺が話に付いてこれているか確かめるように、一旦話を区切ってこちらを見つめる。


「えーと、俺は今まで意識だけがこの場所に来ていると思っていましたが、そうではないということでいいですか……?」



「その通り! 刻印を持っている人だけが知覚できる力――というより知覚できる人にだけ発現する刻印と言った方が正しいわね……まあ細かい事はいいとして、つまりこの地でなら上位スキルも外すことができるってわけ!」



何だか理解できたような、そうでもないような感じだが一旦それは置いておこう。

俺は改めてレミアさんを鑑定してみる――


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 レミア=シンクレア

 職業:魔法使い

 スキル:闇の刻印、存在感知、

     自動回復(極)、魔力強化(中)、

     状態異常耐性(小)、隠密

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「確かに鑑定できますね、レミアさんが望むならいつでも不死のスキルを外せそうです」


「良かった――ならこのまま外していいわ。あっ、でも一応外す瞬間は合図してほしいかな!」


そう言っておどけるレミアさんと目が合い、お互いクスリと笑い合う――

しばらくそうした後レミアさんが軽く頷き、俺はゆっくりと鑑定画面に手を伸ばす。



「ねえ、もし望むなら――私が消えるまでの時間を使ってあなたの上位スキルを外してあげるよ? あなたも少なからず苦しんできたんじゃない……?」


「――言われてみればそうですね。今回は俺にとっても刻印と決別できる千載一遇のチャンスってわけか――」


画面に伸ばした手を止め、沈黙しながら少しの間考えを巡らせる。


きっかけはこの闇の刻印だった。

これを持っていたお陰で大迷宮へ送られ、耐えがたいほどの恐怖や苦痛、そして死を経験することとなった。


昔の俺だったらその提案を受け入れていたかもしれないが、今は違う。

何より今地上で起きている戦いに俺だけ背を向けて力を手放すことはできない……! アイラを守るための力、アイラと笑いながら過ごす何気ない日常を守るための力――そう考えれば答えは自ずと決まってくる。



「一瞬迷いましたけど……止めておきます。俺にはまだこの力が必要なんです……!」


「――そう、それならいいの。あなたが刻印の力に飲まれないことを祈っているわ」


レミアさんはニコリと笑い、俺の指先に目をやる。

俺がスキルをオフにしようと合図の言葉を発しようとしたその時、レミアさんが何かを思い出したかのように大きな声を出した。



「あっ!最後に、何で鑑定の画面からスキルの付け外しができるか教えてあげようか?あれも結構小難しい理屈なんだけど……」


「いえ――興味はありますけど、それもやめておきます。これまで教えてもらった事だけですでに頭の中が一杯ですよ……!」


「はは、そりゃそうだよねえ。――何だか久しぶりに人と話したから嬉しくなっちゃって……! あんなに消えたいって言っておきながら、往生際が悪いというか何というか」


そう言って苦笑いするレミアさん。

何千年も意識の片隅でひとりぼっちだったんだ……そうなるのも当然だろう。

俺は鑑定画面に触れた手を一旦離し、レミアさんにもう一度確認する。


「レミアさん、本当にスキルを外していいんですか……? もし――――」


「いいの。ちょっと名残惜しい感じはするけど、私の意思は変わらないわ。肉体も魔人化しているし、心も壊れてしまった――奇しくも現れた同じ力を持ったあなたに送ってもらえること、嬉しく思うわ」



「ユウガ……俺の名前はスオウ=ユウガです。――レミアさん短い時間でしたが、ありがとうございました……!」


「ユウガ……いい名前ね。こちらこそありがとう、私の我儘を聞いてくれて心から感謝するわ……!」


レミアさんは深く頷くように合図を出し、俺はお辞儀をするようにそれに応える――

不死のスキルを外し、ゆっくりと顔を上げると――満足げに微笑むレミアさんがこちらを見ていた。



「それじゃあね、ユウガの未来に幸あらんことを――」

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