第109.5話 無名の英雄③

ガルフ帝国 ―ファルス村―


ここは俺がウロボロスによって作り変えられた場所――ファンネル=テトラクスが築いた地下研究所だ。


俺は魔王ラニウスから外出を認められ、帝国にあるこの研究所を再び訪れていた。

予定では春になったらすぐに魔国を出発するはずだったが、想像以上に魔王が“化け物”だったお陰で中々外出許可が下りなかったのは完全に想定外だった。


ともあれ、そのお陰で魔王から一本取れるレベルまで成長することができたため、無駄な時間ではなかったはずだ。


「ふう、やはりほとんどの資料は帝国に持ち去られているようだな……」


土足で踏み荒らされ、資料や器具が散乱する研究所の中を眺めながらひとり言を呟く。

自身が縛り付けられ切り刻まれた“手術台”のある部屋に行き、思い出したくもない記憶を呼び起こす――


「――待てよ、“あの部屋”の入口が開いていない……!」


確か、ファンネルが一度だけあの部屋へ入っていったのを見たことがある……!

書棚に偽装されているが、あの裏には小部屋があったはずだ。


すぐに本棚を押しのけて壁をなぞる――

やはりこの奥には空間がある……相当頑丈に作られているらしく、少し力を入れただけではびくともしなかった。


「なら、少し手荒だが強めにやらせてもらうぞっ……と!」


力任せに扉を引っ剥がしてみると、その向こうには6畳くらいの広さの部屋があった。壁は本棚に囲まれており、怪しげな書物が無造作に置かれていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


〈被検体日誌13〉

どうやらこの被検体は〈自動回復〉スキルを持っているようだ。

ウロボロスによる再構築後に現れた形質であること、魔物特有のスキルを発現していることから人間の魔物化が成功したと結論付ける。

※鑑定水晶が入手出来しだい、詳細なスキルの鑑定を実施する


〈被検体日誌39〉

水晶による鑑定の結果、このスキルは〈自動回復(極)〉という名称であることが判明。古今あらゆる資料を見てきたが、そのようなスキルに関する記載は一切存在しなかった。

あらゆる傷が瞬時に完治し、欠損や脳の損傷すら治ってしまうようだ。

まさに“不死”のスキルと呼ぶべき常軌を逸したものであり、光と闇属性を使えること以上に尋常ならざる特性である。

※もし老化すら超越しているとすれば人類史上初の究極生命の誕生だろう。継続して検証を行う必要あり。


〈ウロボロスについて〉※勇者の手記参照

ウロボロスは古代文明が作り出した究極の魔道具のひとつである。

完全起動するためには10万人程度の生贄(魔力と生命力)が必要であるが、ひとたび完全起動すれば無限の魔力を生み出し、魂の存在情報を再構築して人を魔物化してしまう。

帝国の初代皇帝はこの魔道具で闇魔法を使う強力な軍隊を作り、またたく間に大陸の半分を統治下へ置いた。

当時の勇者によってウロボロスは持ち去られ、自身の故郷であるファルス村の地下へ封印された。


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一体、何時間経っただろうか――

夢中で資料を読み漁っていたが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


何十冊もの資料と、勇者が残した手記に目を通して分かったのは、思っていた以上にウロボロスは“ヤバい”代物だということだ。

どうやらファンネルはこの手記を残した勇者と同郷であり、村に残されたこの手記を何かの拍子に見つけたのだろう。

記された情報を元に封印されたウロボロスを見つけ出し、あの狂気の研究を始めたようだ。



――帝国にウロボロスが渡ったのは間違いない。

恐らく帝国はこの力を使って初代皇帝と同じように闇の軍勢を作り出すだろう……


そうなれば勇者を擁するアレナリアは間違いなく真っ先に戦火に飲まれる。

俺が元の世界に変えるヒントも失われるかもしれないし、何より同郷の勇者たちの命も危険だ。


「行くしかないな――アレナリアへ」


魔王から貰った次元収納バッグに資料をしまい、急いで地上へ戻ると、太陽の位置からして外は丁度昼前くらいだった。


ファンネルの資料にあった通りであれば、かつて勇者が生まれ育ったこの村の住民は全員生贄になったらしい。

住人のいなくなった村は、あちこちがボロボロに朽ち果て、瘴気が立ち込める危険な場所に変貌を遂げていた。


村で一番高い建物に上り、アレナリアのある方向を眺めていると、西の地平線付近で“黒いかたまり”が動いているのを捉える。


「何だあれは……帝国の軍隊か?」


前言撤回だ――

俺がもたもたしている間に帝国が動き出してしまったのか……!

もしウロボロスを使った軍隊が完成しているとしたら、もはや一刻の猶予もない。


俺はウロボロスと帝国に“借り”がある……奴らの思い通りにはさせない。

幸い俺には“不死”のスキルが備わっているから、多少無茶をしても大丈夫だろう――

もう人間の世には戻れない体になってしまったが、こんな俺だからこそ陰からできることがあるはずだ。


遥か遠くでうごめく黒い影を見据えながら、自身の使命の片鱗を見出すのであった。

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