第129.5話(2) 無名の英雄⑤

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俺は、間に合わなかったようだ――

帝国南部の戦争で連合軍が敗れたことを知りこの地まで追ってきたが、すでにウロボロスは起動し、数えきれない程の命が奪い去られた後だった。


あそこで出くわした帝国兵を倒すのに“あれ”を使うべきではなかったかもしれない。

身体の“調整”をするために、結局10日近くファルス村で身を隠すことになってしまった。



強化兵たちは突然陣中に現れた人物に戦慄し瞬時に戦闘態勢に入るが、セドリックはそれを制しつつ、眉一つ動かさずゆっくりと後ろを振り向く。


「――おや、君は確かファンネルの“最高傑作”じゃないか! 彼の研究資料で君の顔を見たことがある。闇に蝕まれた欠陥品だと思っていたが、よく今まで生きていたものだ」


「黙れ、お前と話をしていると頭がおかしくなりそうだ……! ウロボロスがどこにあるかだけ答えろ!」


「ああ、ウロボロスは無事覚醒に成功したので本国に送ってしまったよ。奴隷の収集は部下に任せて、私もこれで戻って魔人兵の製造に着手しなくては……!」


「逃がすと思ったか? お前たちはここで全員滅ぼしてやる!!」



魔力を一気にほとばしらせると、セドリックの制止を振り切って両眼に赤い光を携えた強化兵たちが、一斉に安藤の身体に剣を突き刺す。


「獄炎魔法―《極炎インフェルノ》!!!」


全身を貫かれたにも関わらず全く動じる事なく魔法を発動し、黒い爆炎が周囲を吹き飛ばしていく。

刺された傷はたちまち塞がり、その様子を見たセドリックは興奮した様子で語りかける。


「は……ははははは!! 素晴らしい、不死というのはまんざら嘘でもないようだ! 聖騎士の力を残しながら闇の力をも操るその実力……存分に見せてくれたまえ!」


猛炎の向こう側からセドリックの高笑いが聞こえてくる。

どうやら魔道具によって作り出した魔法障壁を身に纏っており、傷一つ付いていない様子だ。

確実に吹き飛ばしたと思った兵達でさえ、複数人で何重にもシールドを張ってそのほとんどが生き残っている。


予想外の結果に一瞬困惑したその隙を突くように、すぐさまセドリックとの間に割り込むようにして強化兵が立ちふさがり、鈍く光り輝く無数の刃で視界が覆われてしまう。


――こいつらの眼、この動き……人工魔眼持ちか!?

以前倒した奴らより更に反応速度が向上してやがる……!


目にも止まらぬ早さで光の剣を作り出して迫りくる刃を次々に受け止め、距離を取ろうと後ろに飛び跳ねた瞬間――


その動きを読み切っていた強化兵たちが着地点目掛けて一斉に集まり、攻撃態勢に入っていた。


「――ちっ、出し惜しみしてる場合じゃないか……闇魔法―《黒砂牢ブラックジェイル》!」


砂鉄のような漆黒の粒子が地面から湧き出すように出現し、体の周囲を覆いながら球体を形作る。


強化兵たちは間髪入れずに斬撃や何種類もの魔法攻撃を漆黒の球体に撃ち込むが全くびくともせず、ついには攻めあぐねた様子でお互いに顔を見合ってしまう。


「全く魔導技術局が誇る精鋭部隊がそんな体たらくとは情けない……!どうせ出てこないのなら少し調べさせてもらおうか」


「――!? いけません!いくらアーティファクトで鉄壁の防御を誇っているといっても、局長殿の身に万が一があっては皇帝陛下に申し訳がたちません!」


興味深い“研究対象”を見つけて目をぎらつかせるセドリックを護衛の兵士たちが必死で制止していると、突然球体から内臓を揺さぶられるような魔力波動が放出され、数千人の兵たちに恐怖と戦慄が伝播していく。


余りに“異質”な魔力を浴びたことで兵士たちは数秒の間呆然と立ち尽くしてしまい、卵が孵化するようにひび割れていく球体をただただ見つめるのだった。


――そうして姿を現した異形の者を目の当たりにした帝国兵は、再び息を飲む。


まるで彫刻――

漆黒の筋繊維を思わせる筋が全身に張り巡らされ、野生の肉食動物のような無駄のない、“狩る”ことに特化した立ち姿――


芸術作品でも鑑賞しているかのように皆一様にその姿に見とれてしまう。


「あれは、魔物化……なのか? 何と美しい……神々しさすら感じられる……!」


目を潤ませて感嘆の声を上げるセドリックだったが、次の瞬間にはその顔を恐怖に引きつらせることとなった。

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