第129.5話(3) 無名の英雄⑥

ゆらり――と、ゆっくりとした初動だった。

動いたと思ったその時にはすでに数十人の首が垂直に飛び跳ねており、吹き出す鮮血が空を舞い出す頃には安藤の姿はそこになかった。


魔物化による圧倒的な肉体強化、そして光と闇の属性を鮮やかに使い分けながら次々に強化兵たちを蹂躙していく。


「魔眼を持っていようと関係ない。見えていても避けられない攻撃をたたき込むだけだ!」



瞬きをする間に、その一瞬で数十人単位の強化兵たちが血しぶきとなっていく。

もはや誰一人戦意が残っている者はおらず、帝国軍はセドリックを筆頭に我先に背を向けて逃げ出していった。

そんな兵たちが走る背中目掛けて魔法を撃ち込み、追いかけて叩き潰す――



そうした最中、突然視界がブレるほどの強烈な頭痛が安藤を襲う。


「――くそっ、思ったよりも闇の侵食が強い……! 早く決着を付けないとマズいな……」


「混沌魔法―《灰の刻印-日輪-モノクローム・サンバースト!!!」



左右の手に光と闇属性の魔力を圧縮し、頭上に展開した魔法陣に流し込む――

相反する属性を強引に押し込んだことで放電現象のように白と黒の強烈なエネルギーが発散し、黒く変色した魔法陣から目を刺すような白い光が放たれる。



発動した魔法は直径1kmほどの環状に魔力を拡散させ、内部の空間を白と黒で構成された“灰色の世界”に作り変えていった。


全ての生物は時間が止まってしまったかのように動きを停止し、辺りは雪の降りしきる夜のような静寂に包まれる――


安藤はセドリックの場所まで歩み寄り右手をかざす。

するとセドリックは再生ボタンを押された動画のように動きを取り戻した。



「――は、ははは……何だこれは……時空間魔法か!? いや、発動の瞬間確かに光と闇の魔力を宿していた。――だとすれば、光と闇の複合魔法だとでもいうのか……?」


ブツブツとつぶやくように思考を巡らせるセドリック。

その表情は、得体の知れない状況に置かれた恐怖の顔から、歴史上初めてであろう光と闇の複合魔法を目の当たりにしたことへの歓喜の表情へと変わっていた。


「信じられない……!これから帰って魔人軍団の製造に取り掛かろうというのに、その遥か先を行く存在を知ってしまった!!!

――ああ、頼む! 一緒に帝国へ来てくれないか!君と私なら世界を根本からひっくり返すことができる!!」



「俺に“死人”の言葉は届かない。ここは生と死の狭間――お前の存在は混沌の世界に飲まれて、もう終わってるんだ。後数分もすれば魔法空間と一緒に存在ごと消えてなくなる。――精々苦しみ、後悔しながら逝くんだな」



そのまま振り返り、魔物化を解きながら去っていく安藤。

その背後からセドリックの懇願するような声が何度もこだましたが、空しく灰色の世界に飲み込まれていった。



「いやだいやだいやだ死にたくない死にたくない死にたくなああああい!!!」


数分後、安藤が魔法の効果範囲を出た瞬間に灰色の世界はボロボロと崩れていき、またたく間に風に吹かれて粒子状に散っていく。


その様子を見ながらセドリックはガクリとうなだれるように首を下に向け、乾いた笑い声を上げる。


「ははは…‥ああ、お前の“研究成果”……素晴らしいじゃないか。なあ、満足だろう?ファンネル――」



それが狂気の研究者が発した最期の言葉だった。



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「すでにアナナスは帝国の大規模な魔法によって民のほとんどを失っておりました。

僅かな生き残りも次々に帝国へ移送されている状態です……途中1人の人間が敵本陣に攻め入ったようですが、大勢に影響はないと判断し戻って参りました――以上が報告です……!」



「そうか……すでにアナナスの民は……!」


言葉を詰まらせてむせび泣く族長だったが、遠くから響き渡る戦闘の音に感傷に浸ることすら許されず、目を赤くしながら顔を上げる。


「ともかく、よく帰ってきてくれた。――今からここまで付いてきてくれたお前たちに最後の命令を下す。心して聞け……!」


「何を仰いますか! 我々の族長はククルス=ダイキル様をおいて外におりません!我々は最後まで――」


その言葉を右手を上げて制し、族長は深々と頭を下げる。



「トゥリンガを放棄し、古の盟約に従いエルフの里……ウロドュナミスへ保護を求めようと思う。アナナスが落ち、今後も帝国の脅威が去らぬ以上、これ以上先祖が切り開いた土地を守ることはできぬ。

こんな決断をせねばならぬ不甲斐ないワシを許してほしい……!」



「――頭をお上げください! 我々も先ほどの報告を聞いて、薄々覚悟はしておりました……」


「族長がご決断されたのであれば、私たちはこれより各地に点在する村落を巡りながらエルフの里へ向かいましょう!」


皆口々にこの意見に続き、それぞれが回る集落の分担を決めていく。

命を下さずとも率先して動く部下たちの様子を見ながら、族長は涙を流しながら大きく頷く。



「皆の協力感謝するぞ! ワシはこれよりウロドュナミスへ向かい、エルフの族長に事情を説明してくる。

それが、ワシの最後の仕事だ……!」


「最後かどうかは、ウロドュナミスに集まった同胞に聞くとしましょう。――では、行って参ります!」


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