第7章
~序~ 帝国の野望
ガルフ帝国 ―首都オルダス―
「陛下、魔道技術局のセドリック=レイダンセラ局長がお目通りを希望されていますが、いかがいたしますか」
「――セドリックか。すぐに通せ」
侍従は小さく頷いてから執務室を出ていき、しばらくして局長を伴って戻って来た。
「突然申し訳ありません、例のウロボロスの件でご報告をと思いまして……」
「おお、その報告を待っていた!――早速聞こう」
「大変申し上げにくいのですが……結論から申し上げますと、現時点でウロボロスは起動することはできません」
「どういうことだ、お前をもってしてもまだ起動条件が判明していないというのか?」
「起動条件は判明しております。――が、単純に魔力が足りません。100%の能力を発揮するには10万人の生贄が必要なのです」
「10万だと? 奴は……ファンネル=テトラクスは不老不死の人間を作り出すことに成功したのではなかったか?」
「どうやらファンネルは20年の歳月をかけて地上のファルス村の住人から魔力を集めていたようです。そのため実際に生贄にしたのは6000人程度で済んだのだと思われます」
セドリックは怪しげな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「あの慎重な男が待ちきれずに村人を生贄にしてでも行動を起こしたのを見る限り、召喚勇者の素材が余程良かったのでしょう……お陰でこの時の魔力波動で場所を突き止めるきっかけになったのですがね」
「長らく行方不明だったウロボロスをついに取り戻したのだ。今さら何十年も待っておれんぞ、何か手はないのか?」
「――ファンネルから聞き出したのですが、カルヴァドス大迷宮の地下に途轍もないエネルギーの源泉が眠っているようです。アレナリア王国はそのエネルギーを使って勇者召喚の術式を発動しているらしく、これを転用できればウロボロスを発動できるやもしれません」
「ほう、それは都合がいいではないか! ならば勇者共を滅ぼし、そのまま大迷宮も手中に収めるのが最も効率的ということか」
「はい、仰る通りでございます……一つ付け加えるなら、仮に大迷宮の源泉が使えなくてもアレナリアの国民を生贄に発動することもできますので、今この機を逃す手はございません」
「ククク……相変わらずだな、帝国広しといえど貴様ほどの外道はそうはおるまい! ――まあよい、ウロボロスの件についてはお前に一任する。例の強化兵は準備できているな?」
「はい、すでに“施術”を終えた3万の兵士が皇軍に組み込まれています。此度の戦いには、データ収集のため私も同行したいと考えておりますのでご承知おき下さい」
「よかろう、すぐに皇軍の元帥と連携して出兵せよ! 引き続きファンネルが作った“実験体”の捜索についても全力を尽くすのだ」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
セドリックが退室し、一人になった皇帝は窓の外を眺めながら静かに思案する。
――そこへやって来たのは息子であるヴァーティスだった。
「ついに出兵の命令を出されたのですね……!」
「ああ、帝国にとっては本当に長い“暗黒期”だったな……だがそれも今日ここまでだ!」
「初代皇帝ディミトール・ガルフ様が建国されてから幾星霜――19代皇帝である父上の時代まで、連綿と帝国は続いてきました。暗黒期などと仰っては歴代皇帝に睨まれてしまいますよ」
「初代皇帝が建国し、破竹の勢いで勢力を拡大できたのは古代魔道具であるウロボロスがあったからだ。“ケチのつきはじめ”は勇者の存在――3代目皇帝の時代にウロボロスを奪われたのが発端であった……」
皇帝は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、変わらず窓の外へ視線を向けながら話を続ける。
「1000年前、ロクステラ王国を併合しその技術を独占すべく準備を進めていた矢先にエール王国が建国された。突如鉄壁の国家が立ちはだかり、ロクステラと相互の連携協定を結んだのだ……それから幾度もエール王国を襲撃するも、決して破れることはなく未だに南東部への進出は叶っていない」
「各国の独立の動きも足枷になっていますね……そう考えると父上の仰る通り帝国は長らく暗黒期の中にあったのかもしれません」
「600年前に赤龍族と手を組んで造反したルスキニア、勇者擁するアレナリアとレウス王国が独立したのは400年前だ……ロクステラを中心に4つの王国は同盟を結び、今に至るまで帝国を押さえつけている」
額に青い筋を浮かべて拳を握りしめる皇帝は、全身から怒りのエネルギーを発しているようだった。
その様子を見たヴァーティスは皇帝をなだめようと口を開きかける――が、発しかけた言葉を飲み込み、父の横顔をじっと見つめる。
その目はギラギラと怪しい輝きを放ち、口元は徐々に笑みを浮かべるように口角が上がっていったからだ。
「歴代皇帝が幾度もの危機を乗り越え、国を守り積み上げたものが……今花開こうとしている!」
ヴァーティスの方へ向き直り、その目を射貫くように真っ直ぐ見つめる皇帝――
「ククク……そう心配するなヴァーティスよ。予の頭の中にはすでに盤面が完成しているのだ。大陸という盤面のどこに一石を投じるか、その一手が及ぼす影響、それに対応した次なる一手も用意している――」
皇帝は込み上げる笑いを抑えるように口元を右手で覆い、武者震いをするように一瞬だけ身震いをしてから再び窓の外を眺める。
「――必ず最後に笑うのは帝国だ。ウロボロスを取り戻した今、もはや勇者など脅威ではない!偉大なるガルフ帝国は再び覇道を突き進むのだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます