第113話 潜入工作
ロープをよじ登って辿り着いたのは、ほとんど明かりのない薄暗い部屋だった。
改めて周囲を存在感知で探ると、どうやら塔の正面から200mほどの距離をおいて多数の帝国兵が陣取っているが、塔の周辺とその内部は兵が配置されていないようだ……
「よし、中には誰もいない。魔法陣は最上階にあるみたいだから、このまま一気に昇ろう!」
「分かった、急ごう――」
螺旋状の階段を上っていくと、月明かりだろうか――次第に周囲が明るくなっていく。
辿り着いた最上階は360度ガラス張りの空間になっており、その中心には大きな1本の柱が立ち、それを囲むように3つの大きな魔法陣が並んでいた。
――恐らく同盟国それぞれにつながっているのだろう。
「あれが師匠たちが言っていた魔法陣か……起動できそうか?」
「魔力量なら心配ない、意地でも起動してみせるさ! それより問題は起動した後だ。どの程度時間稼ぎができるか……」
「いくらユウガでも大軍に押し込まれたらひとたまりもない……まさか、刻印と魔導補助スキルでアレをやるつもりか!?」
「正直それも考えたけど……まずは“分断”に全力を尽くそうと思う。――これは戦争だからそんなことを言っている場合じゃないのは分かっているが、俺には“その一線”を踏み越える覚悟がまだできていないんだ……」
「私はユウガのやり方に賛成するよ。――大きな力を持っているからこそ、その行使は慎重にすべきだ」
「――ありがとう」
アイラのお陰で心が軽くなった気がする。
竜胆の言葉を聞いて心に引っ掛かっていた気持ち、龍族の始祖すら越えられなかった壁――
もし俺が殺し殺される負の螺旋に踏み込んでしまえば、その糸口を失ってしまうようのではないか……そんな根拠のない漠然とした感覚が、妙な説得力を持って自分の中に存在している。
自分に課したこの“縛り”が、どんな結果に結びつくのかは分からない。
それでも今はこの直感に従って力を尽くすだけだ……!
周囲がガラス張りのため、外に光が漏れないようメリカさんから渡された明かりを消し、ゆっくりと部屋の中心に立つ柱に近づく。
「アイラ、魔法陣の光が外に出ないよう隠蔽魔法でガラス面に細工できないか?少しでも帝国側が気付くタイミングを遅らせたいんだ」
「この広さのガラス一面に魔法をかけるのは厳しいな……魔法陣周辺を覆うように半円状に掛けるのはできそうだ」
そう言ってアイラは3つの魔法陣を覆うように魔法を展開する。
「ありがとう、助かるよ――それじゃあ、魔法陣を起動するぞ」
柱は魔力の供給パネルのようなものが付いており、そこに刻印から引き出した魔力を流し込むと、3つの魔法陣は眩い青白い光を放ち始めた。
「うまくいったか!?」
「いや、まだだ……! どんどん魔力が吸い込まれていく!」
隠蔽魔法があるとはいえあまり時間を掛けるわけにはいかないため、刻印に意識を集中して一気に魔力を引き出すことにする。
倒壊した建物、あちこちに転がる力尽きた物言わぬ住民――
ここに来るまでに目にしたその全てが“ともしび”を引き寄せる原動力になり、大量の魔力を生み出していく。
膨大な魔力を供給された魔法陣は徐々にその光を赤色に変化させ、柱や天井には魔力の回路のようなものが浮かび上がっていった。
塔全体が振動するほどの魔力波動がほとばしる中、何やら外の様子がおかしいことに気付く。
完全に起動したことを確認してから柱を離れて窓の外を見ると、この塔の正面に巨大な魔法陣が3つ地面に浮かび上がっているではないか。
その光景を見たアイラは何かに気付いたようにつぶやく。
「これは……増幅装置か!」
「増幅装置? この塔はそこにある魔法陣を守っているんじゃなく、ここの床に描いてある魔法陣をより大規模に拡大して発動させる機能を持っていたってことか」
「ああ、恐らくそうだ……! こんな狭い場所にどうやって大軍を転移するのか疑問だったが、そういうことだったんだ!」
塔の下、暗闇の向こうを存在感知で探ると、予想外の展開に狼狽する帝国軍の兵士たちが映っている……が、すぐに塔の制圧に向かってくるだろう。――急がないと……!
「なら俺たちが次に取るべき行動は一つだ! すぐに下に降りて帝国が塔に入れないよう入口をシールドで固める! アイラは階段で下へ行ってくれ、俺はここから一気に降りる!」
そう言うや否や俺は壁の方へ向かって走り、アイラが何か言っている声を背中で受けながらガラスを破って塔の下へ飛び降りる。
塔自体はオリハルコン入りの強化素材でできているため、通常の魔法なら受けても問題ないだろう。塔全体を覆うのではなく、入口を含む塔の下半分をカバーするシールドを展開しよう――
着地と同時にありったけの魔力を使って三角錐型のシールドを3重に展開し、ひとまず塔の中に帝国兵の侵入を妨害することに成功する。
「さあ、次はこいつだ!!《
俺は右手で刻印から大量の魔力を引き出して属性を付与し、地面に左手をついて魔法陣を展開する。
「――からの《
ボコボコと土の盛り上がりができたと思った瞬間、帝国兵の意気を挫くようにそびえ立つ高さ10m近い土の壁が塔の前面に出現した。
「一体どうなってる!?」
「魔法陣と分断された! こんな大規模な土属性魔法なんてあり得ないぞ!」
「落ち着け貴様ら!連合軍の来襲に備えて陣形を立て直せ!!」
壁の向こうから帝国兵たちの狼狽する声が響き、それを一喝して立て直そうとする上官の怒号が轟く。
――これで少しは時間が稼げるな。
俺にできることはやった、あとは頃合いを見て撤退しよう。
「ユウガ! また無茶したな!?――分断には成功したようだが……」
「早かったなアイラ、一秒でも時間が惜しかったから多少は大目に見てくれよ。壁がある内に同盟国の増援が来てくれるといいんだけど……」
「状況が状況だ……今回は見なかったことにしておく。一人でも帝国兵が入ってくれば、相手を殺さざるを得なかったわけだしな……とりあえず無事でよかった」
そう言ってアイラは拳をこちらに近づける。
すかさず俺も軽く拳をにぎってアイラの拳に軽くタッチし、二人でしばらく魔法陣を眺めていると、中央の魔法陣が一際強い光を放ち始めた。
――光が弱まると、そこには数人の兵士らしき男が立っており、周囲の様子を確認すると、恐らく念話だろう……どこかへ連絡を入れる。
「多分あれは先遣隊だな、転移先の様子を確認して本隊に連絡をしているんだろう……どこの国かは分からないが、これで戦況は変わるはず。――私たちの役目はここまでだ、師匠たちを追おう」
「――そう……だな。あとは連合軍に任せよう」
今この瞬間も戦闘が続くルーテウス城の方向を振り向き、自分に言い聞かせるようにそう呟きその場を後にするのだった。
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