第116話 白い瘴気

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ガルフ帝国 ―首都オルダス―


「エール王国の戦況についてご報告申し上げます! 現在首都ダルクの制圧は7割ほど完了し、残るはルーテウス城を落とすのみとなっています。

――が、昨夜エール王国の工作部隊と思われる者たちによって転送魔法陣が起動され、アレナリア王国およびレウス王国の軍勢が出現……! 現在第五・第六師団と交戦中です」



「ほう、皇軍の監視をすり抜けてそのようなことをするとは中々やるようだな。――続きを話してもらおうか、元帥よ」



元帥の予想に反して皇帝は淡々と事実を受け入れている様子で、むしろその状況を望んでいるかのような声のトーンで元帥に語りかける。


「はっ! 恐らくここにロクステラの援軍も加わることで戦闘が想定より長引く可能性があります。正門付近の警備の甘さがこのような事態を招いてしまい、申し訳ありません……!」


「ククク、そう委縮するな……それも想定済みだ。むしろ狙いはそこにあると言っても過言ではない。――連合軍の援軍はいかほどだ?」



「レウス・アレナリアがそれぞれ2万ずつ、そこに陸路で向かうロクステラ兵約5万が加わる見込みです。一方こちらは外周部に展開する二つの師団を合わせて10万、城攻めに当たっている精鋭部隊が約2万です」



「ロクステラが5万とは、これは大きく出たな! クックック、やはり“盾”を失うのは困ると見える」


「ロクステラの戦力が終結しきる前にカタを付けたいという声が現地の師団から上がっていますので、白龍部隊を出して直ちに殲滅にあたる準備をしております」


「――ふむ、白龍部隊か……ヴァ―ティス、お前はどう思う?」



「父上のお心は読み切れませんが、私は白龍部隊の投入は慎重にすべきと考えます」


「ヴァ―ティス様、一体何を……!? ロクステラが到着すれば戦局は大きく変わりますぞ! 精鋭部隊がいるとはいえ、戦いが長引くことは得策ではありません」


「先ほど父上は敵の援軍が想定内でかつそれが望むところだと仰いました。これは三国の、特にロクステラの戦力をエール王国に“くぎ付け”にしたいという思いの現れではないでしょうか」


「そ、それは確かにそう仰っていましたが……」


「そしてもう一つ……数日前に起きた不明勢力による襲撃事件の実行犯が捕まっていないのも懸念材料です。本来であればエールとの開戦にあたって3000名の強化兵が投入される予定でした。私も実際に出発前の強化兵をこの目で確認しましたが、あれほどの力を持った複数の大隊が全滅するなど、いまだに信じられない」



「そ、その件については、現在鋭意調査中です。正直に申し上げて、あの部隊を全滅させるとなれば数万の戦力か龍族の介入がなければ“ああ”はなりません……」


痛いところを突かれた元帥は若干青ざめた顔をしながら言葉を続ける。



「――不確定要素が解消しない以上、白龍の投入は見送ることにいたします。それでよろしいでしょうか陛下」


「予の台詞は全てヴァ―ティスに言われてしまったな。今聞いた通りだ、南部の戦線は多少長引いても構わん。現地で完結させるのだ!」



――元帥が退席すると、ヴァ―ティスは静かに皇帝へ尋ねる。


「父上、一つよろしいでしょうか」


「何だ改まって……聞きたいことがあれば何でも聞くがよい」


「父上が初手でエールを攻めたのは予想していませんでした。いつから今回の戦争の構図を描いていたのですか?」


「ククク……予がお前くらいの齢だった頃か。あの時はただの絵空事だったが、全ての鍵となるウロボロスを手に入れたことで具現化したのだ」


「結界魔法を破る術を発見したのも最近の話なのですか? それとも予知スキルで結界が弱るタイミングを知っていたということでしょうか……?」


「これは歴代皇帝しか知らぬことだが、結界を弱らせる策はすでに1000年近く前から講じられていたのだ。実際に壊せるようになったのは数百年前のことだがな」


「まさか、そんなことが……!一体その策とは何なんでしょうか」


「――“毒”だ。魔道具の術式を蝕む特殊な毒と言ったところか……あの無敵に思える結界魔法の最大の欠点は何だと思う?」


「――か、皆目見当がつきません」


「魔力を循環させる仕組みを取り入れたことだ。初代国王が死した後も魔道具に魔力を補充するだけで結界を維持できるように、国王自身の手で本来の結界魔法の術式を改変したのだ」


「毒……循環……なるほど、そういう事ですか! 維持のしやすさ、そして結界を張り替えるリスクを避けるために循環の仕組みを入れたことで、毒を蓄積し続けることになったと」


「そういう事だ。弱点が分かってしまえば、あとは手段だけだ。お前ならどうやって結界に毒を混ぜ込む?」


皇帝は愉快そうに息子に質問する。


「あれだけ大きな結界ならば定期的に斥候を潜り込ませて毒を打ち込んでもいいですし、入国審査さえ通ってしまえばいくらでも機会はあると思いますが……」


「その答えでは合格は出せんな。もし斥候が捕まって結界の攻略方法が漏れればどうなる?数百年の取り組みが水泡に帰す危険性があるであろう」


「――では、一体どうやったのでしょうか」


「クックック……私も最初に先代から聞いた時はたまげたものだ。――ヴァ―ティスよ、ダルクを常に覆っているものは何か分かるか?」



「まさか、“霧”……ですか!?」


「そうだ。あれは自然に発生した霧ではない。魔道具から作り出された“白い瘴気”と呼ばれる霧なのだ。それ単体では術式を老朽化させるだけで術式を破壊する効果を持たないが、それが逆にこちらの好きなタイミングでとどめを刺せるという利点になった」


「瘴気と名が付くということは、人体には有害だと思いますが……そんな危険なものを散布して気づかれなかったのは不思議に思えます」


「魂の粒子を核にして霧を構成しているが、人体には無毒だ。あの魔道具から生み出された瘴気は“変質”しないという性質がある故、通常の黒い瘴気に変化する事もない」


皇帝は玉座から立ち上がり、エール王国のある南側を向いて低い声で笑う。


「皮肉なものだな、初代国王が後の世代をおもんぱかって施した術式が、王国を滅ぼすのだ。結界頼みの防衛策しか講じてこなかった愚かな国は、いざ戦争になれば思いの外もろかったようだぞ! ククク……ハァーハッハッハ!」


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