第106話 小さな魔法使い①

竜胆との再会から数日が経ち――

俺とアイラは四王会議の喧騒が一段落したのを見計らって、イーリスを連れて冒険者ギルドへ足を運んでいた。


というのも、メリカさんからイーリスに自分のスキルや職業を確認させた方がいいとアドバイスをもらったからだ。

さすがに俺が水晶なしで鑑定できることを話すわけにはいかないため、一度ギルドに行って水晶の鑑定をしてもらうことにしたのである。



ダルクの冒険者ギルドは今日も相変わらずの賑わいをみせており、しばらく受付待ちの列に並んでやっと俺たちの番になった。


「すみません、この子の鑑定をお願いしたいのですが」


「はい、かしこまりました!それではこちらの水晶に触れてくださーい!」


イーリスが背伸びをしながらカウンターにある水晶にちょこんと手を触れると、鑑定結果が目の前に表示された。

初めて見る画面にイーリスは興味津々といった様子であちこち色んな角度から眺めている。


「わぁ!すごい! 名前にショクギョウ?に、スキルが書いてあります!」


「お、イーリスは文字が読めるのか! 誰から教わったんだい?」


「えっと、地下で一緒に暮らしてたエマお姉ちゃん! マスターやおじさん達にばれないように、夜にコッソリ集まってみんなで勉強したんだよ!」


「イーリスは偉いなあ、隠れて勉強するのは大変だったろう? これからは師匠の元でいっぱい勉強させてもらうんだぞ!」


「うん!色々教えてもらうのはとても楽しいの!」



「――それにしても、イーリスはバランスのいいスキル構成だな。師匠の元でしっかり学べばあっという間に伸びていきそうだ。私もうかうかしていられないな」


「はは、まだそんな心配はしなくていいんじゃないか? イーリスが今のアイラに追いつく頃には、アイラはもっと先にいるだろうし……」



そんなことを話しながらイーリスの将来について“皮算用”していると、画面を眺めていたイーリスから疑問を投げかけられる。


「どうして水晶に触ると分かるのかなあ……とっても不思議!」



そういえば、俺が大迷宮を出て間もない頃に一度水晶を検索したことがあったな……

アレのお陰で大体の仕組みは理解できたが、世間でどういった説明がされているかは聞いたことがなかった。

ここで迂闊に色々答えると厄介なことになるかもしれない――


どう答えるべきか迷っていると、その感情を察してかアイラが助け舟を出してくれた。


「詳しくは分からないが、ネウトラ王国の魔導士ギルドの本部には《鑑定魔法》を記憶した大きな水晶があるらしい。この小さな水晶は魔法でそこに繋がっていて、その大きな水晶に記録されている情報を表示できる……と聞いたことがある」


「大きな水晶……どのくらい大きいのかな――いつか見てみたい!」


「イーリスは色んなものに興味があって冒険者向きの性格だなあ。一緒に冒険できるようになるのが楽しみだ!」



――さっきのアイラの説明を聞いて思い出したが、前にブルーローズに封印されていたアドリアーノさんは、鑑定水晶の正体が〈識の泉〉と呼ばれるアーティファクトだと教えてくれた。


よく考えれば、〈識の泉〉も古代文明の消滅を乗り越えて現代に残っているということだよな……

もし自分が思っている以上に多くの古代魔道具が消滅せず残っているすれば、禁忌の魔道具が消滅したと期待し過ぎるのは良くないかもしれない――


そんな一抹の不安を覚えながらギルドを後にして師匠の家へ帰るのであった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


家に着くと、イーリスはすぐさまメリカさんの元へ走っていく。


「ただいま帰りました! 今日も魔法の練習がんばります!」


「おや、早かったじゃないか! そんなに急がなくても魔法は逃げやしないよ!――まあ今日は皆揃ってることだし、折角だからユウちゃんとアイラもおいで!」


メリカさんの一声で俺とアイラはイーリスの魔法の訓練を見学することになった。

すでにステア村滞在中に魔力知覚ができるようになっていたイーリスは、ここ最近魔力操作の練習をしているようだ。


「さあ! そのまま全身に流れる魔力を感じながら手の平に集めてごらん。――そう、上手だよ! そのまま外へ絞り出してみな!」


右手を見つめながら意識を集中するイーリス。

手のひらから青白い光が立ち上り、ゆらゆらと揺らめき始める――


「いいじゃないか、上出来だよ! そのまま外に出した魔力が逃げないように限界まで維持してごらん!」


「う~!むずかしいです……! “ゆらゆら”が少しずつ逃げていっちゃう……!」



「ふっ――まるで別人だな……」


イーリスとメリカさんのやりとりを見たアイラは、若干渇いた笑いを浮かべる。


「どうしたんだ? 確かにイーリスは見違えるように上達したけど――もしかしてメリカさんの方か?」


「ああ、私の時と全く違うぞ? 私の時はもっと――それこそ血の滲むような過酷な修行だったのに」


「はは……“教育方針”が変わったのかな? さすがにアイラの時はやりすぎたと思ったのかもしれないな」


「イーリスにあの修行をさせたいわけではないが……何だか少し複雑な気持ちだ。――私も“あんな感じ”がよかった」



そんなやりとりをしている事を知る由もないイーリスは、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。


「ねえねえ、ユウガとアイラ見て! ボクだいぶ上手にできるようになったよ!」


「魔力操作といい、魔力の体外維持といい上手くなったなあ!すごいじゃないかイーリス!」


「えへへ、“冷たいの”をお腹の上の方でぐるぐるして、どばーって外に出すの! 魔力を動かすのはとっても楽しい!」


「普段ユウガの魔力操作を見ていると忘れてしまいがちだが、多くの人々にとって魔力操作をスムーズにできるようになるには相当な訓練が必要だ。この短期間でここまでできるのはイーリスの才能と努力の賜物だな!」


「ほらイーリス! 誰がそっちに行っていいと言ったんだい? 今日は次の段階を教えるから早く戻ってきな!」


「ご、ごめんなさい! 今日はどんなことをするのですか?」



「これから魔法の術式を魂に記憶する方法と、記憶した魔方陣を魔力で具現化する方法を魔力操作と並行して覚えてもらうよ!――できるだけその事象に関するイメージをしっかりと持っている方が発動しやすいから、早いうちから取り組んでおいた方がいいのさ」


「メリカさん、それならイーリスは水と風属性の適性があるので、それらを中心に覚えていくのがいいと思います」


「それじゃあその二つを軸にやっていこうじゃないか! 魔法術式を描いた紙を取ってくるから、一旦休憩にしようかねえ」


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