第89.5話 勇者一行⑦

―アレナリア城 食堂―



「――ねえ、竜胆……信征さんと幸司さんは? 今日はオフだから二人に稽古つけてもらおうと思ったんだけど」


「あれ?真にしては珍しくやる気じゃない。二人ならさっき〈勇者の祭壇〉へ出かけたわよ」


「祭壇?――ああ、地下の方か……丁度いいや、あそこなら思いきり動けるし、僕も行ってくるよ!」


「やる気が出てきたのはいいけど、あまり無理しないでよね? 昨日東部の戦線から帰って来たばかりなんだから……」


「分かってるって! それでも男にはやらなきゃならない時があるんだよ!――じゃあ行ってくる」


「何それ、意味わかんない!――まあ気を付けてね」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


アレナリア王国の王都フロレアには、〈勇者の祭壇〉という大きな石造りの祭壇があり、国内外から多くの観光客が訪れるシンボルとなっている。


かつては実際に勇者召喚の儀が行われていたらしいが、今は現国王の提案で観光資源として活用されているのだ。

では、俺たちが実際に召喚されたのはどこかと言えば、それは勇者の祭壇の地下――今俺たちがいるこの地下にある魔法空間である。



「かぁ~!マジかよ! 時空間魔法以外で俺の全力シールドを割られるとは!――やっぱ《聖属性魔法》は半端ないなー!」


幸司は舌を巻いた様子で頭を掻く。


「幸司のお陰で、実戦レベルまで使いこなせるようになってきたな!――とは言え、発動までの時間を考えるとまだまだ一対一での戦闘では厳しそうだが……」


「いやー、十分だろ。少し距離をとってから撃てば、相手は思い切って距離を詰めるか、魔法を避けるために更に距離をとるかの選択を迫られるだろ? 近づけば聖剣の餌食、離れても今の不可避に近い速度で魔法が飛んでくる――俺が魔族じゃなくて本当に良かったわ……」


「まあ、確かにやられる方はたまったもんじゃないだろうな。問題は、魔王にこの攻撃が通じるか、だ……」


「この前戦った魔族の副軍団長って奴は強かったな……結局取り逃がしたが、魔力量が俺たちに匹敵するくらいあった。その副軍団長の上に軍団長と魔元帥、更に頂点にいるのが魔王……どんだけ強いか見当もつかんなあ」


「だからこそ、圧倒的な力を付けないといけないんだ。魔王と互角ではこの争いは終わらない……今の状況で満足なんてしていられない」


「――信征、気持ちは分かるが、最近少し気負い過ぎだぞ。確かに俺たちは人並外れた力を持っているかも知れないが、正直なところ何千年も続く争いに終止符を打てるほどじゃない…… この国を滅びから遠ざけて、“均衡”をもたらすのが精々ってとこだろう」



幸司のいう事は正しい。

だが、俺はこの殺し殺される負の連鎖にうんざりしているんだ……

俺たちがもう元の世界に帰れないとすれば、10年……20年……いつまでこんな不毛な争いを続ければいいんだ?


敵の大将を――魔王を討てば、この争いが止まるのではないか。

そんな根拠のない思いが頭の中に浮かんでくる度に、今のままではいけない、もっと強くならなければいけないという焦りが募ってくる……


「――なあ幸司、俺は……王の命令なんか無視して、ある程度強くなった段階で悠賀を探しに大迷宮に行った方がよかったのかなあ。コーエンの杖を借りるなり奪うなりしてさ……」


「……それも一つの正解だったのかもな。だが、今の俺たちはもう“個人的”な理由で出歩ける存在じゃあなくなったんだぜ? この世界のことを知れば知るほど、あの大迷宮の異質さが理解できてきた。黒龍族がうろつく世界で最も危険な区域だ……」


幸司は少しためらうように間をおいてから話を続ける。


「アイツには心から生きていて欲しいと思う。だけど頭の中ではアイツの生存は絶望的だと理解してしまってるんだ。この世界に来て間もない頃ならともかく、今この段階で俺たちにできるのは、アレナリアで悠賀の帰りを待つことだけだ。――万に一つ生きていたなら、アイツは必ずこの国に戻って来るはずだろ?」


「――そう……だな。合理的な答え過ぎて返す言葉もない。――ふっ、何でそれだけ冷静な思考ができるのに就活失敗したんだよ」


「うっせえよ、俺は緊張に弱いんだ。お前や悠賀みたいに本番に強いタイプが羨ましいぜ」


「ははは、俺だって結構本番でやらかしてるんだぞ?周りにフォローしてもらって何とかやってるだけさ」


「――よし、やっと笑ったな! 今お前が言ったように、お前は一人じゃない。全員で補い合いながらこの状況を耐えていけば、きっとどこかで光明が見えてくるはずさ」


そこへ部屋の外から声が聞こえてくる。


「――でもさあ、こんな耐えるだけの生活をいつまでも続けてたら、僕たちだっていつか壊れちゃうよ? これからもこの世界で暮らすなら、一秒でも早く魔族との争いを止める必要があると思うけど」


「真――お前なあ、せっかく俺がうまいこと話をまとめたんだから、いきなり現れて水を差すような事を言うなっての!」


「真は今日オフなんだろう? こんな所までどうしたんだ?」


「ふたりに稽古を付けてほしいと思って……僕は4人の中で一番弱い。もっと強くなって守れるようになりたいんだ!」


「――愛しの竜胆を、か?」


「こ、幸司さん!茶化さないでください! 僕だってこの国が好きなんだ。本気でこの世界で生きていきたいと思ってる……だからもっと強くなりたいんだ!」


「今でも十分強いが……お前も俺と同じだな、圧倒的な強さが欲しいんだろ? お前の《竜化》魔法にはまだまだ伸びしろがある。それこそ龍族に匹敵するほどの力が――」


「おいおい、まさか禁術に手を出す気じゃないだろうな? 信征はこの前会った白金級冒険者の竜騎士を見てそう思ったんだろうが、あれは命を削って莫大な力を引き出す類のものだ。王からもあれは真似するなと言われているだろ?」


「使わないよあんな技……ゲームや漫画じゃあるまいし、そんな危険なもの僕が使うわけないじゃないですか。《竜化》といっても所詮魔法だから、魔力量が大事なんです。魔力強化スキルを持っていない僕は火力と持久力不足が否めなかった……だからそこを強化するんです」


「ならいいんだ。確かにいつも俺が《魔力増強マジック・ブースト》を掛けられるわけじゃないからなあ。――ただ、真はスキル構成を見ても本来はその魔眼を活かした諜報と、竜化による敵地のかく乱が本領だと思うんだ。あまり無茶はするなよ」


「分かってます。でも今は諜報と攪乱を活かせる状況にないので、火力が欲しいんです。どうか二人とも協力してください!」


「もちろんだ!幸司に言われた通り、皆で強くなって協力してこの負の連鎖に終止符を打とう! ――多少の欠損なら俺の《再生魔法》ですぐ元通りだから、遠慮なくどんどん撃ち込んで来い!」


「おい!そりゃシャレになってないぞ信征! 無茶してると思ったらすぐに止めるからな?」

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