第93話 禁忌の魔道具
魔法陣の光が消えるのを見届けながら、ゆっくりと右手を下ろす。
恐らくこれで〈始まりの地〉や〈原初の光〉と呼ばれる不思議な力の源泉について伝わったはずだ。
そして、3つの禁忌と呼ばれた恐るべき魔道具の存在も――
僅かな沈黙の後、最初に口を開いたのはアイラだった。
「何というか……話の規模が大きすぎて頭が付いて行かないな。ユウガが皆に相談したくなるのがよく分かった。――多分、皆それぞれ言いたいことがあると思うが、まずはユウガの話を聞かせてくれ」
アイラの言葉に軽く頷き口を開く。
「まず、先ほど見せた無数の光に満たされたあの空間が〈始まりの地〉です。この場所に行くことができたのは少なくとも俺を含めて3人……自分以外の2人は古代文明の時代の人物なので、今この力を持っているのは俺だけの可能性が高いです」
「そうすると、始祖が言っていた“歪み”を正せるのはユウガ君だけ……というわけだね」
「そもそも歪みってのは何を指してるんだろうねえ? 話にあった3つの魔道具を壊せば歪みは解消するのかい?」
「正直、そこは全く分かりません。なので皆さんに色々と聞きながら対応を考えたかったんです。自分としては、恐らく勇者召喚の魔道具を指しているであろう〈クロノス〉の破壊から始めたいと考えていますが、他の二つについてはそもそも現存しているかも含めて全く見当がつきません……」
「ふーむ、クロノスというのは、婿どのが言うように勇者召喚の魔道具で間違いないだろう……なあ、婆さん」
「そうだねえ――実はアタシたちは一度召喚に使う魔道具を見たことがあるのさ。アレナリア王国で魔族討伐の緊急依頼があってね……まだ駆け出しの頃で戦果は大したことはなかったけど、あの時王都のシンボルである〈勇者の祭壇〉で実際に勇者召喚が行われるところを見たってわけさね!」
「その時にも勇者召喚が行われたんですか!? 今その勇者たちはどこに――」
「その時は術式は発動しなかった。――よく聞こえなかったが、『“周期”が合わなかったんだ』とかブツブツ言っている研究者がいたのを覚えてるよ。その研究者がクロノスという単語を何度か発していたから、ユウちゃんの読みは当たっているはずさ!」
なるほど、勇者召喚には何らかの条件が必要ということか。
確かに無制限に召喚できてしまったら、魔族との戦いなんてとっくに終わってるはずだもんな……
「お二人のお陰で仮説が確信に変わりました!では予定通りクロノスを優先していきたいと思います。――他の二つについて何かご存じの方はいますか?」
「もしかしたら――」
少し自信がなさそうに声を上げたのはルイーナさんだった。
「心当たりという程確かな話じゃないんだけど、〈タイタン〉っていうのは〈世界樹〉に関係があるんじゃないかな~って……」
「世界樹……ですか?」
「ウロドュナミス領――エルフの里や集落がある土地の奥地にある大木だ」
「ワシや婿殿も使っている生命力の象徴とされていて、その枝や葉は万病に効き、どんな怪我でも治してしまうらしい」
「今のアイラとルシルバさんの説明を聞くと、確かに生命力を司るといわれるタイタンと関係がありそうですね……!」
「だがルイーナ、その場合……世界樹自体がタイタンということになるのかい? 確か世界樹は天を突くような巨木だと聞いたが……」
「そのへんは自信ないんだよねぇ、キールの言う通り木自体がそうかもしれないし、魔道具の力で巨大に成長した可能性もあるし……」
「それでも大きな手掛かりです! 壊すとしたらエルフの反発が物凄いことになりそうですが……」
「まず不可能じゃないかなぁ。エルフってかなり閉鎖的だから、集落に入ることすら困難かも……世界樹の破壊どころか調査もさせてもらえないと思うわ」
「エルフにとって世界樹は命よりも大切な拠り所だからな……私もエルフの血を引く以上、世界樹に手を出すのは賛成できないな」
「前途は多難ですね……まあ、話を聞く限り世界樹が世界に歪みを作っているようには思えませんし、これも継続調査ですね。 ――最後にウロボロスですが、これについては何か心当たりはありますか?」
その言葉に皆顔を見合わせ、沈黙が流れる。
「ウロボロスについては全く手掛かりなしですか……もし何か気づいた事があれば是非教えてください!」
「――ユウちゃん、ちょっといいかい?」
軽く右手を上げながら口を開いたのはメリカさんだった。
「話を少し戻すけれど、クロノスを壊すなら相応の準備と覚悟が必要ってことを忘れちゃいけないよ!
勇者召喚は対魔族戦の切り札なんだろう?――それがなくなれば戦いがより熾烈になる。もしアレナリアが落ちるような事があれば、今度は周辺国にも攻めてくるのは火を見るより明らか……少なくとも人間側に多くの血が流れるということを肝に銘じておくんだよ!」
「私たちは魔族と呼んでいるけど、彼らもれっきとした“人”であって魔物とは違うからね……まずは争いの原因を取り除かないと、クロノスによって――勇者召喚によって保たれていた均衡が崩れてしまいかねないわ」
「――そうですね。どうしても自分が勇者召喚の当事者ということもあって、二度と召喚の被害者を出したくないという思いが先行してしまいますが……肝に銘じておきます――」
人間と魔族双方の被害を最小に抑えつつ、争いの原因を取り除きクロノスを破壊する――とんでもない程の難題だな……
「――さて、アタシたちは奇しくもユウちゃんを中心にこの世界の真実の一端を共有した仲だ! それぞれの魔道具の所在も勿論だけど、それがもたらした“歪み”についても今後調べる必要がある。今後はこの5人で協力してユウちゃんをサポートしていこうじゃないか!」
メリカさんの言葉に全員が力強く頷く。
色々な事実が次々と発覚して心が不安に飲まれそうになっていたが、この5人に相談してよかったと心から思うのであった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
会議後、誰もいなくなった円卓でアイラと休憩していると、アイラが少し言いづらそうに話し始める。
「なあユウガ、勇者召喚のこと……本当は迷っているみたいだな」
どうやら感情を読んだアイラが俺の“葛藤”を見抜いていたようだ。
「やっぱりアイラにはバレてたか……クロノスが勇者召喚だと気づいてから、俺はそれを破壊をしようと決意したんだ。復讐のためではなく、二度と被害者を出さないためにと自分に言い聞かせて……
頭では分かっているが、俺の中ではどうしてもあの国に対しての不信感が――いや、アイラの前で誤魔化しても仕方ないが、どうしようもない“怒り”がくすぶっている。あの怒りがあったからこそ、大迷宮から脱出することができたんだ……!」
「――ユウガの思いは苦しいほど伝わっているよ。私と初めて会ったあの晩、ユウガはアレナリア国王に対する怒りを話してくれた。あの時は強い恨みや憎しみ……復讐の感情が渦巻いていたのをよく覚えている。
あれから季節は巡って……ユウガは復讐にとらわれない生き方をずっと模索していたように思う。――その中で折り合いをつけたのが、勇者召喚をこの世から消すことだったんだろう?」
「ああ……でも今日みんなの話を聞いて、勇者召喚の仕組みをなくすというその道も困難だと気づいた。色んな要素が複雑に絡み合っていて、安易な破壊はこの世界のためにならないという事実に動揺してしまった。
復讐をあきらめ、怒りさえ押し殺してしまったら……俺は――」
俺の感情の高ぶりを察知してか、アイラはそっと距離を縮めて優しく抱きしめる。
「すぐに答えを出さなくていいさ。まだこちらの世界に来てから日が浅いのだから、また少しずつ折り合いを付けていこう――」
この感情は……恐らく完全に消えることはないだろう。今はただ、怒りのやり場がなくなってしまうことが怖い――
「アイラの言う通りだな。何でもすぐに結論を出そうとするのは俺の悪い癖だった……」
「ルイーナも言っていただろう? 結論を急ぐ男はモテないらしいぞ?」
アイラは背中に回していた腕をほどき、ニヤつきながら肘で脇を突いてくる。
「べ、別にモテなくてもいいさ! 俺にはアイラがいるんだから……!
――まったく、我ながらこっ恥ずかしいセリフだよ」
「ふふふ……少しは元気が出たようだな! さあ、上に戻って少し外の空気でも吸いに行こうか」
――もし、この世界がどうでもよいものだったら、こんなに悩むことはなかっただろう。きっとこの世界が好きだからこそ、俺は葛藤しているんだ。
漫画やゲームの世界ではない……自分やアイラが生きるこの地だからこそ、感情に任せて行動することはできない。
アイラと共に……ゆっくりと気持ちに整理を付けていくとしよう。
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