第120話 雨空

下水処理場を出発した一行は、南東にあるステア村を目指して霧の中を歩いていた。


今朝から降り続ける雨は止む気配がなく、遠くから聞こえる戦いの音が雨音のすき間を縫って耳に飛び込んでくる。


存在感知を全開にして索敵をしつつ進んでいると、左手の方向から20人ほどの集団が近づいて来るのを察知した。


「約1km……向こうから何かの集団が来ます……!」


「変だねえ、ダルクから追手が来たなら後方――北西の方向から来るはずだ。各自警戒を解かないように注意しな!」


「向こうは小走り程度の速度で近づいてきています。イーリスを抱えて逃げることもできそうですが……下手に動けばステア村に危険が及ぶかもしれませんし、ここは動かない方が良さそうですね」


「完全に待ち構えているとこっちに感知持ちがいるとバレてしまう……相手が2~300m位の距離まで近づいて来たところで止まるとしようかのう」



そのままゆっくりと歩き続けながら、徐々に感知の精度を上げて様子を探る。

何だ、あの格好には見覚えがあるぞ……?


「あれは……神都の騎士か……?」


「何だって!?どうして神都の連中がこんな所をうろついてるんだい!」


そうこうしている内に、雨と霧で霞む中でもぼんやり視認できる程度の距離に近づいてきた集団は、更に速度を上げてこちらへやって来た。


緊張が走る5人から30mほど離れた場所で集団は立ち止まり、先頭を歩く男がこちらへ近づいて来た。

メリカさんとルシルバさんはイーリスを連れて下がり、不測の事態に備える。


頭をすっぽりと覆うタイプのヘルムを被っているため顔は分からないが、今のところ殺気は感じない――念のため詳細感知に切り替えてヘルムの下を探った俺は、もっと早くやっておくべきだったと後悔した。


「これはこれは、お久しぶりですねえ。このような所でお会いするとは!」


知人に話しかけるような口調で話しかける男――ヘルムを脱ぎ去ると、アイラは目を丸くし、その表情はたちまち驚愕のそれに変わっていった。


この貼り付けたような笑顔と全く笑っていない目……

忘れもしない、神都の騎士ニドルだ。


「おや、久しぶりの再会だというのにつれないですねえ。まあ状況が状況だけに仕方ないでしょう……」


「一体なぜ神都の騎士がこんな所にいるんだ!」


アイラが怪訝な表情を浮かべたまま鋭く質問を投げかけると、ニドルは更に笑顔の度合を強めてうやうやしい態度で答える。


「そう警戒しないでいただきたい。今回の帝国による非人道的な戦争行為に対して、正式に神都が介入することになったのです!」


「神都が介入……? なぜ今頃そんなことをするんだ! すでにダルクは陥落しているんだぞ!」


「神都は戦争を止めに武力介入することはありません。あくまで敗戦国の難民保護や迅速な復興を目的に介入をするのです! ――まあ、今回はすでに王族も滅びていますから、保護の任務が中心ですがね……すでに私以外の分隊もダルクに到着して保護活動を開始しています」


ニドルが話をしている最中、メリカさんから念話が入る。


[ ユウちゃん、こいつは何なんだい!?ヤバい雰囲気がビンビン伝わってくるよ! ]


[ ニドルという神都の騎士です。極度の差別主義者で、以前一度俺たちと“ひと悶着”起こした男です ]


[ いかにもって感じだねえ、忠告の必要もないが十分警戒するんだよ! ]




「――であれば俺たちに保護は不要だ。すぐに戻って他の助けを必要としている人々の保護にあたってもらいたい」


ニドルはその言葉を聞いていないかのように、両手を広げてお得意の“演説”を始める。


「知っていますか? どうやってダルクを守っていた結界魔法が破られたか……」


「……どういうことだ、なぜ神都の騎士がそんな事まで知ってるんだ?」



「なぜ知っているかは内緒ですが、帝国は〈白い瘴気〉と呼ばれる魔法の術式を蝕む毒を散布して、時間を掛けて結界を弱らせたのです! ――ほら、私達の周りにも満ちていますよ!」


そう言って日光浴でもするかのように広げた両腕を持ち上げて、降りしきる雨の中で気持ちよさそうに深呼吸しながら伸びをするニドル。


――まさか、白い瘴気というのは……


「ふふ、そうです。この霧が結界を破る策だと一体誰が気が付くでしょうか……! 約1000年――悠久の時を経て成就した悲願には歴史の“ロマン”を感じますねえ。 ああ、そうそう……霧は人体には無害ですので呼吸を止める必要はありませんよ」


話を聞いて口と鼻を両手で覆ったイーリスを見ながらニコリと笑って語りかけるが、イーリスはふいっと横を向いてメリカさんの後ろに隠れてしまった。


「ふふふ、すっかり嫌われてしまったようです。今日わざわざ皆さんを追ってきたのは、以前お二人に働いてしまった非礼を詫びたかったからなのですよ!――特にそちらにいるハーフのお嬢さんには差別的な言葉を掛けてしまいました。もはや“そういう時代”ではないのに、心無い言葉を掛けてしまってすみませんでした」


そう言ってニドルは深々と頭を下げ、白々しくアイラに握手を求める。


「アイラ応じるな! さが――!」


反射的に腕を上げようとピクリと動いたアイラに思わず声を掛け、アイラの視線が俺の方を向いたその瞬間――


眩く輝く光の剣がアイラの胸を刺し貫いた。


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