第94話 黒龍の刃①

円卓会議から10日ほどが経ち、ルイーナさんの店に師匠たちがやってきた。


「いや~、やっぱりルスキニアの温泉は最高だねえ!これでまた10年は若返ったってもんさ!」


「いやいや、大して変わっとらんだろう……あのままダルクに帰るのが勿体ないからって10日も観光するとは思わなんだ」


心なしか色艶のいいメリカさんに比べて、少し疲れた様子のルシルバさん。

パワフルなメリカさんに連れまわされる様子が想像できてしまい、思わず笑みがこぼれる。


「楽しんで来られたようで良かったです……! あ、そうだ!ダルクに戻る前に、折角なのでお二人に渡したいものがあるんです!」


そう言って収納バッグから1本のワインを取り出す。

差し出されたワインを見て大きな声を上げたのは、意外にも普段あまりお酒を飲まないルシルバさんの方だった。


「ぬおお!? ――まさか、まさかこれは……紅龍の雫じゃないか!!!」


「ちょっと何だい爺さん、いきなり大声なんか出して! いい年こいて興奮してるんじゃないよ!」


「何だ婆さん、この幻の銘酒を知らんのか!? これはルスキニアの侯爵家御用達の究極のワインだ!――婿どの!これをワシにくれるというのか?」


「もちろんです。今回の報酬でキールさんから貰ったものですが、アイラとも話してお二人にプレゼントしようということになったんです。どうぞ遠慮なく持って行って下さい!」


「ああ、長生きしてみるもんだ……婆さんと二人でありがたく飲ませてもらうとしよう」


「ぜひ感想を教えてください!――こちらも状況が変わったら都度連絡しますね」


「うむ!婿どのも無理せず鍛錬に励むんだぞ!」


「アイラは砂糖菓子ばかり食べてないで、もっと体を絞るんだよ! 古龍に赤龍王……次は何が来るか分からないからねえ!」


「なっ!何で師匠がそんなことを知って……!私だってユウガと訓練しているから、そんなに緩んでないはず……」


図星をつかれて動揺するアイラをよそに、ブランカ村へ通じる魔法陣を起動するメリカさん。


「あ、そうそう!来月は四王会議でダルクに“お偉いさん”が沢山来るから、冒険者も警備で忙しくなるよ! アンタたちにも手伝ってもらうから、その時になったら家へ来るんだよ!」


その言葉と共に光の中へ姿を消すベルベット夫妻。

――二人を見送った後の地下室には静寂が訪れる。



「何だか一気に静かになったなあ」


「ルイーナもブランカ村の方にいるしな……とりあえずこれで目先の予定はなくなったが、ユウガはこの後どうするんだ?」



「そろそろ王都ラートソルへ行って、黒龍装備の引き取りに行こうと思ってるんだけど……どうかな」


「そうか!そういえば、ひと月位で出来上がると言っていたな!早速行こうじゃないか!」



アイラに急かされながら、転移の宝玉を取り出して魔力を込める。

内臓が持ち上がるような感覚を我慢して視界を覆う青白い光が収まると、例の石造りの部屋が目に入る。



「大陸の西から東までひとっ飛びか……相変わらず便利な魔道具だ! さあユウガ、このままロドス工房へ向かおう」




王都の片隅に立地するロドス工房は、今日も年季の入った佇まいでそこにあった。

店内に入り、いつも通り店番の老人に声を掛けると、眠っていたところを起こされて一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに興奮した様子で口を開く。


「おお、よく来たな!つい数日前に鍛え終わったところなんじゃ!――ちょっと待っとってくれ」


老人は素早く店のカギを閉め、工房の奥へ走っていく。

しばらく待っていると、老人とその息子とみられる屈強な体格をしたドワーフの男がやってきた。



「待たせたのう!これが黒龍の爪と牙を使って作られたナイフじゃ!」


カウンターに置かれたナイフを見た瞬間、俺とアイラは二人で息を飲む――


ブレード部分はまるで光を吸い込むかのような深い漆黒をしており、

角度を変えると波のようにうねる刃文はもんがエッジに沿って怪しく浮かび上がった。


柄を握ると、まるで吸い付くように手にフィットするではないか。

――じわじわと浸み込むように、魔力や生命力がナイフに流れていくのを感じる。


「これが力を吸われる感覚か――」



「気に入ってもらえたか? 性能については俺から説明しよう」


そう言って屈強なドワーフの男は、ゴワゴワのひげに覆われたアゴを撫で付けながら話し出す。


「言い忘れたが、俺はジーメルだ。久々に骨のある仕事をさせてもらって感謝している。――さっき親父から説明があったが、このブレードは黒龍の爪と牙を混ぜて作ってあるんだ」



「“混ぜて”ですか? あの硬い爪と牙を混ぜることができるんですか……!?」


「それがロクステラ王国の鍛冶師に伝わる秘伝の《金属魔法》の力だ。金属を加工するだけではなく、非金属を金属へ変換することが金属魔法の神髄なんだぜ!」


「これ!バカ息子、それは他言してはならぬと言ったではないか!だからいつまでもお前に客の応対をさせられんのじゃ」



非金属を金属に変えるって……まるで錬金術じゃないか!

ものすごく制作風景を見学してみたいが、さすがに難しいだろうな……


「えーと、とりあえず今のは聞かなかったことにしておきますね」


「へへ、話が分かる男で助かったぜ!――まあそれで話の続きだが、そのブレードにはかなり強い“個性”が宿っていることが分かった」



「前にそちらのお父さんから聞きましたが、龍族の素材を使って作られた装備は生命力や魔力を吸うという話ですか……?」


「そうだ……今回作ったナイフは、恐らく元になった黒龍が相当上位の個体だったんだろう。生命力や魔力に自信がある俺ですら一時間も握っていれば“ヘトヘト”だった。戦闘ともなれば尚更消耗は激しくなるだろう」



さすが黒龍……話しぶりからして龍王は別にいたようだが、今思えば始祖の言葉を知っていたり、放つプレッシャーは赤龍王にも引けを取らないものだった。


割れた鱗をナイフに、牙と爪を水筒にして必死に駆けずり回っていた時以来、今再び黒龍の一部を手に冒険ができるのは何とも感慨深いな……



「――確かにどんどん力が吸われていきますね……ただ、それに比例してナイフの持つ力強さが増していく気がします。――少し強めに魔力を込めてもいいですか?」


「ああ、是非やってくれ!魔力を込めて壊れるほどヤワな鍛え方はしていないが、実践に近い形で試してみるといい」


その言葉に軽く頷き、柄を握る力を強め魔力をどんどん流し込んでいく――


魔力を込める端からナイフに取り込まれていくため、いつも同じ量の魔力では刃を作ることができないようだ……


「やはり簡単には魔力の刃が作れないみたいです……! 込める魔力の量を増やしながら調整してみます」


足りなくなれば刻印で補充すればいい――

開き直って思いきり魔力を込めていくと、およそ最大魔力の半分注いだところでナイフに変化が起きる。


「おお、何じゃこれは……!」



老人が目を丸くして驚くのも無理はない――

先ほどまで漆黒の輝きを放っていたブレード部分が、深く濃い紫色に変化したのだ。


「――あれ、今度は魔力の刃を問題なく作れますね。魔力の吸収も止まったようです……」


先程と打って変わって込めた魔力がスムーズにナイフに流れ、いつも通りに……いや、いつも以上に研磨された魔力の刃を構築することができた。



「おお!もしや……“手なずけた”のか! まさか龍の装備を手なずける者がいようとは……!」


老人が驚愕した表情でこちらを見ている。


「待ってくれ親父! この手の装備は決して手なずけることはできないと教えてくれたのは親父じゃないか」


「確かにそう教えた。ワシも先代にそう教わった……じゃが現実にできておるのだから仕方あるまい!」


「あ、あの……“手なずける”というのはどういう状態のことを言うんですか?」


「おお、すまんな。前にも言った通り、高位の魔物を素材にして作った装備は“じゃじゃ馬”が多い。“手なずける”というのは物の例えで、デメリットを飛び越えて素材本来の力――その魔物の力を引き出した状態のことを言うんじゃよ」


「魔物の力……黒龍といえば時空間魔法を得意とする種族だな。この紫の光を見ても、まず時空間属性の力を帯びていると見て間違いないだろう」


アイラは紫色の鈍い光を怪しく放つナイフを眺めながらつぶやく。


「ある程度魔力を吸わせると馴染んで本来の力を出せるようになるのか……魔力量が多くて、時空間属性の適性がある俺にピッタリの武器ってわけだな!」


元々俺自身が黒龍の血肉を取り込んでいるからこそ成せるわざなのだろう。


――以前は何となく、俺自身の魔力や生命力が底上げされているのだと思っていた。

だが、赤龍王が俺に黒龍の匂いを感じると言った時、その言葉で自分の中に黒龍が息づいていることに気付かされたのだ。



「いやはや、おぬしには驚かされっぱなしじゃわい!」


「――本当にいいもの見せてもらった! 鍛えた俺すら知らなかった新たな可能性を教えてくれたこと……感謝する! 礼と言っちゃなんだが、料金は多少負けといてやるぜ!」



ジーメルさんに料金の金貨6枚を支払い、ロドス工房を後にする。


「素材は持ち込みだったとはいえ、金貨6枚か……! 絶対に“多少”ってレベルじゃない値引きだよなあ」


「そうだな、いい店を教えてもらったディーゼルに感謝しないといけないなユウガ」


「うーん……情報収集も兼ねて、戻る前に一応ギルドに顔でも出してみるか!」


そう言って冒険者ギルドがあるラートソルの中心街へ向かうのであった。

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