第183話 小さな英雄

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ウロドュナミス地区 ―獣人居住区―



「さあイーリス、こっちに来て!」


ルイーナは緊迫した様子でイーリスの手を引いて自身の近くへと引き寄せ、手に持った杖で山吹色の結界を展開する。

周囲には巨大な虫型の魔物や翼の生えた人型の“何か”が飛び交っており、突然やって来たそれらによって居住区はパニック状態になっていた。



「私が絶対にあなたを守るわ!この結界の中ならどんな攻撃だって“へっちゃら”よ!」


「でも、このままだとここの皆がやられちゃう! ここから出してルイーナ!ボクも戦う!!」


「駄目よイーリス。あなたをここから出すことはできないわ! 皆と約束したの……イーリスを何があっても守るって」


「でも……!目の前で皆が殺されるところなんて見たくない!! お願いルイーナ!このままここでじっとしてたらボクは……ボクは――!!」



バシンという大きな音がイーリスの悲痛な声を遮るように響き、二人は思わず身をすくませる。――背後に目をやると、人型の魔物が上空から鋭い爪を結界に叩きつけながら絶叫するように声を上げていた。


狂ったように攻撃を続けるその魔物の姿に、イーリスはビクッと体を丸めて小さく恐怖の声を漏らす。


「――分かったでしょ? 今のイーリスが出て行っても皆は助けられないわ。ユウガたちが助けに来てくれるまでじっとしてよう……!」


「でも……でも、それじゃみんなが……!」


ルイーナは小さな体を目一杯使って涙を浮かべるイーリスを抱きしめ、頭を優しく撫でる。


「つらいよね、弱いって。……怖いよね、死ぬのって。――私も昔はそうだったからイーリスの気持ちはよく分かるわ」


「ルイーナもそうだったの……?」


「もちろんユウガ達に比べたら今の私だって大したことないけれど、昔は体も心も今よりずっと弱かったの。一人じゃ何もできなくて、毎日悔しくて悔しくて仕方なかった……!」


ルイーナは記憶を思い起こすように少し遠くへ視線を移し、再びイーリスをぎゅっと抱きしめながら言葉を続ける。



「たくさん勉強をして、何回も試行錯誤をして、いっぱい失敗して、友達や仲間と出会って、そして別れて……数えきれない位の後悔をしてきたけど、そうやって少しずつ出来ることを増やしながら歩いてきたの。イーリスも今は悔しい思いでいっぱいだろうけど、ここは我慢の時だよ……! 生きてさえいれば何とかなる!今日の気持ちを忘れずに、まずは生き残ることだけを考えよう」



ボロボロと涙を流して小さく頷くイーリスだったが、しばらくして意を決したようにルイーナの目を見て口を開く。


「ばあばから……ううん、師匠から……シールド魔法は内側からだけ魔法が通れるように調整できると習いました……! ルイーナの結界も同じことができますか?」


「――ちゃんと……勉強してるんだね。もちろんこの結界魔法も同じことができるわ。でも、中途半端な攻撃じゃ魔物を仕留めきれずにこちらに注意を向けるだけになっちゃうから、やめておいた方がいいわ」


「ボクの魔法はまだ弱っちいからダメかもしれないけど、ルイーナなら攻撃用の魔道具を持ってるよね? お願いします!ボクに何でもいいので強い魔道具を貸してください!!」



「強い魔道具ほど魔力の消費が激しいのよ? 確かにイーリスは同世代と比べてすごく大きな魔力を持っているけど、それでも精々超級魔法を1発撃てるかどうか――」


「それでもやりたいです!! もう“カクゴ”はできてます……!」


年端もいかない少女であることを忘れてしまいそうなほど、その顔は戦士や騎士達と遜色ない位の力強い覚悟を感じさせるものであった。


それを目の当たりにしたルイーナは小さくため息をつくと、収納バッグから一本の短剣を取り出してイーリスの手に握らせる。


「――分かったわ、そこまで言うならこれを貸してあげる」


「これは……どうやって使うのですか?」


短剣から発せられる只ならぬ魔力を感じ取っているのだろう、イーリスは短剣を手渡されたことに全くガッカリする様子もなく、真剣な表情でルイーナに尋ねる。


「ふふ、イーリスは本当に優秀なんだね……! それは古代魔道具アーティファクト〈カルンウェナン〉っていってね、古代文明の王が使ったとされる武器なんだよ。相手をよく狙って、魔力を込めて地面に突き刺してみて!」



イーリスは言われた通り周囲を飛び交う魔物達に意識を集中し、魔力を込めて思いきり地面へ短剣を突き刺すと、結界周辺の地面から数十本もの白く光る魔力の針が突き出し、次々と魔物達を貫いていく。


針で刺された魔物達は痙攣したようにビクッとした後、ボトリと地面へと落ちていった。


「いきなり複数の標的に針を撃ち込むなんて……! 相手をよく狙ってとは言ったけど、最初からこんな数を同時に捉えて攻撃できるとは思わなかったわ!」


「――あの魔物たちは死んじゃったの?」


「死んではいないわ。〈カルンウェナン〉は相手を痺れさせて動きを封じる能力を持っているの! 使い方によっては凄く怖い魔道具なんだけど、殺傷能力はほとんどないわ。――消費魔力は少ないけど、生命力も吸われちゃうから多用は禁物だよ!」



「こんなすごい魔道具があるなんて……! ルイーナはどうしてこんなに古代魔道具アーティファクトを持ってるの……? これくたー?ってやつかな」



「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたイーリスちゃん!――古代魔道具にはね、ロマンが詰まってるんだよ! この杖も短剣も……溢れ出す“古代感”がたまらなく好きなの!!」


突然饒舌に喋り出したルイーナにイーリスが若干呆気に取られていると、ルイーナはわざとらしくコホンと咳ばらいをして言葉を続ける。



「――何てね、まあそれは表向きの話。本当はね、罪滅ぼしのために集めてるの」


「罪ほろぼし……? ルイーナは何か悪いことをしたのですか?」


ほんの一瞬、少し寂しげな表情を浮かべたルイーナをイーリスは見逃さなかった。

聞いてはいけない事を聞いてしまったかと慌てたイーリスだったが、ルイーナの顔にはすぐにいつもの笑顔が戻って来る。



「――ちょっと大げさに言い過ぎたかな? それより説明の続きだけど……〈カルンウェナン〉が破格の性能を持っていると言われる所以ゆえんは、その射程距離にあるの! 大体半径300mは攻撃が届くから、ちゃんと使いこなせばピンチになっている居住区の人達を助けることもできるわ。但しさっきも言ったけど、生命力を使う危険な魔道具だから闇雲に使うのはナシだからね!」



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ルイーナが守りイーリスが攻撃をする――

盤石な体制で居住区を守っているように思えたが、ルイーナのマナポーションが底をついた事で状況は一変していく。


「これで最後の一本が終わっちゃった……! はあ、私にユウガくらいの魔力があれば転移魔法で一発で避難できたのになあ――悔しいよ」


大粒の汗を流しながら肩で息をするルイーナ。

その横では同じく苦しそうに呼吸をするイーリスが蒼白な顔に歯を食いしばって何とか立っている。


「今度は……ボクが結界を張ります!ルイーナは少し休んでください!」


「そうはいかないわ……!私の魔力が尽きるまで大体あと10分――結界が解けたらイーリスは西に向かって逃げるのよ! どうやら魔物はピークス山脈に沿って南下しているようだし、西のピークス山脈へ向かえば助かるかもしれないわ」


「ルイーナを置いて逃げるなんて絶対にイヤ! ボクは最後までここで戦う!」


何度も言葉を尽くしてイーリスを説得するルイーナだったが、イーリスは頑として聞かなかった。


もはや自分ではどうしようもないと悟ったルイーナは、何かを覚悟したように収納バッグへと手を入れる――



「分かったわ。それなら私も最後に――――」


そう言いかけた瞬間、森の奥から勇ましい鬨の声が響き渡る。


二人が声のする方へ振り向くと、頑強な鎧に身を包んだドワーフの軍勢が魔物達を蹴散らしながら近づいて来るではないか。



「――た、助かった……!ロクステラ兵だわ!! 獣人族の応援要請で駆けつけてくれたのね……!」


軍勢を割って先頭へ躍り出たのはロクステラ王国の国王、テラロス=ラートソルその人であった。


「間に合って良かった……!

全軍――!居住区周辺の化物どもを一掃せよ!!!」


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