第117話 白刃

メリカさん達の許しをもらった俺たちは、再び地下水道を通ってダルクの街へ入っていた。


「まだメリカさん達の家は無事だったみたいだな。正門付近の戦闘はまだ続いていたからここも安全ではないだろうけど……」


「ああ、だが肝心な城の方向が妙に静かだ――早くルーテウス城へ向かおう!」


存在感知で周囲を探りながらルーテウス城へ最短ルートで進もうと試みるが、次第に帝国兵の数が多くなり、思うように進めなくなってくる。


息が詰まるような緊迫感の中で何とか敵を避けながら進んでいくと、やがて城が少しずつ見えてきた……が、しかしすでに自分たちが知っているルーテウス城はそこにはなかった。


城の至る所から黒い煙が立ち上り、散発的に兵の雄叫びや魔法が着弾する音が聞こえてくる――



「――アイラの言う通りだ、何かがおかしいぞ……!」


密集した建物をうまく使いながら城の方向へ近づき、城の正門を見渡せる時計塔へ入って窓から外の様子を確認する。


城門まで200m程――本来ならこんな時こそ存在感知を使うべきなのに、“それ”を確かめたくなくて使うことができなかった。

目の前の現実を認めたくない気持ちが湧きおこり、不安、絶望、焦り、後悔――自分でも処理できない位の感情が交錯する。


「なあ、ユウガ……私たちは……間に合わなかった、のか?」


「――」


「ユウガ――!」


言葉を発することができず、俺は右腕でアイラを引き寄せ体を押し付けるように抱きしめるだけで精一杯だった。




「――負けてしまったんだな、エール王国は」


すでに正門の付近での戦闘は終わっており、帝国兵たちは正門の前で一糸乱れぬ様子で整列して勝ちどきを待っているかの状態だった。

時折城の中から争う音が聞こえてくるが、恐らく生き残りの兵が最後に一矢報いようと力を振り絞っている程度の小規模な戦闘なのだろう……音が聞こえる度、すぐに物音一つしない静寂に包まれていった。



一体どのくらい経ったのだろう――


呆然とその様子を見ていたが、帝国兵達のどよめく声で我に返る。


城内から帝国兵が続々と姿を現し、最後に指揮官とみられる屈強な男が、華やかな甲冑に身を包んだ女性を縛り上げた状態で引き連れてゆっくりと歩を進めてきた。


その様子を見つめる兵たち――城内から指揮官らが出てきた時に一瞬ざわめきはしたが、今は声一つ発せず張り詰めた空気をまとっている。


男はその女性を連れたまま、一段……また一段と階段を上り、城門の上に辿り着くと眼下の精鋭達を端から端まで見渡す。


その視線を直立不動で受け止める兵たち――

甲冑がこすれる音すら立てることなく、先ほどまで戦場だったとは思えないほど場は異様な空気に包まれていた。


「諸君――」


指揮官の男がよく通る低い声で言葉を発する。


「此度の任務、ご苦労だった! 疾風迅雷――皆の働きでここまで迅速にルーテウス城を落とすことができた。皇軍第六師団長として諸君らに最大限の賛辞を贈ろう!!」


師団長が右手を高らかに上げると、街中に轟くほどの地鳴りのような勝ち鬨が湧き上がった。


「諸君らの勝ち鬨は街の外で戦う同胞達にも届いたことだろう! ルーテウス城が陥落したことで連合軍は風前のともしびだ! ここにいる女王ミモザ=ガウィアの首を撥ねて連合軍の意気を挫き、一気に勝利を引き寄せようではないか!!」


そう言って師団長は乱暴に女性の顔を覆っていたヘルムを脱がし、兵達に見えるよう髪を掴んで前へと突き出す。


――大分やつれた様子ではあったが、その顔は間違いなく女王陛下その人であった。



「ミモザ様!――何ということだ、こんな……こんなことが……!」


「まだ間に合う……! 今ならまだ何とかなるかもしれない!」


そう言って窓から飛び出そうとする俺の腕を掴むアイラ。


「止めないでくれ! これを黙って見ていられるほど俺は人間できてない!」


「行ってどうするんだ!? 外には万を超える帝国軍がいるんだぞ? 意表を突いて陛下を助けられたとして、どうやって陛下を連れて大軍から逃げるつもりなんだ!」


「――魔法で、俺の全力で血路を開く。千人だろうが二千人だろうが倒してみせるさ! いや、シールドを張ってロクステラへの転移魔法を使えば――」


「例え千人殺せたとしても全体のたった1割じゃないか! 転移魔法を使うにしても発動するまでの数十秒を耐えられるのか? 結界魔法すら破った相手なんだぞ!」


「だけど――」


腕を振り解こうとアイラの方を振り向いたが、その表情を見て俺は腕の力を抜いた。

アイラの頬には一筋の涙が流れ、感情を押し殺すように唇を震わせてこちらを見ている。



「ごめんアイラ、俺は――」


その言葉を言いかけた瞬間、窓の外から金属の反射光が一瞬差し込む――



すぐに城門の方へ視線を戻したその向こうでは、無情にも鋭い輝きを放つ白刃が振り下ろされていた。

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