第108話 龍饗祭①
5月に入り、春の柔らかな日差しから徐々に夏の気配を感じるそれへと移り変わる頃、キールさんから念話の連絡が入る。
[ やあ、二人とも久しぶりだね……突然で悪いんだが、例の〈龍饗祭〉に関する知らせがシルト家から届いたんだ。来週ナイトガルへ来れないかな? ]
――そんな知らせを受けた俺たちは、取るものも取り敢えず大急ぎでブランカ村へ出発し、ルイーナさんの店にある転移魔方陣を使ってナイトガルへ入った。
何しろルスキニア公国を統治する侯爵家からの誘いだ……
返事が遅れるわけにはいかないし、もし遅れれば背後にいるであろうあの赤龍王の“お怒り”を買う可能性もある。
そんなこんなで、慌ててキールさんのワイナリーを訪ねたのだった。
「おや、随分早かったじゃないか! まだ連絡してから二日も経ってないのに、驚いたな!――しかもルイーナまで……」
「うふふ、この二人が血相を変えてお店に来たもんだから、何か面白いことかな~って!思わず付いてきちゃった!」
「全然面白いことじゃないですって……! こっちは途中で馬車を降りて気合で悪路を走って来たんですよ?」
「ひ、久しぶりにあんな距離を走ったからヘトヘトだ……やはりユウガは化け物だな……!」
完全に“へばった”様子のアイラが恨めしそうにこちらを見ている。
「悪かったって、でもあの赤龍王を怒らせたら色々とマズいだろ? あのまま馬車でのんびり進んでたら1日余計に掛かってたよ」
「正直早く来てくれて助かるよ……!〈龍饗祭〉に一般人が参加するなんて前代未聞だからね、早めに返事をできるならそれに越したことはない」
そう言ってキールさんは1枚の紙を取り出してこちらに見せる。
「――これは、どちらかと言うと“参集命令”ですね。参加しないという選択肢はなさそうだなあ」
「祭り自体は10日後だが、出発前に一度侯爵邸に寄らないといけないのか……まあ、得体のしれない者を重要な祭事に出席させるわけにはいかないから当然のことだな」
「出席者は――当たり前ですが、あのとき赤龍王に出くわした3人をご指名ですね。ルイーナさん残念ですが、今回はお留守番ということで」
「えー!ちょっと、ひどくない? 私だけお留守番なの!? ずるーい、私も〈龍饗祭〉出たいよお!――ねえキール、何とかガイエル卿にお願いできないかな……?」
「さすがに難しいんじゃないかな? 赤龍王が招いたからガイエルも仕方なく我々を呼んだんだろうし、逆にこれでルイーナが出席したら、それこそ“招かれざる客”として龍王の不興を買うかもしれない……」
「ぐぬぬう……そりゃあ龍王を怒らせたら国の存亡の危機になるのは分かるけどさあ……でも、つまんなーい!! 頭では理解してるけど心と体が不満でいっぱいだよー!!」
そう言って肩を落とすルイーナさん。
分かりやすく“しょげている”ルイーナさんをよそにキールさんは話を続ける。
「まあ、ルイーナのことはさておき、我々はまずガイエルの所へ行くとしよう。この手紙を持ってきた従者が5日後の朝に迎えに来ると言っていたから、その時までにここに集まってもらえるかな?」
「――分かりました。今日は一旦帰りますが、基本的にナイトガルに――ルイーナさんの店に滞在しているので、何かあればすぐに来ますね」
「ユウガの言う通りルイーナの店にいるのが都合が良さそうだ。ルイーナを慰めてやらないといけないしな」
「アイラちゃんありがと~! じゃあキール、お詫びにワイン1本貰っていっていいかな? そこらのワインじゃこの心の傷は癒せないわ!」
「はっはっは! 分かったよ、そこまで言うなら10年物の紅龍の雫を持って行ってもらおうか!」
「いいんですか!? そんな高価なものをタダで貰えないです! 帰りに適当なワインを買って帰るので、それは取っておいてください」
「いや、いいんだ。熟成の程度も10年くらいが丁度いいし、10年前の紅龍の雫はまだ味も今ほどじゃなかった……このワイナリーの進化の歴史を辿るつもりで是非飲んでほしい!」
「だってさ! ありがたく貰うわよユウガ! 帰ったら早速みんなで飲も~!!」
ルイーナさんのお陰……と言っていいのか分からないが、キールさんの厚意で紅龍の雫を1本貰い、足取りも軽く帰途に着くのであった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――それから5日が経ち、俺とアイラは再びキールさんのワイナリーを訪れる。
「おはようございますキールさん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しく頼むよ! ガイエルは昔からの友人だ。あまり気負わず行こうじゃないか」
「ガイエル卿といえば、かなり
二人で緊張しながらしばらく待っていると、迎えの従者が訪ねてきたため、3人は馬車に乗り込んで目的地へ出発する。
小一時間ほど馬車に揺られて到着したのは、ナイトガルの中心にある巨大な王城ではなく、やや郊外にある侯爵の邸宅だった。
――邸宅といっても外見は小ぶりな城もしくは西洋の立派な議事堂や博物館のようであり、石造りの重厚な建築からは数百年はゆうに超える歴史を感じる。
従者が門番の男に合図をすると、金属でできた大きな門が開き、中へ通される。
邸宅に入って出迎えてくれたのは、一目でそれと分かる雰囲気を纏った男だった。
全身から漲るような魔力、自信に満ちた力強い眼差し――
冒険者や騎士顔負けの迫力を湛えた風貌は、まさにアイラが言う“剛毅”そのものだった。
「よく来てくれたキール!――そして冒険者諸君。私がこの国の君主代行――ガイエル=シルトだ!」
「久しいなガイエル、私が赤龍王のひざ元で動いたせいで迷惑を掛けてしまった……すまない」
「なに、最初は驚いたがどうということはないさ! 友が無事に帰って来ただけで十分だ!」
「そう言ってもらえると助かるよ。――さて、まずはこちらの二人を紹介しよう。こちらにいるのは冒険者のユウガとアイラスだ。二人とも私の依頼で〈緋陽土〉採集をしている時に赤龍王に出くわした“強運”の持ち主だよ」
キールさんに折角前フリをしてもらったが、俺もアイラも初対面でこの相手に
気の利いた自己紹介ができるわけもなく、当たり障りない挨拶をする。
「ハッハッハ!どうやら緊張しているようだな。――今日は君達をどうこうしようと思って呼んだわけではない。龍饗祭に参加する者たちを念のため確認しておきたかっただけなのだ」
そのまま応接室に通され、大きなテーブルを挟む形で着席する。
「さて――龍饗祭当日の流れは後で別の者から連絡させるとして、私からは君たちに当日の“心構え”だけ伝えておこうと思う」
「その言い方からすると、何か特殊なことでもあるのかな?」
「いや、特別どうこうというわけではないんだが……高位の龍族が参加するので気をしっかり持つように、ということだけは伝えておこうと思ってな。
――すでにベテルギウス様にお会いしているなら大丈夫だとは思うが」
「はは……正直ユウガ君以外は失神寸前の状態だったがね。龍王様が招待した以上、殺気を向けられることはないだろうが……不安がないと言ったら嘘になるよ」
「キール、お前だから話すが、私も初めてベテルギウス様にお会いした時は30分近く意識を失った!――〈血の契約〉をしてからは平気になったが、あれは今思い出しても強烈な体験だったぞ……!」
「ガイエルが卒倒するなんて想像できないな。その〈血の契約〉というのは、龍の血を取りこむこと指しているのかな?」
キールさんはためらう様子もなくガイエル卿に質問をする。
さすがに俺たちがいる所でそんな話はできないんじゃ――
「ふっ、お察しの通りだ。毎年飲んでいるお陰で“この有様”だ……これでもかなり抑えている方なんだかな」
「あ、あの……今の話は我々が聞いても大丈夫なんでしょうか。キールさんとの積もる話もあるでしょうし、席を外しましょうか……?」
「おっと、客人に気を遣わせてしまったな! この事はすでに世間でもある程度知られているし、特に隠しているわけではないから君達が聞いても問題はない。
――実際に遭った君達なら分かるだろうが、力を得るためとはいえ龍族を狙う者なんてそういるものではない」
「た、確かにそうですね……いるとしたら――」
俺がその先を口にするのを少しためらっていると、アイラが続きを言葉にする。
「――帝国くらいか……実際に過去に一度やらかしているようだしな」
「ふむ、この国の歴史を学んでいるとは感心だ! 確かに帝国は長きに渡りルスキニアを属国にしただけでなく、赤龍族にまで手を出した。――その結果は、知っての通り帝国の敗北とルスキニアの独立だ。再び赤龍に危害を加えようものなら、今度こそ帝国は滅びるだろう」
心なしか、帝国について話をするガイエル卿から発せられる魔力が多くなった気がする。
前に4人の王の中で一番の実力者だという話を聞いたが、実際に会って納得がいった。
少なくとも魔力という点において、自分を除けば今まで会った人の中で一番かもしれない……
今日は顔見せということもあり、その後はキールさんとガイエル卿の学生時代の話を中心に盛り上がり、和やかなムードのまま数時間が経過していった。
「――おっと、もうこんな時間か! 久々に話し込んでしまったな。私は執務が残っているので、ここで失礼させてもらおう……事務的な話はこの後人をよこすから、その者から聞いてほしい」
「短時間のつもりだったが、つい長居してしまった。当日はよろしく頼むよ」
「うむ! 龍饗祭に参加するなど望んでもできることではない。またとない機会だからよく見ていってくれ!」
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