第122話 決着
「ああ、楽しい!こんなに昂ぶるなんて何時以来でしょうか!――私はねえ、どんどん強くなっていくんですよ! 何かのタガが外れてしまったように……!久しくこんなに楽しい闘いから遠ざかっていましたが、今日この瞬間を与えてくれたあなたに感謝しますよ!」
心の底から楽しくて仕方がないといった様子で笑顔を振りまくニドル。
しかし次の瞬間にはその顔を邪悪に歪ませ、わずかに開いた口元から“ぬるり”とした不快な声を漏らす。
「―――― で も 、 足 り な い」
目じりがニヤけた口角に届く程のおぞましい笑みを浮かべながら、ニドルは恍惚の表情をこちらに向けた。
それを目にした刹那、背筋に強烈な悪寒が走る――
あまりの嫌悪感に思わず一歩下がった瞬間、その動揺を見透かされているかのように光の刃が首筋にピタリとくっつくように迫って来た。
ギリギリ薄皮一枚でこれを躱し、続く刃を受け止めて鍔迫り合いの形となる。
「私には人の器は小さすぎるんですよ!……人の成長速度は遅く、肉体の全盛期を維持できる期間は短すぎる」
「それが……何だっていうんだ!」
「“耳がいい”私は、天にも昇るような素晴らしい話を聞きました!〈ウロボロス〉という古代魔道具を使えば人を超越できると!――そしてそれは今、帝国にあると!」
「だから帝国に行ったのか……! お前の身勝手に俺たちを巻き込みやがって……お前だけは絶対に許さない!!」
その直後、ドサリと足元にニドルの部下の一人が転がってくる。
――吹っ飛んで来た方向を見ると、ルシルバさんが鬼神の如き剣幕で次々と迫りくる男たちを叩きのめしていた。
素手で相手の剣を叩き割り、撃ち込まれた魔法を蹴りの風圧でかき消し、金属の防具の上から致命傷を与えていく。
エール王国で生ける伝説となった冒険者の本気を目の当たりにし、頭の片隅に冷静さが戻って来るのを感じた。
――そうだ、俺は何をやっていたんだ。
俺はあのルシルバさんの弟子だ……学んだことを活かさないでどうするんだ!
取り戻した冷静さでニドルへの燃えたぎるような怒りを制御しつつ、次の一撃で全ての感情を爆発させるべく深呼吸をして集中力を高める――
みなぎる生命力を爆発させるつもりで腕に力を込めてニドルの剣をはじき返し、距離を取ったニドルめがけて一気に間合いを詰める。
「その攻撃パターンは飽きましたねえ! それがあなたの限界なら、いい加減もう逝っときますかぁ!?」
再び吸い込まれるように首筋に近づいて来る光の刃――
もう、あいつの言葉は届かない。
俺は……極限まで集中したその先――
全てが静止した世界で光の剣が首筋に届くより早く……思いきりニドルの
「ゴォァア゛ッッ! な゛……なに゛が起ぎだ!?」
空中に叩き上げられたニドルは血を吐きながら、血走った目でこちらを睨みつけている。
その視線をまっすぐ見つめながらナイフを持った右手を上げ、怪しく揺らめく紫色の魔力を魔法陣に込めて静かにつぶやく――
「《
「ま゛ずい……!こんな゛所で、やられてたまるかあああああ!!!!
《
天上の光を思わせるような――柔らかな光のベールに包まれた歪な十面体がニドルを包むように形成され、そこへ漆黒の時空の裂け目がぶつかり、ガラスを金属でこすったような不協和音が轟く。
「ぐっ……バカな……!」
食いしばる口から短い言葉を発した直後、ニドルを覆っていた光の壁は光の粒子となって砕け散り、黒い裂け目は容赦なくニドルの体を飲み込んでいった。
「ぎいやぁああああ!!! まだだ! まだ終われないんだよぉぉおお!!!」
そう言って光の剣のエネルギーを爆発的に発散させ、強引に裂け目から脱出したニドルは受け身もとれずに地面へドサッとと落ちていった。
――右腕は肩から先の部分を失い、右足も太ももから下を飲み込まれている。
ニドルは痛みに顔を歪ませながら呼吸を整え、残念そうにつぶやいた。
「はぁっ、はぁっ……ぐっ、聖属性魔法を破って尚この威力……これでは、もう戦えませんねえ」
俺はその言葉に答えることなく、ニドルの前へ立って真っ直ぐその顔を見つめる。
「殺すんですか?この私を。――先ほどの無礼な発言は謝りましょう。もうあなたを狙うことはしません!」
引きつった笑みを顔に貼り付け……取って付けたような謝罪の言葉を並べる様に、込み上げるような嫌悪感が心を覆っていく。
「ウロボロスで生まれ変わったら心を入れ替えて純粋に精進すると誓いましょう!帝国とも縁を切ると約束します!」
「ウロボロスは俺が破壊する。お前はもう終わるんだよ」
「待って下さい! すみませんでした!――私は、私は帝国の貧しい街で生まれて、獣人などの他種族に虐げられて育ってきたんです! そのせいで私は“こんなふう”になってしまったんです! 私は許せなかった……!」
もはやニドルの話は聞こえていなかった。
一刻も早くアイラの元へ行かなくては――
「何で奴隷種なんかに私が
命令されて――」
金属の鈍い光沢が視界の端から水平に通り過ぎ、ニドルの首は胴体を離れてドサリと地面に転げ落ちていった。
視線を上げると、そこには帝国兵の剣を手にしたルシルバさんが立っていた。
先ほど見た鬼気迫る表情はそのままだったが、返り血をまとい雨に濡れたその顔はいつにも増してやつれ切っていた。
「ガタガタと御託を並べるんじゃねえ青二才が……この程度の輩ごとき、婿どのの手を汚すまでもない。早くアイラの元へ!」
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