第179話 天聖魔法

暗闇の中、閉じた瞼を突き抜けてくる程の鮮烈な光が差し込む――

次いで剣と剣がぶつかり合うような鋭い音が鳴り響き、俺は慌てて目を開ける。



「――なに諦めてるんだ? こんな所で死んだら許さないぞ悠賀……!」



アドルフの凶刃を鍔迫り合いの形で受け止める男の後ろ姿――見間違えるはずがない、それは何度も俺のピンチを助けてくれた親友の背中だった。


「「信征――!」」


俺と幸司が同時に名前を呼ぶと、信征は口元に少し笑みを浮かべながら呼びかけに応える。


「遅くなって悪い……! 感動の再会は……とりあえず後で、だなっ!!!」


信征は眩い光を放つ白剣でアドルフの漆黒の剣を勢いよく押し返し、アドルフはそのまま空中で宙返りしながら10m程離れた所に着地する。


「これはこれはアレナリアの勇者殿!――その剣の輝き、もしや天聖魔法を会得されたのですかな?」


わざとらしく恭しいお辞儀をするアドルフに、信征は吐き捨てるように答える。


「お前は……あの時教皇の脇に控えていた男か――随分と堕ちたものだな、お前からは深い闇の気配がするぞ!」



「ククク、改めて自己紹介でもして差し上げましょうか。私はレグーレス教団の中央司教アドルフ=ニコラエル――勇者殿と同じく天聖魔法をたしなんでおりました。ふふ、当時は誇らしかったものですが、魔人となった今その光を見ても忌々しさしか感じませんねえ!」


「気を付けろ信征!奴は深淵魔法とかいう不気味な魔法を使う! しかも剣術も体術も化け物並みときてる……!」


「深淵魔法だって!? 成程、そういうことか……あいつがそうなんだな――――」


信征は真剣な表情で何かを呟き、チラリとこちらを振り向いてうっすらと笑みを浮かべる。


「お前じゃなくて良かった――」



「――どういうことだ?」


「いや、こっちの話さ。気にしな――」


「さあ、お喋りはここまでだ! もうそろそろ“時間”になる……お前たちはここで皆殺しにしてやろう!」


一気に魔力を練り上げたアドルフはこちらに右手を向けて魔法を放つ。


「深淵魔法――《葬送霊柩コフィン・オブ・ハデス》」



全長3mほどの鎖が巻き付いた古びた棺が出現し、ドスンと地面に接地した瞬間、雁字搦めに縛っていた鎖がバチンと音を立てて弾け飛ぶ。

勢いよく棺の蓋が開くと同時に、真っ暗な棺の中から無数の巨大な白い手がこちらに襲い掛かってくる。


「――俺に任せろ! 天聖魔法 《極光浄化アセンション》!!!」


信征が詠唱をした瞬間、山吹色の輝きを放つ光のカーテンが空から降り注ぐように出現し、棺から伸びる白い手の行く手を阻む。

手が光に触れた瞬間、大きな破裂音と共に鍋で油がはねるような音を立てて手が浄化されていった。



「ついこの間目覚めたばかりの“ヒヨッコ”が……一丁前に天聖魔法を使うな鬱陶しい! 格の違いを魂に刻んでやろう!!」


「こいつは俺が引き受けるから3人は周囲の魔人たちを頼む!」


「――了解! 無茶するなよ!」


信征はそのまま光の剣でアドルフに切り掛かり、激しく切り結びながら少しずつ戦場から距離をとっていく。



「よし!俺たちはさっきと同じ連携で魔人を一人でも多く減らすぞ!」


「承知した! 教皇探しはユウガの存在感知に任せる!」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


そうして戦い続けることおよそ30分――

混迷を極める戦場にアドルフの笑い声が響き渡る。


「ハーッハッハッ!!! 認めようアレナリアの勇者よ、お前は強い!」


その言葉に信征は唇を噛みしめ険しい表情でアドルフを睨みつける。


――存在感知で入ってきた情報を総合すれば、魔法も体術も剣術も全てアドルフの方が上だった。

何度も致命傷となる攻撃を受けていたにも関わらずいまだに立っているのは、信征が圧倒的な回復速度を持っているからに他ならない。

実力の差をまざまざと見せつけられた信征は、悔しさと自分への憤りで一杯なのだろう……じっと堪えるようにしながら攻撃の隙を窺っていた。



「本気で殺そうと思ったのに殺せなかったのはお前が初めてだよ……! お前の魂と肉体を深淵の力で穢し侵してやるまで続けたい所だが、もう時間のようだ。予定とは大分違う形だが……ひとまず私の役目は完了だ!」


そう言うと同時にアドルフの体を闇の靄が包んでいく――


「くそっ、待て!!」


信征はすぐに靄を光の剣で両断するが、すでにアドルフの姿はそこになく、むなしく空を切るだけであった。



「なあ悠賀!大迷宮に行ってたせいで詳しい事情が分からないが、奴の言う“時間”っていうのはどういうことなんだ?」


「――本来はこんな場所でやるのはマズイが、俺の記憶を見てもらうのが一番手っ取り早い。――アイラと幸司は伝心魔法の隙をカバーしてくれ!」


二人は静かに頷き、俺は信征に対して伝心魔法を唱える。


俺は禁忌の魔道具の存在や、龍族の始祖からの使命、アレナリア王国での魔力災害とその背後で糸を引く教皇の存在についての記憶を魔法に乗せて信征に伝えた。


「――っ!?」


膝に手を置くようにして身をかがめ、一瞬驚いたような表情を浮かべた信征だったが、すぐに体勢を整えてこちらに視線を戻す。


「アレナリアは滅び、教皇は世界に破滅をもたらす何かを企んでいる――そのキーになる魔道具が世界樹にあるんだな?」


「ああ、そして教皇はすでにこの戦場に来ている可能性が高い! 予知によれば日が暮れる頃にウロボロスを使ってこの戦場ごと魔力変換するつもりらしい……!」


「――もう時間がないな。アドルフが言っていた“時間”がウロボロスの発動タイミングだとしたら、奴の『役目が終わった』という台詞からしても発動の準備はもう整ったってことか……」



信征が考え込むようにして顎に指を当てた瞬間――

背後にある世界樹の方向から異様な空気のうねりが押し寄せるのであった。

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