第103話 邂逅③

「――ひとつ聞いていいか? どうしてそれだけの力がありながらアレナリア王国に従うんだ? お前たちなら戦争なんかに加担しなくたって、王国を出て冒険者として十分やっていけるんじゃないか?」


その言葉に、竜胆は声を絞り出すように答える。


「知ってしまったからです……!」


こちらを見据えるその目には薄っすらと涙が浮かんでいるが、決して心が負けて溢れる涙ではなく、ある種の“覚悟”をはらんだような力強さを感じさせるものだった。


「王国には多くの人が暮らしているんです。――皆の生活が、人生が……私たちの肩に掛かっているんです! ユウガさんは見たことがないと思いますが、アレナリアはいい国なんです……今更見捨てて逃げるなんて、私にはできない……!」



――そうか、竜胆も“同じ”なんだ。


アレナリア王国で暮らし、そこで生活する人々に触れて変わっていったんだろう。

今の言葉で――対象は違えど、竜胆もこの世界を大切に思っていることが伝わってきた。


だとしたら、俺が“とやかく”言う筋合いはないな……



「そうか……皆が今の環境を大事に思っているなら、それでいいさ。 俺の中でアレナリア王国は自分たちの都合のいいように勇者を利用して、人殺しをさせている身勝手な国だというイメージしかなかったんだ。軽率な発言をして悪かった」



「いえ、私の方こそユウガさんへの配慮を欠いていました。理不尽に殺されかけて……王国を恨んでいたとしても仕方ないと思います」


それから竜胆は少し言いづらそうに……恐る恐るといった様子で尋ねる。


「――ユウガさんは、アレナリアへの復讐を考えているんですか……?」



「いや……そう思った時期もあったが、今は復讐は考えていないよ。――ただ、心から許せたわけじゃないし、召喚勇者たちが被害者であるという思いに変わりはない」


一瞬、この先の言葉を口にするか迷ったが、どうしても竜胆の反応を通して確認しておきたかったため敢えてそのまま言葉を続ける。


「だから……二度と俺たちのような者を生み出さないために、勇者召喚を行うアーティファクトを破壊したいと思っている。――それが、俺なりのケジメってやつだ……」



「召喚水晶を壊すんですか!? そんなことをしたら、私たちがいなくなった後のアレナリアはめちゃくちゃになってしまいます……! アレナリアは勇者召喚があったからこそ、今まで持ち堪えることができたんです!――ユウガさんがそういった気持ちを持つのも仕方のないことかもしれませんが、“私達”は絶対に反対です…!」



“私達”か……


俺と勇者たちは別々の環境で今まで過ごしてきた。

当然、異なる価値基準が育っていてもおかしくはないとはいえ、それこそが……俺が恐れていたことでもある。


アノウス火山で事前にアイラとこの話をしていて良かった……

もし今日初めてこのやりとりをしていたら、勇者たちとの間に致命的な溝を生んでいたかもしれない。



「――だろうな、そう言うと思ったよ。俺だってすぐに破壊しようとは思っていないさ。まずは魔族との戦争の歴史に終止符を打つのが先だ。できることなら戦争以外の方法で……」


「私たちもできることなら平和的に解決したいです……でも、実際に魔族を見たら、戦争以外の道はないとすぐに分かると思います……

彼らの人間を恨み憎む気持ちは、私たちの想像を絶する程の根深さでした」



「なぜ魔族はそこまで人間を恨むんだ? 何かきっかけがあるはずだろう?」


「魔族側には確固たる理由があるようですが……もはや昔のこと過ぎて、私達の側には何の資料も残っていないんです。王国の資料を見ても、ただ戦争の歴史が記録されているだけでした」



「そうか……俺も戦争を止めたいという思いは一緒だから、何か参考になることがあればと思っていたが……まあ、俺は俺なりに戦争終結の可能性を模索してみるよ」


ふと気が付くと、建物のすき間から差し込む橙色の光が額のあたりを温かく照らしていた。――日没が近くなっているらしい。


「――もうこんな時間か……そろそろ行かないと」


「待って下さいユウガさん! 一緒に……とは今の段階では言えませんが、せめて信征さん達に何か伝えることはありますか?」



「それなんだが……今日ここで俺に会ったことは誰にも言わないでほしいんだ」


「どうしてですか!? 折角生きていることが分かったのに―― 先ほども言いましたが、もちろん王国には一切報告しません。勇者の3人以外には絶対口外しないと誓います……!」



「いや――自分で会って、自分で話したいんだ。今日俺が話した内容は人づてで話す内容じゃない……面と向かって直接話さないと誤解や認識違いを生んでしまう可能性がある。俺や竜胆たちのように大きな力を持った者同士が争うような事態に発展すれば、どうなるか分かるだろう――? 必ず俺は皆に会いに行く。だから、それまで黙っていると約束してくれないか」



「――分かりました、そこまで言うのなら誰にも言わないとお約束します。でも、みんな謝りたいと思っているんです……あの時ユウガさんが大迷宮に送られるのを止められなかった事を……必ず、必ず会いに来ると約束して下さい……!」


「ああ、俺も約束するよ。その時が来たら、必ず会いに行く……!」



竜胆は深くお辞儀をして中央通りの方向へ歩いて行った。

それを見送りながら、自分の対応が正しかったのか、このまま竜胆を帰してよかったのか……あれこれと答えの出ない思考を巡らせる。


今回の再会がもたらすのは光か、それとも暗い影か……

先が見えない不安を抱えながら皆の待つ家へと歩を進めるのであった。

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