第128話 掴んだもの
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竜胆の治療を終えてふと顔を上げると、すでに外は薄明かりが差していた。
龍族の“呪い”とでも表現すればいいのだろうか……細胞レベルで絡みついた龍の魔力を取り除きながら治療を進めるのは思った以上に神経を消耗してしまった。
これほどの力を持った龍族を従える帝国というのは、一体どれほどの戦力を持っているんだろう――
「さて、夜はそれほどドンパチやってなかったようだし、今の内に俺も少し休憩しようか――」
そんなことを呟いた瞬間、大きな魔力が爆ぜたような感覚が突き刺さり、一気に眠気が吹き飛ぶ。
数瞬の間をおいて爆発音のような轟音が鳴り響き、空気がビリビリと振動し始めた。
「言ってる傍からこれだ……! 早朝を狙ってきたということは魔族の仕業だな。とりあえず、念話で安否確認からだな」
[ こちら信征だ、そっちは大丈夫か!? 今しがた竜胆の治療が終わったから、俺もそっちへ行く ]
[ どうやら今の爆発は攻撃目的じゃないらしい!――周辺の魔力濃度が異常に濃くなってる……! 魔族の仕業であることは確かだろうが、いつもと“やり口”が違う……何か嫌な予感がするぜ ]
確かに周辺の魔力濃度が高くなっている――
魔物を自在に操る魔族のことだ、これは“間違いない”な。
[ 幸司、予定変更だ! お前の言う通りこれは魔族の策で間違いないと思う! 周辺に魔族の姿は見えないか? もし見つけたら速攻で倒してくれ! 俺は別の場所で怪しい魔族を探してみる ]
[ 了解! 何か動きがあればまた連絡する ]
進むにつれ、むせ返るような濃密な魔力が満ちてくる――周囲を見渡しても魔族はおろか魔物の姿すらない。
もはや魔力感知スキルでは魔力の濃淡を判別できないレベルになってきたため、仕方なく感知範囲の狭い生命感知スキルの感覚を頼りに索敵を行うことにした。
「ああ、くそっ、俺のスキルは便利なものばかりだが、“これ”が唯一の弱点だな……」
俺が持つ2つの感知スキルは、通常一人で両方とも持つことはないらしい。
稀に2つ持つ者が生まれるが、決まってそうした者が悩まされるのが、“感知酔い”と呼ばれる症状だ。
通常の五感以外にスキルによる気配が入って来るが、魔力と生命力の情報まで入って来ることで脳が疲労して酔ったようにクラクラとしてくるのだ。ひどいときには吐き気がすることもある。
今回のように周辺の魔力濃度が高いと生命力の気配に集中しづらくなる上、魔力の気配情報によって集中力を削り取られてしまう――
そんな状態を気合で堪えながら周辺を探っていると、右斜め前におよそ100m……目には見えないが生命の気配を察知する。
「隠蔽魔法か……俺には通用しないぞ!! 《
剣の切っ先から放たれた無数の光の槍は閃光と共に対象へ降り注ぎ、何もない空間から血が噴き出した。
「ぐはあ!! お、おのれぇ……せめて、これだけでもぉおお!!!」
姿を現した魔族の男の足元には見たことのない魔法陣が浮かび上がっており、白目をむいて男が膝から崩れ落ちると同時に魔法が発動した。
発動した魔法は次々に空間に歪みを作り出し、周囲に連鎖的に歪みを増やしていく――
「何だこの魔法は!? ――いや、まさかこれは……!」
歪みはあちこちに転がる魔物の死体から放出された瘴気と漂う魔力を吸い込みながら収束し、次々と魔物を生み出していった。
[ 皆、緊急事態だ! 魔族の魔法で次々と魔物が発生している! 対象範囲は恐らくさっきの爆発で魔力濃度が高まった全区域……! ]
[ ――こっちも今その現象を確認した! 広がりが早すぎて手が付けられん……!とりあえずこの場所から魔物の処理を開始するぞ! ]
[ 待って!全区域ってことは、竜胆のいる基地周辺だって危ないってことだよね!? ]
[ お前たち二人は竜胆を頼む! 俺は前線の兵たちの負担を減らせるよう広域魔法で魔物を散らしながら基地へ向かう! ]
今までこんな攻撃はしてこなかった……!明らかに今回の侵攻は上位の魔族が指揮をしている。――考えても仕方がない、まずは目前の魔物の対応だ……!
手持ちのマナポーションは5本……今から撃つ魔法で消費する魔力の半分程度しか補充できない。 だが、もうこうなってしまったら仕方ない。
魔法術式を付与されたビー玉大の7つの水晶を取り出し、ありったけの魔力を込めて上空へ投げる――
「《
水晶は上空で弾けて7つの魔法陣を展開し、数えきれない位の薄い光の刃が地上に降りそそいでいった。
俺の周囲に出現したおびただしい数の魔物は、たちまち光の刃で切り刻まれ、ものの10秒足らずで一匹残らず沈黙――その隙に魔力を補充して基地の方面へ走る。
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基地へと戻った真と幸司は、すでに魔物に囲まれた状態になっている基地を見て一瞬絶望するが、そこにいた多くの兵たちが死力をふり絞って応戦しているのを確認してホッと胸を撫でおろす。
すぐさま竜胆のいるテントへ駈け込み、竜胆の無事を確認する。
「皆よく耐えてくれた! 俺たちも手伝うぜ!」
味方の兵が多数入り乱れて戦闘になっているため広範囲の魔法は使えないが、兵士たちに強化魔法を付与しながら確実に、迅速に魔物を殲滅していく――
「よし! これで周囲の魔物はあらかた片付いたんじゃない? 一時はどうなることかと思ったよ」
「まだ安心するのは早いぞ真! 一般兵のテントで戦闘が続いてる……こっちが片付いたら今度はそっち行くぞ!」
「了解――まったく、こっちの気も知らないでスヤスヤ眠っちゃってさ……」
真は竜胆の方へチラッと視線を向け、軽くため息を吐く。
「ふっ、後で真のかっこいい戦いっぷりを竜胆に聞かせてやるとするかなあ」
「だ、だからそういうのはいいってば! 早く向こうの殲滅に行――」
「待て真! 後ろに何かいる!!」
生命感知スキルで見えない何かが近づいて来るのを察知した幸司は咄嗟に圧縮した魔力球を放つと、不意を突かれて動揺したのか隠蔽魔法が解け、一人の魔族が姿を現した。
「――っと、危ない危ない! だが気づいた所でもう遅い……魔王様万歳!!!!魔族に栄光あれ!! グハハハハ!!」
そう叫ぶ魔族の全身にみるみる魔法文字が浮かび上がっていき、同時に途轍もない速度で魔力が膨れ上がっていった。
マズい――自爆するつもりか!
極限の集中状態の中、まるでスローモーションを見ているかのように時間が圧縮された世界で、幸司は精一杯のシールド魔法を展開する――
しかし、真のいる位置までしかカバーできず竜胆まで届かない。
「うおおおおお!! 間に合えええええ!!!」
竜化した手で隙間なく包むように体を掴めば爆風から守れる――
咄嗟にそう直感した真は、腹の底から湧き上がるような叫び声を上げながら部分竜化で腕を変化させ、竜胆の元へ手を伸ばす。
目に刺さるような閃光を浴びて咄嗟に目を閉じるが、その手には確かに竜胆の身体を掴んでいる感触があった。
「やった――!」
真が安堵するのと同時に衝撃波を伴った凄まじい爆音が鳴り響き、めくれ上がった地面と爆風で辺りは一瞬で暗闇に包まれてしまう。
――しばらくして、舞い上がる土埃が徐々に落ち着き始め、次第に周囲の様子が見えてくる。
「あ、危なかった……幸司さんが教えてくれなかったら全員死んでたかもしれない。――ねえ竜胆、間に合ったから良かったものの、こんな爆音の中寝てるって図太いにも程が……」
そう言って腕の竜化を解いた瞬間、竜胆の姿を見た真は両手で頭を抱えて絶叫する。
「あ……あああ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁぁああああああああ!!!!!」
まるで眠っているような表情だった。
白龍から受けた火傷は信征によって治療され、あとは目を覚ますだけ……今にも目を開けて起き上がりそうな状態だ。
だが、一目見てそれが叶わないと分かってしまった。
――穏やかな顔で目を閉じた竜胆の体は、真が掴んでいた上半身部分を残し、腰から下が失われていた。
「竜胆……!目を開けろ! お願いだから返事をしてくれぇぇええ!!!」
現実を受け入れられず喚き散らす真――
幸司もガクリと膝を付き、うわ言のように声を漏らす。
「また、守れなかった……白龍の時に誓ったはずなのに、俺は……また……」
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