第178話 圧倒的な実力
まるで人の指のような――
数えきれない程の白い棒状の物体が頭上に突然出現し、激しく紅い炎を上げながら雨のように降り注いでくる。
咄嗟に魔力でシールドを展開しながら黒龍のナイフで降り注ぐ不気味な燃える指を叩き落とし、ギリギリの所で全弾を躱しきることに成功する。
シールドに目をやると、白い指に触れた部分を中心にドロリと溶け落ちており、地面に刺さった指はメラメラと燃えながら煙の代わりに瘴気を立ち昇らせていた。
「一体何なんだ、この気味の悪い魔法は……!?」
「ほう――魔力だけではなく、身のこなしも中々だな」
そう話しながら近づいてきた男は、一目で人間ではないと分かる位の途轍もない魔力を宿しており、この世のあらゆる負のエネルギーを圧縮したような重苦しく不吉な力を纏っていた。
すぐさま鑑定を行うと、驚きの結果が表示される。
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アドルフ=ニコラエル
職業:勇者
スキル:身体強化(大)、魔力強化(極)、
魔力感知、魔導補助、状態異常無効
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職業……勇者!?
信征以外にも職業が勇者の存在がいたのか!?
いや待て、この名前はどこかで聞いた覚えがある――確かキールさんの話に出てきた名前だったはずだ……!
困惑しながらスキルに目を通すと、勇者だけあって信征と遜色ないものを持っている――予想だにしていなかった結果に緊張感を強める中、アドルフは静かに口を開いた。
「今、何かしたか――?」
違和感を感じたのかピクリと身体を反応させたアドルフは、深い海の底を覗いた時のような冷たい目付きに豹変し、腰に差した剣を抜いて魔法を唱える。
「貴様も“不確定要素”に認定だ。 この私直々に、確実にここで殺してやろう……!深淵魔法――《
詠唱と同時に不気味な波動を放つ暗黒の魔力が剣を包み込み、瞬く間に漆黒に濁った剣を作り出す。
そのまま流れるように距離を詰めて切り掛かってくるアドルフと2、3度刃をぶつけ合うが、打ち合う度に極限まで圧縮して構築した魔力ブレードが侵食されたように欠けてしまう。
一体何なんだあの剣は!?
魔人が使う闇属性魔法とは一線を画す魔力の質だ――! 切り結ぶ度に刃を再構築してたら埒が明かないぞこれは!! 光属性の魔力を使うしか――
相手の不気味な攻撃を防ぐため、指輪から最後の光属性の魔力を取り出して魔力ブレードのエッジに纏わせる。
「ほう!光属性の魔力持ちだったか! だが、そんな矮小な魔力量でこの深淵魔法を宿した剣を防げるかな?」
そう言いながら上下左右あらゆる方向からほぼ同時に斬撃を浴びせてくるアドルフ。
あまりの太刀筋の速さに、極限の集中をもってしても反応するので精一杯の状態であり、何とか辛うじて攻撃を防ぐがあっという間に光属性をまとわせた部分が壊れてしまう。
尚も止むことなく浴びせられる斬撃――やむを得ず、攻撃を受けるか否かに関係なく常に刃を再生し続ける形で何とか切り結んでいたが、次第に相手の速度に付いていけなくなり、ついに防御をすり抜けて首筋に禍々しい漆黒の刃が迫ってくる。
「くっ……!!!」
その瞬間――俺の背後に閃光が輝き、幸司の補助魔法で強化された光の矢が目で追えないほどの速度で視界の端を通り抜けていった。
俺の体を利用して死角から飛んできた攻撃に、アドルフはギリギリの所で目への直撃を免れるが、避け切れずに耳を吹き飛ばされてしまう。
「小娘がぁ……私の体に傷を……しかも貴様はハーフエルフではないか!! そんなに死にたいなら貴様から縊り殺してやるぞ!!!」
――今まで一切の隙がなかったアドルフであったが、この数秒に限っては明らかに俺への注意が逸れていた。
恐らく俺が攻撃を加えようとすれば敵意に反応してすぐさま反応してくるだろうが、“これ”なら反応できないはずだ……!
俺は自分に鑑定を使い、表示されたスキルの一覧から〈瞬視の魔眼〉をセットする――
それと時を同じくしてアドルフは叫びながら地面を蹴り、恐らく幸司のシールド魔法すら容易く破壊するであろう強大な魔力をほとばしらせながら瞬時にアイラとの距離を詰めていった。
「混血の穢れ者がああ!天罰を与えてやろう!!」
「――罰を受けるのは、お前の方だ!!」
後ろからの声に慌てて振り向いたアドルフだったが、すでに俺の右足が顔面を捉えており、めり込んだ蹴りによって顔面を歪に変形させながら遠くまで吹っ飛んでいった。
「すまないユウガ……助かった!」
「なに、アイラが奴を引き付けてくれなかったら俺の方こそ危なかった! お互い様さ!」
「マジで悠賀が来てくれて助かったぜ……! 光属性を持ってない俺じゃ、ありゃ無理――」
その言葉を言い終わらない内に、瞬時に傷を回復したアドルフが再び猛スピードでこちらへ迫り、まるで猛獣が飛び掛かるような跳躍を見せながら特大の魔力を込めた剣を振り下ろす――
相変わらず途方もない威力と剣速ではあったが、魔力量ではこちらも負けていない。更に今回は魔眼の力もあって、速度でも押し負けることはなかった。
とはいえ3人揃っていても防戦一方なことに変わりはなく、光属性の魔力が底をついた今、味方を巻き込む可能性がある広範囲攻撃を使わずに仕留めるには決め手に欠く状態であった。
周囲の戦況を考えればこの男にこれ以上時間を取られているわけにはいかない……!
ナルヴィスさんの予言にあった夕暮れまであとどの位なんだろうか、とにかく今は時間がない――!
次第に焦りが募っていき、心にほんの一瞬の僅かな迷いが生じた瞬間……致命的な油断が発生してしまう――
アドルフはその隙を見逃さなかった。
ニヤリと不快な笑みを浮かべながら俺が反応するより早く剣を振り下ろし、同時にアイラと幸司に向かって魔法を放つ。
〈瞬視の魔眼〉は集中している時にしか発動しない――
いつかの訓練でルシルバさんから一本を取ったあの時と同様、一瞬の集中の切れ間を狙われアドルフの凶刃が眼前に迫ってくる――
先ほどと同じ轍を踏まないよう今度はアイラと幸司にも黒い爆炎を伴った魔法を放っており、今回はふたりの援護は期待できないだろう。
「――アイラ、ごめん」
刹那の狭間で声にならない声を発し、死を覚悟して俺はそっと目を閉じた。
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