第121話 光の凶刃

「ガフッ――な、何を――!?」


口から血を吐きながら、まだ状況を飲み込めないでいるアイラ――

その胸から剣が引き抜かれると同時に、俺は言葉にならない言葉を絶叫しながらニドルの顔面に拳をたたき込んでいた。


ニドルはそれを後ろに飛びながら受けて拳の勢いを殺し、大げさに痛がる素振りを見せながら愉快そうにこちらに話しかけてくる。



「すみません、わたし嘘を言いましたぁ! 実は帝国に鞍替えしたんですよねえ! ――今は第五師団の分隊長です。だから私の事は変わらず“分隊長殿”って呼んで下さって構いませんよお!」



そんなセリフを聞きもせず、倒れるアイラを受け止めて師匠たちの所へ移動させ、回復魔法をかけ続ける。


「しっかりしろアイラ! 今回復魔法を掛けてる!もう少しの辛抱だぞ!」


「アイラぁ! ううう……血が……何で!? 何でこんなこと」



「す……まない……ゆ、ゆだんし た」


「いいから喋るな! 意識を保つことに集中し――」


「無視しないでもらえますかねえ! 私は無視されるのが嫌――」


「お 前 は 黙 っ て ろ ! ! !」



「おやおや、無視したのはあなたじゃないですか。――ですが、思った通り怒りの力が充満することで素晴らしい状態に仕上がったようですねえ……ふふふ、これは楽しみです」




「――ユウちゃん、回復魔法の腕はアタシの方が上だ! ここは任せてあの野郎をぶっ飛ばしてきな!」


「――分かりました。すぐに、片付けてきます」


そう呟いてから立ち上がり、ニドルの方へ数歩近づくと、取巻きの兵士たちが前へ出てきた。

俺は静かに黒龍のナイフへ魔力を込め、ニドルへの最短ルートを探す。



「婿どの、あの小僧共はワシに任せろ……久々に頭に血が上ったわい」


「お願いします、師匠」


その言葉と同時に突っ込んでいった師匠は、一瞬で二人の兵士を左右に吹っ飛ばし、それを見た俺は空いたスペースを通り抜けてニドルへ突進する。



「やっとやる気になりましたか! さあ、存分に楽しみましょう!」



ナイフを覆う紫色の魔力の刃と光り輝く白い刃がぶつかる度に火花のような青い光が散らされ、辺りにはニドルの高笑いが響き渡る。


その声は、耳から入って全身の神経を逆なでるように駆け巡り、怒りと憎しみの感情を際限なく増幅させていった。



「――ああ、素晴らしい! 以前に会った時より格段に強く研ぎ澄まされています! たった1年でここまで……見違えるほどですよ! あの時計塔からあなたの魔力を感じた時の胸の高鳴りといったらもう、最高でした!」



時計塔だと……!?

こいつもあの場に、あの大軍の中にいたのか。


「ふふふ……あの“はりぼて女王”が死んだ後、下品な魔力波動を飛ばしたでしょう? すぐに分かりましたよ、あの時の冒険者だと!」


「黙れ! お前の話なんかどうでもいい!!」


ニドルの言葉を遮るように頭上から垂直に振り下ろした魔力剣だったが、ニドルは光の剣を水平に構えてこれを容易く受け止めてしまう。


――すぐに右脚に渾身の力を込めて地面を蹴り、その力を全力で叩き込むつもりでニドルの顎に向けて蹴りを放つ。


「おっと、危ない危ない!」


顔に笑みを張り付けたままだったが、その目は完全に俺の蹴りの軌道を捉えていた。

最小限の動きで首を横に振ってこれを避け、逆にカウンターの回し蹴りが左顔面に迫って来た。


「――っくそ!」


かろうじて左手で蹴りの勢いを殺すことには成功したが、腕ごと顔面を蹴り飛ばされてしまう。


口の中で血の味が広がってくる――

揺れた脳みそが連れてくる吐き気や視界のぼやけを堪えながらニドルの追撃に備えたが、ニドルは動く気配を見せない。



「やはり……ここまでしても、まだ捨てきれていないようですねえ」


首を左右に振りながら、やや呆れたような声のトーンで話しかけてくるニドル。



「あの時もそうでした。時計塔から逃げる時、あなたは人の枠を遥かに超えた“イカした”魔力を込めて魔法を撃っていましたよねえ。 私はあの魔力を見て、体の芯から鳥肌が立つほど高揚感を覚えたんですよ?……なのに、まさか、よりによって火花魔法を撃つなんて!」


こいつが話す内容はどうでもいい。

ベラベラ喋ている間にさっきの蹴りのダメージを回復して、もう一度攻撃しよう。

今度は確実に仕留める――




「ククク……あれで分かりました。あなたは“童貞”なんだと! 人を殺すのが怖くてビクビクと皮を被ったままうろたえるだけの……情けない男だったわけです!」


ニドルが初めて見せた“本当の笑顔”は、下卑た言葉も相まって醜悪極まりない表情だった。


ナイフを握る手に力を込め、再度間合いを詰めようとしたその時――

出鼻を挫くようにニドルは言葉を掛けてくる。



「――だから、“シチュエーション”にこだわったんです! このままではあなたは本気を出せずに私に殺される。だから私が童貞のあなたのために、一肌脱いであげることにしたんですよ!」



「いいから黙れ……もう喋るな!!!」



「どうですか、連れの女を私に貫かれた気分は! “ぶっ殺して”やりたくなりませんか!?――さあ、舞台は整いました! 本気でやり合いましょう!」



ガキィィン!!


激しい閃光を上げてぶつかり合う刃。


右胴へ一文字に一閃、左肩から袈裟切り、右脚から左胴へ逆袈裟……

息もつかせぬ勢いで立て続けに剣を振るい、隙ができた所を魔法で仕留めようとするが、隙を見せるどころか打ち合う度に動きの精度が上がっていくニドル。



一体何なんだこいつの強さは……!

明らかに今まで会ってきた誰とも違う、異質な力――

光の剣を振るうその様は、勇者だと言われれば信じてしまいそうなほど底知れぬ力に溢れていた。



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