第129.5話(1) 無名の英雄④

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トゥリンガ領 ―中心都市アナナス近郊―



「急げ!帝国より先にアナナスへ戻るのだ!!」


「すでに連合軍が敗走してから4日……帝国がトゥリンガへ進軍しているという情報が本当なら、もう奴らが着いている頃です!」


「恥と知りつつ戦場から落ち延びてきた……!それだけでも民に合わせる顔がないというに、この上民の命まで危険に晒すようなことになれば……このワシ一人の命では到底あがなえん」


「ククルス=ダイキル様、あなたは偉大な族長です! ロクステラが途中で撤退さえしなければ、勝っていたのは我々の方でした!」


「反対を押し切ってロクステラの作戦に乗ったはワシだ。全ての責任はこのワシにある。――さあ、もうじきアナナスの地が見えてくるぞ」


祈るような表情で木々の先を眺める族長――

その祈りを嘲笑うかのように、視線の先で強力な魔力波動を含んだ青白い光が天へと立ち昇る。



「あの光は何だ!?一体何が起きているのだ!」


族長の問いかけに対して誰一人として答えを持ち合わせる者はおらず、全員言葉を失って怪しげな眩しい光を見つめていた。


疲労で力が入らなくなった脚に無理やり力を込め、一気に森を走り抜けたその時――

族長は脚を動かすのをやめ、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちる。


虚ろな目が見つめる先には……破壊された城門と、街の内外に溢れ返る帝国の大軍――


従者たちは慌てて族長を森の木陰に引き込んで身を隠し、息をひそめて周囲の様子を窺う。


「遅かったか……情報は本当だったのだな……追手が来ぬようピークス山脈を抜けてきたのが裏目に出てしまったということか」


「そうだったとしても、何か様子がおかしくはありませんか?――ここに来るまでの間も、そしてここに来てからも、一切戦闘の気配が感じられません……!」


「うむ……確かに妙だな。あの不気味な光以外、火の手や煙ひとつ見ておらん」


「誇り高き獣人の一族が抵抗せず投降するなどありえません! 様子を探って参りますので、族長はひとまず東にある祠へ身をお隠し下さい……!」


「分かった。くれぐれも無茶をするでないぞ!」



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「さあ、生き残りをどんどん集めて本国へ送るんだ!――念のため“これ”も研究室へ持って行け!」


セドリック=レイダンセラは大きく胸を張るように深呼吸をして、目を閉じながらゆっくりと息を吐きだす。


「本当に、本当に素晴らしい! これだけの獣人が死んだというのに、全く瘴気が発生していない! これがどういうことか分かるか?」


傍らに控える護衛の隊長に問いかけるが、掴みどころのない質問に首を傾げてしまう。


「ククク……肉体も、魂も、全て余すところなく魔力へと変換されたということだ! 街全体で約10万……これほどの魔道具は古今東西存在しないだろうな。ウロボロス以外は……!」


そう話す間にも次々と郊外から獣人が連れてこられ、転移魔法陣で帝国へと移送されていく。

皆、目の前で起きている出来事が信じられず、促されるままにフラフラと歩いていた。


「ふっ、さしもの獣人も“アレ”を見せられては茫然自失にならざるを得んだろうなあ。

おかげでウロボロスの起動という一番厄介な課題をクリアできた……こんな辺境で繁殖してくれた獣人に感謝せねばな」


「無敵の“魔人”軍団の誕生……これで歴代皇帝の悲願へ大きく近づきましたな!」


「想像しただけで心が沸き立つようだ……! 私が長年かけて作り出した人工魔眼など、このウロボロスの前には塵芥に過ぎん。

 最初にウロボロスのことを知った時は研究者としての矜持がへし折られたような気分になったが、実際にウロボロスを手にしてそんな矜持はちっぽけな物だと思い知ったよ」


セドリックは肩を震わせて口元を歪める。


「これも研究者の性だな、すでに私の心は最強の魔人軍団のことで一杯だ……!」



高笑いするセドリックの背後から、ふいに声が聞こえてくる。


「お前は……自分が何をしたか分かっているのか?」


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