第112話 打開策

二人とも反対に回ると思っていたが、意外にもその言葉を発したのはルシルバさんだった。


「ほれ、この前の四王会議で王達が出て来た塔があっただろう?――片方の塔は王達を転移させる専用の魔法陣が設置されておるが、もう片方の塔は“戦争用”なのだ。一度に大勢の人間を転移できる特殊な転移魔法陣がある。それを起動すれば同盟国の援軍を呼ぶことができるぞい!」


「ちょっと爺さん!何言ってんだい、外は帝国の大軍が陣取ってるって言ってたじゃないか! 例え起動できても塔を守らなきゃならない……そんなことさせるわけにはいかないよ!」



「――行かせて下さい、メリカさん。四つの王国が集結すればこの展開を打開できるかもしれない! 魔法陣の起動も防衛も……俺なら両方こなせます!」


起動も防衛も大量の魔力を使うだろうが、恐らく今の俺なら“いくらでも”魔力を引き出せる――

このやり場のない感情を、全部魔力に変換して注ぎ込むしかない。



「はあ――全くユウちゃんらしいというか何というか……アイラも何か言ってやんな!」


「もちろん私も反対だ。ユウガをそんな危険な場所に行かせたくはない……!」


そう言うとアイラは俺の方へ向き直り、じっとこちらを見つめてくる。


見ていると吸い込まれそうなほど澄んだ赤と碧の瞳――

多分、俺の中で渦巻くこの感情を視ているのだろう。


しばらくすると、何かを葛藤するようにゆっくりと目を閉じ、2・3度軽く首を振ってから再びこちらを見据えて口を開いた。


「――それでも行くんだろうな、ユウガは」


「ああ、このまま何もしなかったら一生後悔すると思うんだ……」


「なら、私も行く」


「……ブルーローズの一件で約束したもんな。一緒に行こう」


そのやりとりを見たメリカさんは大きなため息を吐き、諦めたように俺たちを見ている。


「やれやれ、そうかい……アンタ達の心意気はよ~く分かった!――だったら5人でここを出るとしようかねえ!」


「おい、ワシが言うのもアレだが……本当によいのか? イーリスを連れて歩くのはいくら何でも危険ではないかのう?」


「いくら夜だからって、アタシだって帝国兵がうろつく中を歩くなんて御免さね!――地下を通って町の外へ出るのさ!」


「なるほど、生活排水を通すための地下空間を使うのか……! たしかダルク郊外の下水処理場につながっていたのう」


「鼻が曲がるほどのニオイと瘴気を我慢しながらの道中になるけど、この際四の五の言ってられないよ! アタシたちの撤退と転移魔法陣の起動……その両方を一気にやっちまうのさ」


「地下にはさすがに帝国も入り込んでいないだろう……私は師匠に賛成だ」


「俺も異論ありません。存在感知による索敵は任せてください!」


「そんざいかんち……? ユウガのスキルなの?」


「ああ、今はまだ詳しく話せないけど、イーリスにもその内話してあげるよ」



「ユウちゃんのスキルなら正確に塔の真下に行けるはずだ!アタシが上に通じる穴を開けたら、ユウちゃんとアイラは上へ行って魔法陣を起動――アタシらはそのまま処理場へ向かう。

アンタたちは魔法陣を起動したら頃合いを見て地下へ戻って、処理場で合流してもらうよ!」


「分かりました。すぐに準備に取り掛かります!」


「そうしたら各自荷物をまとめて、30分後に出発するよ!」



それから自分の準備を手早く終わらせ、メリカさん達が家財道具や貴重な魔道具などを次元収納バッグに詰め込む手伝いをしていると、あっという間に30分が経過してしまった。


最後にメリカさんは地下空間を形作っていた魔道具を回収する。

するとあの広い空間が姿を消し、数メートル四方の物置部屋のような空間が出現した。



「ふう、荷造りはこんなもんかねえ!それじゃ行くよ! ユウちゃん、感知でこの下の様子を探れるかい?」


そう言ってメリカさんは物置部屋の床を指差して尋ねてくる。


「――そうですね、5mほど下に空間があります。話にあった通り下水が流れているようですね……もう少し詳しく調べますか?」


「いや、それが分かれば十分さね! さてイーリス、入口を作るから少し下がっておいで」



イーリスが下がったのを確認したメリカさんは、静かに魔法を唱える。


「《暴食の月グラトニー・スフィア》」


魔法陣から握り拳大の黒い球体が出現し、メリカさんが魔力を注ぐとその大きさは直径1mほどに成長した。


「5mならこんなもんかねえ」



そう言ってメリカさんは球体を指差し、その指を下に向けると、球体は床に向かって真っすぐ下に落ちていった――


まるでブラックホールのように床に敷き詰められた石を削りながら吸い込んで落ちていき、球体が消えた後には人が通れるくらいの大きな穴がポッカリと口を開けていた。


「これも時空間魔法なんですか?」



「そうさ、これは込めた魔力の分だけ物質を食らう魔法だ。塔の真下の地面にはオリハルコン入りの石材が敷き詰められているが、この魔法ならそれすら食らうことができるんだよ!」


「師匠は昔、オリハルコンは魔法を無効化する最強の金属だと教えてくれたが、時空間魔法はそれすら破るのか……」


「オリハルコン自体でなくそれが存在する空間に干渉するから何でも壊せちまうのさ!――まあ、純粋なオリハルコンを食らうとしたら、この何十倍もの魔力が必要になるのは間違いないだろうけどねえ!」



そのまま下へロープを垂らし、地下水路へと降り立つ一行――


皆立ち上る臭気と瘴気に顔をしかめ、やむを得ず片手の自由を制限されるリスクを承知の上で、布や袖で鼻と口を覆いながら暗い水路を進むことにした。


ニオイからして水路の中は可燃性のガスが充満しているため、メリカさんが用意した火を使わないランタンの魔道具を頼りにするしかなく、視界の悪さを師匠と自分の感知スキルでカバーしながら一行は歩き続ける。



――1時間ほど歩いただろうか、メリカさんは立ち止まるとこちらに向かって指示をする。


「さて、アタシの勘によれば、そろそろダルクの正面玄関付近だ!ここからは感知範囲を地上方向に広げておくんだよ!」


言われた通り上方向を中心に詳細感知に切り替えてしばらく進むと、それらしき建物が視えてきた。


「ありました! 恐らくこの上が目的の塔だと思います。――ここから上までは大体7m位で……視た所、塔の中に帝国兵はいません!」


「よーし! それじゃあさっきと同じように通路を作るから下がってな!」


そう言ってメリカさんは先ほどと同じように魔法を発動し、十分魔力を注いでから水路の天井に向かって黒い球体を放つ。


黒い球体はオリハルコンを含んだ頑丈な石を物ともせず突き進み、転移魔法陣の横の床に大きな穴を開通させた。


それを見たルシルバさんは、その穴に向かってカギ爪の付いた縄を投げ、俺たちが上へ昇れるよう準備を進める。


「メリカさん、ルシルバさん、ありがとうございます!」


「アタシ達にできるのはここまでだ! ここからは別行動になるけど、危なくなったらすぐに処理場へ向かうんだよ!」


「分かりました……! それじゃ行こうかアイラ」


「ああ、了解だ! 師匠もイーリスも……また後で会おう」

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