第90話 始祖が残したもの
「――貴様、その言葉の意味を分かって言っているのだろうな? 我らが龍族の原点にして頂点に君臨するアーカーシャ様を人間呼ばわりすることの意味が……!」
龍王の雰囲気が急変し、燃えるような赤髪が天を突くほどに逆立っていく。
「――あなたが人間に変身した時……違和感を覚えました」
今にも八つ裂きにされそうな鋭い気迫に押されつつも、何とか言葉を絞り出す。
「大きさを変えるだけなら、わざわざその身を脆弱な人間などに変える必要はないはず……それでも敢えて人の形をとったのは、その姿が龍族として“特別な意味”を持つからではないのですか?」
龍王の鋭い視線はこちらを凝視したまま全く逸れることがない。
一切の音がなくなり、凍り付いたかのように静止した空間の中、口火を切ったのは龍王だった。
「――――なるほど、少しは頭が回るようだな」
少し声のトーンを落とした龍王は、ほとばしる圧力が少し和らぎ殺気が緩くなっていく。
「なぜ始祖が人の身でありながら、この光に耐えられたのかと聞いたな……残念だが我も
そう言って龍王はこちらに右手を伸ばし、そっと俺の額に触れる。
すると指が触れた部分から声が……記憶が流れ込んで来るのを感じた――
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この地へ踏み入りし者に告ぐ。
これから話す言葉は、龍王を伴いこの地を訪れた者だけに伝えるものである。
この世界は――
世界の
原初の光に宿る“力”はこの世の全ての存在に宿る力であり、万物は場所や時間を問わず常にこの始まりの地と繋がっている。
多くの生物は原初の力を知覚できずそれを受容することしかできないが、不思議な事に――稀にこの繋がりが飛び抜けて強い存在が生まれることがある。
そうした存在はその身体に刻印を宿し、原初の力を知覚することができる。
更にはその強い結びつきを辿って始まりの地へ踏み入ることさえできるのだ。
すでに知っているだろうが、光に触れれば多くの存在情報を紐解くことができる。
原初の力を宿した存在であれば、その“生い立ち”を辿ることも可能だ。
――受容した光は多くの力をもたらすだろう。
ただ、我々はあくまで原初の力を知覚することができるようになったに過ぎず、力を操ったり改変するような“干渉行為”はできないということを肝に銘じておかねばならない。
なぜなら過ぎた力は自身を歪め、やがて世界を歪めることになるからだ。
丁度、今この時のように……
――この大陸は高度に発展した文明が隆盛を極めている。
文明の頂点に立つ王もまた、始まりの地へ踏み入りし者であることが分かっている。
原初の力を読み解き、その知識を元に数千年の時間を掛けて数々の魔道具を生み出していった……それによって人々の暮らしは豊かになり、皆日々発達する技術を喜んで享受している。
――世界に“歪み”が生じていることも知らずにな……
その歪みの終着点として……
今、私が知る限り“3つの禁忌”と言うべき魔道具が存在している。
無限の魔力を宿し、生命循環の理を捻じ曲げる力を持つ〈ウロボロス〉
尽きる事のない生命力の源泉であり、手にした者に進化と永遠の命をもたらす〈タイタン〉
本来交わることのない空間と時間を繋げ、異世界より生命を呼び寄せる〈クロノス〉
――これら3つの禁忌はいずれも世界に歪みをもたらし、破滅を招く危険性を孕んでいる。
私は自身に宿った刻印の力を使って、文明が作り出した世界の歪みを正したかった。
――しかし、私の力では文明の暴走を正すことはおろか……3つの魔道具のただ一つすら壊すことができなかったのだ。
それでも……私にできるせめてもの行いとして
悠久の時間を生き、知識の継承をすることができる生命体――
6体の“龍”を生み出し、大陸の守護者として秩序の維持を命じたのだ。
何も成し遂げることができず、後世に託すことしかできない私を許して欲しい。
いつか……再び私と同じ力を持った者が現れ、歪みを正してくれることを切に願い……この言葉を残す。
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「――我ら龍王が始祖より受け継いだ記憶はこれが全てだ。これを聞いてどうするかはお主次第だ」
伝言と聞いて、てっきり龍王の口から言伝があるのかと思っていたが、
まさかの伝心魔法と同じように始祖アーカーシャの“声”をそのまま届けるものだった。
声を聴く限り男性か女性かも判別できないような不思議な声だったが、新たな事実をいくつも教えてくれた。
古代文明の女王ジャンヌに次ぐ第二の刻印保持者の存在と、龍族の起源……
そして、3つの禁忌と表現される魔道具の存在――
ウロボロスという単語は、以前ブルーローズの記憶を読んだ時に聞いたことがある……
確かあの時点では研究段階であり、人を魔物に変えるという恐ろしい力を持っているという話だったが、どうやらそれだけでは収まらない力を持った禁忌の魔道具だったようだ。
そう考えると
この声の主が龍を生み出してあのメッセージを残したのは、アドリアーノさんが生きた時代より更に後……少なくとも古代文明ができてから数千年経った頃のことだろう。
この後どの位経った後かは分からないが、古代文明は“消失”している。
もしかしたら3つの魔道具の内のいくつかは古代文明と共に跡形もなく消滅している可能性もあるはずだ。
ただ……一つだけ気になる点がある。
――クロノスと呼ばれる魔道具の存在だ。
この魔道具のくだりを聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは勇者召喚だった。
もしこの魔道具を使って勇者召喚を行っているのだとすれば、少なくとも一つは禁忌の魔道具が現存していることになる。
声の主は魔道具の破壊と歪みの是正を試みたが失敗したと言っていた。
そしてそれを同じ力を持った俺に託したいとも――
俺は、どうすればいい……?
一体、どうすべきなんだ……?
いや、そうじゃない――
俺がどうしたいのか……だ。
俺は、アイラにここからならアレナリアへ行くことができると言われた時、今の自分が何を望んでいるのかわからなくなった。
かつて理不尽に大迷宮へ送られ、死と隣り合わせの環境でもがき苦しんでいた時には、勇者召喚に関わった全ての者へのどうしようもない怒りと復讐心が俺を動かす原動力になっていたことは間違いない。
ただ、俺はもう出会ってしまった。
気付いてしまった。
この世界で過ごす時間が、経験する全ての事が――
心に“ともしび”を灯してくれる。
そう考えると、不思議と頭の中がスーッとクリアになっていくような気がした。
――復讐はしない。
だが、もう二度と異世界召喚による悲劇が繰り返されないように、この仕組みは無くさなければならない。
怒りや憎しみをぶつけるためではなく、歪みを正すために刻印の力を使おう――
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