第119.5話 勇者一行⑨

夏の日差しがじりじりと降り注ぐ8月のある日、俺たちは国王に呼び出された。


沈痛な面持ちの国王は、四人の顔を見渡しながら絞り出すように声を発する。


「ダルクが、陥落した」


その一言に、俺たちは信じられないという表情を浮かべながらお互いの顔を見合わせる。


「正直に言って……あの最強の防衛力を誇った国が、ここまで短期間で落とされるなど想定していなかった。転移魔法陣が起動したことで勝利の可能性が高まったと認識しておったが、城を攻めた部隊が相当な精鋭だったようだ……」


「では……派兵した部隊は撤収するのですか?」


「いや、国は落ちても戦闘は続いておる。ロクステラの援軍も到着し、今はダルクの郊外で一進一退の攻防が続いていると報告があった」



「――なるほど、我々にダルクへ増援に向かえということですか……遅かれ早かれ帝国と戦うことになると覚悟はしていましたが……」


「いや、そうではない。増援に行ってもらうのではなく、こちらから帝国へ攻め込むのだ……!」


思ってもみなかった言葉に、俺たちは再び顔を見合わせる。


「知らぬのも無理はない、レウス王国、ロクステラ王国、そして獣人の住まうトゥリンガ領の代表同士で極秘裏に動いておったのだ」


「4つの連合軍で南北から帝国に奇襲を掛けるということですか?」


「その通りだ。南はエール王国に戦力が割かれているから比較的手薄だろうが、北は多数の敵戦力が集中しておる。故に勇者たちの火力をもって一気呵成に攻めたて、相手を蹴散らしてもらいたい!」


いまだ驚きを隠せないでいる俺たちに向かって、国王は畳みかけるように口を開く。


「決行は明日正午だ。ノブユキを東部の防衛に残して3名で奇襲部隊の陣頭に立ってもらう。――突然の話ですまないと思うが、この国の未来のためどうか宜しく頼む……!」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


玉座の間を後にした俺たちは口々に思いを吐き出していく。


「いよいよ“大量破壊兵器”のお披露目ってわけかあ……国王も余裕がなくなって僕たちの兵器扱いを隠さなくなってきてるよね?」


まこと、そういう言い方はやめろって言っただろう? 例え国王が俺たちを兵器のように扱おうと、こっちの心までそれに染まるわけにはいかない……!」


「まあまあ信征……それにしても、あの慎重な国王が思い切ったもんだぜ。まさかこっちから攻めるなんて言うと思わなかったぞ」


「それだけエール王国が攻められたことが衝撃的だったんだろう。大陸最強の防衛力が破られたんだ……受け身に回っていては二の舞になると思ったのかもしれないな」


エール王国の名前が出た瞬間、竜胆がぽつりと呟く。


「悠賀さん……」



「ん、何か言った? ――どうしたのさ竜胆、何だか顔色悪いよ」


「い、いえ……ついに帝国との戦争が始まるんだと思ったら、怖くなってきてしまって」


「竜胆は瞬間火力はすごいけど、すぐに魔力切れになるからなあ。魔力補充の隙を突かれるリスクさえなければ無敵なんだけど……頼むから皆と離れないでよ?カバーするのはこっちなんだからさ」


「おいおい真、そういう言い方はダメだぞ? それじゃお前が伝えたい想いの3分の1も伝わってないと思うなあ」


幸司がニヤつきながら真の肩をポンと叩くと、真はほんのりと耳を赤くしながらその手を振り払う。


「だ か ら、そういうんじゃないって! もういい、部屋に戻って休みます!」



「まったくお前らは……まあいい、今日は解散しよう。明日の出発に備えて各自準備を怠らないようにな」


「分かりました。では失礼します――」


「ああ、そうだ竜胆。さっき何か呟いていたけど、何か心配事があるなら遠慮なく相談してくれ。心の迷いは特に魔法に出やすいからな」


「――いいえ、何でもないんです。みんなの足を引っ張らないよう頑張ります……!」



足早に去っていく竜胆の後姿を見ながら、幸司と二人になった俺たちはとりとめのない会話をしながら廊下を歩いて行く。


「――竜胆と真を頼んだぞ、幸司」


「何だよ急に改まって……言われなくてもばっちりサポートさせて頂きますよっと。お前の方こそ油断して魔族に足元を掬われるなよ? 4人の中でもずば抜けて強くなったとはいえ、お前だって人間だからな」


「ご忠告どうも。聖属性魔法を使えるから頭を吹っ飛ばされない限り死なないだろうけど、気を付けるよ」


「ははっ、言葉だけ聞いてるとまるでゾンビだな! 信征が味方で良かったぜ」


「絶対に裏切ったりしないさ。――あいつのことだって……」


「悠賀か……あいつだってお前が裏切ったなんて思ってないはずさ。あの時は知識も経験も、何もかもが足りなかった。――もう長いこと会ってないが、会ったらきっといつも通りビールグラス片手にバカな話をして笑い合えるさ」


「ふふ、そうだな。いつかそんな時が来るといいな……」


目の前に迫った戦争の足音を肌で感じながら、束の間の安らぎを心の燃料にして重い一歩を踏み出すのであった。

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