第109話 龍饗祭②

ガイエル卿への挨拶をしてから5日後、俺たち3人はアノウス火山へ到着する。

――この前訪れた場所はアノウス火山の新山だったが、今回降り立ったこの場所は元々あった方の旧山である。


約3日に及ぶ馬車の旅だったが、さすがに侯爵家の馬車は特別仕様らしく、長い移動時間も苦にならない乗り心地の良さだった。


本当ならこの雄大な自然に囲まれた景色を堪能したい所だが――

アノウス火山を背にそびえ立つ大きな神殿からは、すでに凄まじい魔力を持った存在がいくつも感じられ、ゆっくりしていられる雰囲気ではなさそうだった。



「さて、準備で先に入ったガイエル達はともかく、すでに赤龍族も到着しているようだ。急いで我々も神殿に入ろう!」


キールさんに付いて神殿の入口へ続く階段を上がり、警備の兵士に案内されて神殿へと足を踏み入れる。

しばらく通路を進み、その先にある赤龍王を象った彫刻が施された大きな扉の前で兵士は立ち止った。


「私の案内はここまででございます。ここから先はシルト家当主および赤龍王様が許可した者のみが入室可能な区域となっております」


「承知した。――では、二人とも心の準備はいいかな? 扉を開けるよ」


俺とアイラが軽く頷くと、キールさんは物々しい雰囲気を放つ扉をゆっくりと押し開く。

中に入ると、ピンッという音が聞こえるのではないかという位に空気が張り詰めており、入室した3名を突き刺すような視線が集まった。



「うむ、よく来たな3人とも! 儀式まであと少し時間がある。先にベテルギウス様と、今日の司祭を務める龍族と人間族それぞれの代表に挨拶をしてくるといい」


そう言って出迎えてくれたのはガイエル卿だった。

この独特な緊張感と神秘的な雰囲気の漂う空気を物ともせず、相変わらずの気迫と威厳に満ちた表情でこちらを見つめてくる。


「今日の主役の一人だというのに、わざわざ済まないなガイエル。――ご忠告通り挨拶に行ってくるとしよう」


ちょうど龍王と司祭の二人が集まっていたため、様子を伺いつつ声を掛ける。

中央には“人間形態”の赤龍王が立っており、こちらが声を掛けるとニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「ククク……恐れをなして逃げるかと思ったが――よくぞ来た! 今日はお主らにも“杯”を用意した。儀式の途中で授ける故、しかと受け取るがよい!」


「杯……ですか? それはもしかして――」


「それは儀式を見ていればじきに分かるであろう。――お主らそれぞれの役割を果たす上で、必ずや助けとなるはずだ」



「――お話し中に申し訳ありません、ベテルギウス様……そろそろ装束の準備をいたしましょう」


恐らく龍族だろう――龍王にも劣らない燃えるような髪をした若い司祭の男性が、こちらに一礼しながら龍王に準備に入るよう促す。


「うむ、そろそろ時間だな。――では、これで一旦下がるとしよう」


控室らしき部屋に入っていく龍王の後ろ姿を眺めていると、もう一人の司祭が力ない声で話しかけてきた。


「すごいですね……一度会ったことがあるとはいえ、あのお二方を前にして意識を保っていられるとは……」


「いや、平気なのはここにいるユウガくらいだ。私はさっきから冷や汗が止まらなくて困っていたところだ」


「はっはっは、アイラ君の言う通りだ!――そう言うあなたこそ、司祭の大役を任せられるなんて大したものだ。ローブで顔がよく見えないが、相当な実力者とお見受けする」


「おいおいキール!これでも一応ルスキニア公国が誇る〈王属騎士団〉の騎士団長なんだぞ? 龍饗祭は人と龍それぞれ実力が高い者を上から3名ずつ出して執り行うが、ここ5年程は毎年騎士団長が司祭を務めている。実力は折り紙付きさ!」


「おっと、それは失礼した! どうも龍族を見た後だと感覚が狂ってしまうようだ。 今日は宜しく頼むよ」


そう言ってそれぞれと挨拶を交わし、ガイエル卿も準備のため控室へ戻っていった。


騎士団長から指示された場所で控えていると、ほら貝のような音が鳴り響き、それぞれの司祭に先導されて龍王とガイエル卿が入場してくる。


中央の祭壇上に置かれた玉座には赤龍王が座り、ガイエル卿がその正面に片膝をついて控える――


その様子を見ながら、アノウス火山への道中、キールさんがガイエル卿から聞いた龍饗祭の“いわれ”について説明してくれたのを思い出す。


この祭はルスキニアが独立したことを記念して、当時のシルト家当主のセルバンという人が始めたらしい。

祭の内容は大きく分けて、ルスキニアの民から赤龍への献上と、赤龍王からシルト家当主への施しという内容で構成されるとのことだ。


――国の守護龍である赤龍に国民の感謝を表すために赤龍へ土地の恵みを献上し、赤龍王はルスキニアの安寧を祈念してシルト家当主に力を、すなわち自身の血を分け与えるのである。



言葉にしてしまえばそれだけのことであるが、実際に目の当たりにすると全く雰囲気が異なっていた。

衣擦れの音だけが聞こえる静かで厳かな空間で、粛々と儀式が進められていく――

沢山の土地の恵みが献上されていくその中には、見覚えのあるボトル――キールさんの作った紅龍の雫もあった。


儀式も中盤に移り、龍族側の司祭がおもむろに4つの杯を祭壇に並べていく。


恐らくあれが龍王が言っていた杯だろう。

この場面で杯を受けるということは、やはり俺たちも龍王の血を受けることができるということか……

アノウス新山での“迷惑料”としての意味合いがあるのだろうが、そこまでの施しを受けてよいのか不安になりながらも、今更断るわけにもいかないため大人しく従うことにした。


龍王に無言で促され、恐縮しながらガイエル卿に付いて祭壇へ上る。


まずはガイエル卿が慣れた様子で杯を手に取り、龍王に一礼をしてから一気に飲み干した。


ガイエル卿がこちらに向けてチラリと視線を送ったのに気づき、俺たちも同じやり方で杯に注がれた血を含む――

久しぶりに口にした龍の血液は、味もさることながら喉から食道、そして胃袋へと魔力が沸騰するような感覚をもたらした。


あっという間に全身から魔力があふれ出し、体中をひんやりとしたエネルギーが駆け巡る。


アイラもキールさんも同じような状態になっており、あまりの効力に驚愕の表情を浮かべていた。



――龍王の血の凄まじい効果に立ち尽くしていると、ガイエル卿はさりげなく俺たちを促してから祭壇を降りていくため、俺たちも慌ててその後を追って祭壇を降りて元の場所へ戻る。


それから約15分後――

無事に儀式が終了し、龍王とガイエル卿は控室に下がっていく。

緊迫した場の雰囲気が少し緩み、一同の緊張感が一気に解けていくのを感じた。


「すごい儀式だったな……」


アイラはホッとしたように一息つきながら、一連の儀式を思い出すように口を開く。


「ああ、儀式自体も凄かったけど、まさか俺たちまで龍の血をもらえるなんてな……!昔飲んだ黒龍の血より更に魔力上昇した気がするよ」


「自分でも怖いくらいに魔力が溢れてくる……現役を退いたというのに、年甲斐もなく魔法を鍛えたくなってしまったよ!」


しばらく体に起きた変化について3人で話していると、控室から龍王が出てきてこちらにやってきた。


「どうだ、我の血の効果は!」


「あまりの凄まじさに思わず立ち尽くしてしまいました……!本当に我々まで血をいただいてよかったんでしょうか?」


「クックック……儀式に呼んだのはただの“口実”に過ぎん」


龍王は愉快そうに笑いながら3人を見回す。


「“禁忌”を穿つのだろう?――それは気持ちだけでは決して成就しないことだ……お主とその協力者には何よりまず強くなってもらわねばならん」



「――お心遣い、感謝いたします! 帝国に魔族……解決する問題は山積していますが、いただいた力で少しでも前に進めるよう努めます」



その言葉を聞いた龍王はこちらにそっと近づき、俺だけに聞こえるよう念話で話しかけてきた。


[ 我らが始祖ですら、複雑に絡み合った因果を断ち切ることはできなかった。お主の進む先は茨の道だと言わざるを得んだろう――

我らの使命は大陸の守護ゆえ表立って協力することはできぬが、一度に限りお主に力を貸してやろう。我らの力が必要になればまたこの地へ来るがよい ]


そう言って控室に戻って行く龍王。

それと入れ替わりでやってきたガイエル卿は俺の肩をポンと叩いて話しかけてくる。


「ふっ、あのベテルギウス様とすっかり打ち解けてしまうとは恐れ入った。血を受けて更に強くなったようだな!」


「いえ、それほどのものではありません。詳しくはお話できませんが、自分が持っている特殊な能力を買っていただいただけなんです……!」


「ほう、龍王が力を与えたくなるほどの力を持っているというのか! ベテルギウス様から君たちへの詮索は無用だと言われているから深くは聞かんが、大いなる使命を盛っているのであろうな……赤龍族が認めた人間であれば、ルスキニアの民を代表して私も君たちを応援しよう」


「ご配慮いただきありがとうございます。キールさんを含め、この国とは浅からぬご縁ができました。そう言っていただけると助かります……!」


「うむ!この国にいれば、またいずれ会うこともあるだろう、その時まで壮健にな! キールもしっかり二人を助けてやってくれ!」


「ああ、もちろんだ。私の力など微々たるものだが、ガイエルとユウガ君の助けになれるよう力を尽くそう」



――無事に儀式を乗り切り、帰途につく一行


「なあユウガ、最後に赤龍王は何て言っていたんだ?」


「禁忌の魔道具を破壊するため――始祖の悲願を叶えるために、一度だけ力を貸してくれるらしい」


「血を与えてくれた上に更に協力してくれるのか……! きっと龍王もユウガの存在は千載一遇のチャンスだと思っているのだろうな」


「寄せられた期待に応えたいが、今のところ目途すら立たないなあ……やはりどこかのタイミングで勇者たちと話をしないといけないかもしれない」


「ユウガの覚悟ができたならそうすべきだと思う。魔族との争いと勇者は切っても切り離せない関係だから、いつかは向かい合う瞬間が来るはずだ」


「勇者の背後にはアレナリア王国が控えている。刻印を持った俺があの国と対等に“対話”できるようになるには、勇者以上の力が必要だ……当面は赤龍王にもらった力を含めて修行三昧だな」


いつか来るその時に思いを馳せつつ、ナイトガルへ向かうのだった。

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