第115話 新たな動き
アイラと師匠たちは顔を見合わせ、その手があったかと驚いた表情を浮かべる。
[ 術式が壊れてさえいなければ可能なはずだよ! 歴代の王族が結界魔法を付与された魔道具に魔力を継ぎ足して結界を維持していたから、一から発動となるとかなりの魔力が必要だと思うけど…… ]
[ 恐らく魔力については大丈夫だと思います。問題はルーテウス城までの道中ですね……あの地下水道は城の下にもつながっているんですか? ]
[ 残念だが城の下は専用の処理場があって独立した空間になっているはずだよ! まあ、アタシの魔力がもてば横穴を開けて入ることはできるかもしれないけどねえ ]
[ それはいくら婆さんでも厳しいだろう、ざっと測っても200mは掘る必要がある……仮に魔力がもっても時間が掛かりすぎるのう ]
[ そうなると最初にダルクに入った時みたいに隠蔽魔法でギリギリまで近づいてから一気に正面突破するしかなさそうですね ]
[ 簡単に言うが、戦闘真っただ中の城に近づくのは容易じゃないよ!決行するかどうかは明日作戦会議をしてからだ。いいねユウちゃん ]
[ 分かりました。キールさんにルイーナさん、他に共有する情報はありますか? ]
[ ああ、忘れちゃいけない大事な情報がある!―― ガイエルから君たちに話すことを許可されたんだが、どうやらアレナリアとレウス、そしてロクステラとトゥリンガの連合軍で帝国へ南北から攻勢をかける計画を立てているらしい ]
[ 帝国の戦力がエール王国に割かれている内に帝国本体を叩くわけか……北は勇者たちを本格的に投入すれば優位に戦えるし、手薄になっている南は獣人たちを当てれば、こちらも一気に攻め上がれる可能性は高そうだ ]
[ 待ってくれ!なぜ獣人たちがこの戦いに参加するんだ? 彼らは人間と距離を置いているはずじゃないか ]
[ ロクステラとトゥリンガは同盟関係にあるのさ。獣人たちがあの地に移り住むにあたって色々と支援してもらった恩があるからねえ……それに、そもそも帝国のせいで住処を追われたんだ。獣人の中には帝国に対する恨みは強いし、今の族長をはじめとして強硬派と言われる連中が多いのは事実だよ ]
[ メリカさんの言う通りだ。実はルスキニアと隣国のブルムンド共和国にも共闘の打診があったみたいなんだが、こちらは両国とも参加を見送ったとガイエルから聞いている。力になれず済まないとのことだ ]
[ 一応私から補足すると、ルスキニアは初代国王が侵略戦争を禁止しているから、赤龍王が動かない限り戦争には加われないの。ブルムンドはガルフ帝国初代皇帝の異母弟が帝国と袂を分かって建国した国だから応じるかと思ったけど、あそこは議会の決定が全てだから、すぐには動けないという結論になったようね ]
[ キールさんにルイーナさん、貴重な情報をありがとうございます。ガイエル卿にも宜しくお伝えください ]
念話を終えて一同は食事の続きを済ませ、それぞれ寝袋へ入る。
不安そうにしているイーリスの頭を撫でている内に、いつの間にか寝てしまったらしく、目が覚めると朝になっていた。
処理場の外へ出て、黒い煙が立ち上るダルクの方角を見つめていると、アイラが起きてきて隣に腰掛ける。
「ユウガも座ったらどうだ、少し話をしよう」
アイラに促されてその場にゆっくりと腰を下ろすと、アイラは静かに話し始める。
「なあユウガ、私は悔しい。冒険者としてだいぶ実力を付けたと思っていたが、いざ戦争になった途端……何もできなくなってしまった。私程度が戦場に入っても、あっという間に数の力で蹂躙されるというのが直感で理解できてしまった」
「それが分かるだけでもアイラはすごいよ。もしアイラまで頭に血が上って冷静な判断ができなくなっていたら、俺は一人で突っ込んで死んでいたかもしれない。俺の力は規格外かもしれないけど、自分の力を全て使いこなしているわけじゃない……あと5年、いや3年時間があれば、もっと上手く立ち回れたはずだとか、そんな“たられば”ばかり頭に浮かぶんだ。俺も自分の不甲斐なさがもどかしいし悔しい……」
「ふっ、冷静か……私はただ尻込みしただけだ。故郷が壊され踏みにじられていく様を見て、怒りよりも恐怖が勝ってしまった……」
アイラは口を真一文字に固く結び、拳を強く握りしめる。
「向こうの世界でも戦争はあったけど、どこか遠くの世界の他人事のように思っていた。自分が当事者になるとこんなに怖くて、心細くて、こんなに足が震えるなんて知らなかった」
人を殺すなんて絶対にしたくないし、自分が痛い目に遭ったり殺されるのもごめんだ。アイラをはじめ、俺と深く関わり力を貸してくれる皆が傷つくのも嫌だ。
頭の中はそんな当たり前の――ある意味わがままな思いが目まぐるしく飛び交っている。
闇の刻印が感情を、想いを糧に力を引き寄せるのは何かの因果なのかもしれない。
誰よりも強い感情を持ち、それでいて決して感情に飲まれないことが強さにつながる――
制御できなければ魔力災害を引き起こしてしまうのだから、未熟な俺にとっては諸刃の剣だ。
――でも、俺はやらなければならない。
3年先でも5年先でもない、帝国がこの世界にもたらした“歪み”は今、何とかしないと時間が経てばたつほど大きくいびつなものになっていくだろう。
アイラがいるこの世界を、そしてアイラの心を守る。
彼女に降りかかる火の粉は俺が振り払う――
「――心は定まったようだな」
「はは……もしかしてずっと感情を視ていたのか? 色々滅茶苦茶な状態だったから恥ずかしいな」
「ユウガの感情は……うわべの起伏は激しくても、根本の部分は変わらないから見ていて落ち着くんだ。私こそユウガが傍にいなければ我を忘れて敵軍に突っ込んでいたかもしれないな」
「――なあアイラ、まだ俺の心には“ともしび”が灯っているか?」
少し意外な質問だったらしく、一瞬驚いたような表情をしたアイラだったが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて答える。
「ああ! じんわりと暖かくなるような……優しい光が景色の真ん中にある。――出会った時から変わらない、私が大好きな灯りだ」
そう言ってアイラは俺を優しく抱きしめる。
アイラの頭の後ろをそっと撫でながら、決意を固めるように静かに目を閉じ、しばらくの時間を置いてから目を開ける。
「――俺はもう一度ダルクへ行くよ。アイラも一緒に来てほしい」
「もちろんだ! なら早速師匠たちに言いに行こうか」
「――いや、その必要はないみたいだぞ?」
アイラが後ろを振り向くと、その視線の先にはメリカさんとルシルバさんが建物の入口に立っていた。
「ほっほっほ、若人は元気があっていいのう!立ち聞きしてすまんかった」
「やれやれだよ、朝っぱらからお熱いことで! まあ冗談はさておき、アンタ達の気持ちは分かった。許可する条件はただ一つ、死なないことだよ!――後悔しないよう暴れておいで!」
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