第111話 白い霧と黒煙
アイラを抱えて走り続けることおよそ1時間
太陽が傾き、空が燃えるような赤色に染まる頃――俺たちはダルクと周辺を取り巻く広大な平野を見下ろせる場所へ到着する。
ここは……俺たちが初めてダルクへやって来た時に、馬車から降り立った場所だ。
そのあまりの変貌ぶりに、俺は抱えていたアイラを力なく下ろし、呆然と目の前に広がる光景を眺めるしかできなかった。
すでにここに来る前から見えていたので分かっていたことだが、ダルクの上空は黒い煙に覆われていた。
あちこちから火の手が上がり、立ち上る煙と白い霧、そして夕焼けの色が相まって、まるで地獄を描いた絵画のような景色になっている――
街を取り囲むようにして帝国と思われる軍勢が無数の黒い“長方形”を形成しており、ダルクが四方を包囲されているのが一目で分かる状態だ。
街に向かって止むことなく魔法が撃ち込まれ、人々の叫び声や建物が壊れる音が風に乗って耳に届けられる。
「これが、あのダルクなのか……?」
現実感が湧かず、心がフワフワと漂うような――地に足がついていないかのような感覚に包まれ、思わずアイラの方へ振り向くと、アイラもまた唇を震わせながら目の前の現実に葛藤しているようだった。
「行こう……ユウガの頑張りを無駄にしたくない。すぐに向かおう……!」
街の外に陣取っている帝国軍に見つからないよう慎重に街の方向へ近づき、念話でメリカさんへ連絡をとる。
[ メリカさん、聞こえますか! 今ダルクに到着しました……ですが周囲を帝国軍が囲んでいて近づくことができません ]
[ よく来てくれた!夜になれば多少は隙ができるはずだよ!それまでは無理せず身をひそめるんだ! ]
[ そうも言っていられません!ダルクの街に入れさえすれば、いくらでも身を隠せます。何とか隙を作って入るようにします……! ]
[ いいかい、絶対に無茶をするんじゃないよ!いくらユウちゃんが強くても、数の力には敵わない――肝に銘じておくんだよ! ]
[ 分かりました。もう少し方法を考えてみます―― ]
そう言って念話を切り、アイラと作戦会議を始める。
「隙を作ると言っていたが、ユウガはどんな方法を考えていたんだ?」
「龍王がやっていたみたいに、魔力波動をまき散らしながら周囲を牽制しつつ一気に駆け抜けるか、《
「ず、ずいぶん強引だな……まあ、そのくらいシンプルな方が成功しそうではあるが」
「そう言うアイラは何かいい案思いついたのか?」
「私の隠蔽魔法で姿を隠しながら行動できないかと考えていた。まあ、ゆっくりしか動けない上、あの大軍の中に感知持ちがいれば一発で気づかれるだろうが……」
「いい案じゃないか!そうしたら二人の案を折衷しよう。ギリギリまで隠蔽魔法で近づいて、俺の爆炎魔法で相手の視界を遮りつつ一気に走り抜けるんだ」
夕日が地平線に半分ほど沈んだ頃、二人は隠蔽魔法で姿を隠しながら帝国軍の布陣の切れ目へと歩みを進める。
ダルクの街まで距離にして約150m程――ここまで近づければ十分だ……!
[ それじゃあアイラ、魔法を発動したら一気に走るぞ! ]
魔道補助(極)スキルによって、同時に二つの複合魔法を発動することが可能になった。
左右の手で魔方陣を展開し、刻印から取り出した魔力を込めながら頭の中で静かに呟く――
―《
2つの巨大な渦を巻く炎のカーペットが豪炎を上げながら猛烈な勢いで進み、瞬く間にダルクの街へ続く通路を形作った。
突然出現した爆炎に、帝国軍はどよめき整然と並んでいた配置に乱れが生じてしまう。
魔力を込めすぎたか……これじゃあカーペットというより“壁”だな――
まあ移動中の姿が見えなくなるのであれば、むしろ好都合だ。
「さあ、行くぞアイラ!」
脚に力を集中し、爆炎に挟まれた通路を駆け抜ける――
上官の怒号が響き帝国の兵士たちが落ち着きを取り戻す頃には、すでに俺たちはダルクの街に入り、無事身を隠すことに成功していた。
「――よし、上手くいったみたいだな!このままメリカさん達の所へ向かおう!」
移動しながら街を見回すと、ルーテウス城の方向から剣と魔法のぶつかり合う激しい音が聞こえてくる。
街のあちこちで帝国兵が住人を追い回したり、略奪行為に及んでいる様子が存在感知を通して感じられ、何もできない己の無力感がどんどん大きく膨らんでいく――
あくまで撤退が目的だ……思いを噛み殺しながら変わり果てたダルクの街中を進み、程なくしてベルベット夫妻の自宅へと到着する。
地下室へ降りるや否や、目に涙を浮かべたイーリスがこちらに駆け寄ってきた。
「ユウガ! アイラ! よかった……怖かったよお!」
「イーリス、無事でよかった…… ルシルバさん、メリカさんありがとうございました!」
「こんなに早く来るなんて、本当に無茶しすぎだよアンタたち……!」
「本当によく来たのう……今、外はどうなっとるんだ?」
「街の外は包囲されていて、街中にも多くの兵がうろついています。今はルーテウス城の周辺を中心に戦闘が激しく繰り広げられているようでした」
「そうか……もうそこまで入り込んどるのか。――結界ありきの防衛体制を長年続けていたツケが回ってきたということか……」
「アタシが思っていたより、かなり帝国の侵攻が早いようだねえ。このままじゃルーテウス城の陥落は時間の問題……ロクステラには援軍を要請したんだろう?」
「うむ、結界が割れた段階ですぐに要請したらしい。せめて後2日……増援が来るまで何としても帝国の猛攻を耐えねばならん」
「何か俺にできることはないんですか……? ただ皆が殺されていくのを見ているなんて耐えられません……!」
「ユウちゃん……アンタの気持ちは分かるけど、今出ていっても戦況は覆らないよ!」
「いや、ワシはそうは思わん――ダルクの入口にある2つの塔……あの中にある転移魔法陣を起動できれば……戦局は変わるかもしれんぞ」
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