第180話 開眼

「よくぞ……よくぞ役目を果たしてくれたアドルフよ!」


傍らで片膝を突いて控えるアドルフにヘルムを脱ぎながら声を掛ける男――

教団の騎士に扮しその身に甲冑を身に着けたマルセル・スプリッツァーは、コバルトブルーの瞳に怪しげな光を宿しながら労いの言葉を口にする。



「いよいよ猊下の悲願が……神の降臨が実現するのですね……!」


「ああ、本当に……長かった」


「数千年にわたる猊下の歩み……その苦労が如何ばかりか、私のような“若輩”には想像すら付きませぬ」


「――苦労があったからこそ私はこれだけの年月を渡り歩く事ができた。失敗も挫折も渇望を引き出すための糧として飲み下し、永遠に続くのではないかとすら思えるこの道を進んできたのだ……最後のピースであるウロボロスが見つかってからは驚くほどあっという間ではあったがな」


教皇は思いを馳せるように目を細めながら世界樹を見上げる。


「――そしてアドルフ、今回の計画を盤石にする上で君という最強の使い手が私の元にいてくれた事には少なからず運命を感じている。この瞬間を迎えられるのは君のお陰だ、本当に感謝しているよ」


「勿体ないお言葉でございます――! 度重なる想定外で猊下には心配をお掛けいたしましたが……今はただ、この瞬間を嬉しく思います……!」



教皇はニコリと微笑みを浮かべ、収納バッグから取り出した召喚水晶クロノスをアドルフに手渡す。


「そのまま持っていてくれ。今からウロボロスでクロノスに許容量以上の魔力を流し込み、勇者召喚などという“余計な機能”を破壊して本来の力を取り戻す――さあ、始めようか!」


教皇はウロボロスを発動してその内に秘めた膨大な魔力を開放すると、ドクンという音とともに周囲の空気に大きなうねりを伴った振動が伝播していく。


発生した魔力の奔流がクロノスの中へと流れ込むと水晶は青い光を放ち始め、水晶の中に複雑な3次元の魔法術式が浮かび上がった。

その術式の周囲には土星の輪のように別の術式がいくつも回転しており、注ぎ込まれる魔力が増えるのに比例して回転速度がどんどん早くなっていく――


しばらくすると水晶の光は目に刺さるような紅い色へと変化していき、同時に周囲を回転していた術式は注がれた魔力量に耐えきれなくなりボロボロと崩れて消えていった。



「よし、成功だ!――次に私とクロノスを接続する……水晶をこちらへ!」


「クロノスと接続……ですか?」


状況を飲み込めない様子のアドルフから水晶を受け取った教皇は、少し興奮した様子で自身の魔力込めていく――


「――元々クロノスとは使用者と接続し、その者が望むままにあらゆる時空への道を繋ぐ事を目的に作られたのだ」


「そのような経緯があったとは……! 勇者を別世界から召喚するために存在するものと思って疑っておりませんでした……」


「知らぬのも無理はない、結局古代文明も制御できず後から機能を制限して今の形に落ち着いたに過ぎないのだ」


教皇が魔力を注ぎ込むにつれ、次第に水晶内部の魔法陣がギラギラと黄金の光を放ち始める。


「――制御できなかった最も大きな要因は、繋ぐ先の座標が特定できないからだ。だからこそ私は数千年もかけて神が住まうあの時空の地平を探し求めた!――そして!ついに!!彼の地への道が開けるのだ!!!」


教皇が高らかに召喚水晶を掲げたその時、クロノスはウロボロスから取り込んだ魔力を消費して頭上に直径10mほどの時空の裂け目を作り出す。

水晶は刺すような鋭い紅い光を放ちながらうなりを上げ、ギチギチとこじ開けるような音を立てながら裂け目を広げていった。



「さあ!我が悲願の成就はすぐそこだ!!道が開けば止まっていた彼の地の時間が動き出しこちらに流れ込んでくるだろう! アドルフ、私の守りは任せたぞ!!」


「御意!! 我が全てを懸けてお守りいたしましょう!!」




――――


――ほんの一瞬、戦場で戦う全ての者たちの間に世界の時間が止まったかのような感覚が通り過ぎる。


同時に、上空に出現した空間の裂け目が“眼”を見開くように押し開けられ、その奥に無数の何かが蠢く暗黒の空間が顔を出したのであった。

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