第107話 小さな魔法使い②
一旦地上に戻るメリカさんの後ろ姿を見ながら、イーリスは俺に問いかける。
「うーん……お水は分かるけど、風ってどうイメージするのかなあ?」
――確かに、風は目に見えるようなものじゃないからイメージしづらいな。
現象そのものを口で説明するのも難しい……
「そうだなあ……説明するより実際に見てもらった方が早いかな?」
そう言って伝心魔法を発動し、水と風の事象イメージをイーリスに伝えると、イーリスは目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
「スゴイ! 魔法ってこんなこともできるんだ……! 風のブワーっていうイメージが見えたよ!」
「なるほど、考えたなユウガ。伝心魔法ならユウガが魔法術式を検索した時のイメージを伝えられるということか……」
「いいかイーリス、今のイメージを忘れないようにするんだぞ!」
「ユウガありがとう! 早く魔法が使えるようにがんばる!」
「えへへ……」
「どうしたんだイーリス……突然笑いだして」
「えっとね、何だか二人がお父さんとお母さんみたいだなって!」
「ははは! 俺はともかく、ずいぶん若いお母さんだな!」
「そ、そこはお姉ちゃんみたいと言ってほしかったな……まだ私は20歳だぞ!――いや、もう20歳とも言えるか……」
何やら物思いモードに入ったアイラを横目に、前から気になっていた事をイーリスに尋ねてみる。
「なあイーリス……イーリスの両親の事って――聞いてもいいのかい?」
「うん!いいよ! でも、ずっと前に死んじゃったからあんまり覚えてないけど……」
そう言ってイーリスは近くにあった岩に腰掛け、静かに口を開いた。
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ボクのお父さんは黒ヒョウの獣人で、お母さんは人間なの。
――ボクたちは、まわりに誰もいない森の中のお家に住んでいて、お父さんとお母さんは『こわい人がいるから、街に近づいちゃダメ』っていつも言ってた。
あの日は、雨がザーザー降ってる夜だった……
お母さんはボクに布団をかけて、あたまを撫でてくれたの。
とってもあたたかくて、だんだん目が勝手に閉じてきて、カミナリとか雨の音も聞こえなくなって――
そうしたら、ドカン!っていう大きな音がしたの。
さっきまで頭をなでてくれてたお母さんはいなくなってて、外は真っ暗で雨の音だけが聞こえてた……
カミナリかな?って思ったけど、隣の部屋から何回もドンっていう大きな音がして、
ボクは怖くてずっと布団の中に入ってた。
――しばらくしたら音が止んで、部屋のドアが開く音がしたの。
くつの音がゆっくり近づいてきて、しがみ付いてた布団をグイってめくられて――
布団ごと床に落ちたボクは、後ろをふりかえらないでドアの方へ走った……!
でも、何かで滑って転んじゃって……足元が暗くて見えなかったけど、床がぬるってしたの。
怖くて、足に力が入らなくて……そのまま後ろから追ってきた誰かに足をつかまれて、逆さに持ち上げられた。
その時、カミナリで部屋の中が光って……お父さんとお母さんがすぐそこで血だらけで倒れてるのが見えた。
何度もお父さん達を呼んだのに目を覚まさなくて、ボクはお腹を叩かれた後でむりやり大きな袋に押し込まれたの。
そのまま意識がなくなって――目が覚めたら全然知らないところだった。
マスターがやってきて、ボクの首に何か魔法をかけて……
それからずっとあの地下で暮らしてた――
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「――ユウガとアイラが来てくれなかったら、これくたー?っていう人に売られるところだったの。本当に助けてくれてありがとう!」
全て話し終えたイーリスは、俺たちに精一杯の笑みを向ける。
辛い感情が癒えていないことは明白だ……
気丈に振る舞うその様子にやりきれない気持ちが溢れ、それを紛らわすように俺はイーリスの頭を優しく撫でた。
「話してくれてありがとう、イーリス。――犯人は最初から子供の誘拐目的で侵入したんだな……」
「珍しい種類の獣人の子供は闇の市場で高く売れると聞いたことがある。あのロクでもない奴隷商のことだ、子供の調達、売却をする裏の繋がりがあったんだろう」
アイラはあの時“もっとやっておけば”と言わんばかりに固く拳を握り締める。
「今もどこかでこんな風に誘拐されている子供たちがいるかもしれないと思うとやるせないな――でもイーリスはこうして助かったんだ……今までの分、一杯やりたいことができるといいな、イーリス!」
「うん!今は毎日が楽しい! もっと頑張って練習して、二人を驚かせてみせるからね!」
そう言って“小さな魔法使い”は、目をキラキラと輝かせながら練習へと戻るのだった。
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