第91話 嵐の後

「随分と長く考え込んでいたようだが――結論は出たのか?」



ふいに耳に入ったその声で我に返る。


しまった……思索に耽りすぎて龍王を待たせていたことを忘れていた。俺が帰らないと龍王も帰れないんだった……!



「す……すみません、内容が内容だったので考え込んでしまいました――」


「質問の答えになっていないぞ、これからどうするつもりだと聞いている」



「当面は……在処が分かっているクロノスの破壊を目指していきたいと思います。

もちろん国が保管しているアーティファクトですから一筋縄ではいかないでしょうが……」


それを聞いた龍王はほんの少し笑みを浮かべる。


「――そうか、アーカーシャ様の意思を継いでくれるのだな……龍族を代表して礼を言わせてもらうぞ」


そう言って頭を下げる龍王。

まさかの光景に思わずこちらまで頭を下げてしまうが、龍王がすぐに頭を上げたため俺だけお辞儀している格好になってしまった。


「フハハハ!なぜお主が頭を下げておるのだ! 何か頼み事があるなら聞いてやらんこともないが、取り急ぎの用は済んだのだ、まずは元の場所に戻してもらおうか」



その言葉に、慌てて刻印を起動して元の場所への道を繋ぐ。


――暗闇を抜けて目を開けると、アイラが横たわる俺を支えてくれていた。俺がうっかり立ったままアーカーシャへ向かってしまったため、倒れてしまっていたようだ……



「ユウガ! 戻ってきたようだな……!」


「ごめんな、今度から座って刻印を起動するようにするよ」


「ふふ、あの状況で座れるのか? 気にしなくていいさ。――それにしても随分長く掛かったから心配したぞ。無事に済んだのか?」



「ああ、龍の始祖からの伝言のお陰で色々と分かってきたよ。――余計に謎が深まったともいえるけど……」


「ふっ、それはまあ、いつものことじゃないか。――後で色々と聞かせてくれ」



アイラが龍王の方向をチラッと見たため俺もつられてその方向を見ると、窮屈そうに首をバキバキと鳴らしながら龍王が立ち上がる所だった。


「ふむ、この姿はどうも肩が凝るな。お主ら少し離れていろ」


下敷きになっては堪らないため、アイラとキールさんを促して急いで距離をとると、まばゆい閃光と共に元の巨大な龍の姿に戻っていた。



[ さて、お主らの疑いが晴れた以上、もうここに用はない――我はこれで戻るとしよう ]


龍王は翼を大きく広げ、飛翔の体制に入る――が、何かを思い出したかのようにこちらへ視線を送る。


[ ――とはいえ、お主等にあらぬ疑いを掛けたのは事実だ。その詫びと言ってはなんだが、今年の龍饗祭りゅうきょうさいに招いてやろう。シルトの小僧には我から話を通しておく故、いずれ沙汰があるだろう……では、さらばだ! ]


その言葉と共に爆風が湧きおこり、龍王はあっという間に飛び去って行った。


風が落ち着いてくると共に一気に緊張感が緩み、思わず3人とも地面にへたり込んでしまう。


「やれやれ……やはりユウガは“持っている”らしいな。ルイーナの言う“万に一つ”を引き当てる位はあってもおかしくはないと思っていたが、よりによって龍王とはな……」


「俺のせいなのか!? 普段誰も近づかない所で土を掘っている怪しい人間がいたから飛んできたんであって、断じて俺のせいじゃないぞ!……多分」


「はっはっは、そういう意味でいうと私のせいだなあ!腰は抜けてしまったが、龍王に会えるなんて貴重な経験をさせてもらったよ!――しかも龍饗祭にまで呼ばれるなんて……!」


「えーと、龍饗祭というのは何ですか?」


「毎年ルスキニアの独立記念日にアノウス火山で催される行事で、赤龍王に供物を捧げて守護龍契約を更新する儀式だと言われている。――侯爵家だけで行っている儀式だから一般人が参加するなんて聞いたことがないがね」


「またあの龍王に会わなければならないということか。ふふ、全く……命がいくつあっても足りないな」


「お詫びで招かれるわけだし、さすがに大丈夫だと信じたいな……また連絡が来るみたいだからその時になったら考えよう」


「そうだな、今から悩んでも仕方ない……とりあえず今日はもう“お腹いっぱい”だ」



「――そういえば、あの時龍王は“帝国の愚行”と言っていましたが、過去に何があったんですか?」


「ああ、それは恐らく600年前にルスキニアが独立するきっかけとなった事件のことを言っていたんだろう」


「事件……ですか?」


「ああ、昔ガイエルに聞いたんだが、かつて帝国は強力な毒を用いて多くの赤龍たちの命を脅かしたことがあるらしいんだ。これに怒り、帝国の危険性を懸念した龍王はシルト家と手を組んで帝国を攻め立て、ついに独立を勝ち取ったらしい」



「なるほど、そんなことがあったんですね……だから龍王自ら“お出まし”になったと」



「赤龍王が現れたことにも驚いたが、それよりも――」


キールさんはこちらに向き直り、真剣な表情をしながら口を開く。


「ユウガ君が龍王に説明した事の方が私にとっては衝撃だった。成り行きで聞いてしまったとはいえ、申し訳ないと思っている……」


「とんでもない!俺が勝手に話したことですから……キールさんであればいずれ話していたような気がしますが、今日ここで聞いたことは他言無用でお願いします」


「ふ、信用してくれて感謝する。私も大概な“秘密持ち”だと思っていたが、上には上がいるものだ。ハッハッハ!」



「そんな分野で競争しないでくれ……秘密が増える度に一緒にいる私はいつもヒヤヒヤしているんだぞ? まあ、どうせまた人に言えない秘密を龍王から聞いたのだろうが……」


大げさに両手を肩のあたりまで上げてあきれた様子をするアイラ。


「お、俺だって望んで秘密を抱え込んでるわけじゃないんだぞ? 芋づる式に秘密が秘密を呼ぶというか、何というか……」



「ふふ……全く、一緒にいて飽きることはないな。ちなみに今回の秘密は私たちに話してもいい内容なのか?」



「そうだな……本当は話すべきではないかもしれないけど、俺は話しておきたいと思ってる。――ただ、少し疲れたな……今日は温泉に寄って、ゆっくり自分の頭の中を整理してから話すようにするよ。内容的にルイーナさんの見解も聞きたいし、ナイトガルに戻ってから話すのがベストかな」



「分かった。――では早めにここを出発するとしようか」


「それならいい温泉を知ってるから、そこに寄ろう。少し急げば日が暮れる前には着くはずだ!」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


約4時間ほど歩き、目的の温泉に到着する。


「さあ、到着だ!ここは無料で開放されているにも関わらず、この立地のせいで冒険者すらほとんど来ない秘湯中の秘湯なんだ。――周囲より標高が高いから、温泉から見降ろす景色は抜群だよ!」


キールさんが指し示す方向を見ると、岩だらけの殺風景な風景の中にポツンと木材で囲われた一角がある。


――が、何だか様子が変だな……

目でははっきりと高さ3m位の柵が見えているのに、存在感知には何も映っていないのだ。


怪訝な顔をしていると、キールさんが感心したように声をかけてくる。


「違和感に気付くとはさすがだね……察しの通りあの柵は実在しない。周囲に隠蔽魔法が掛かっていて、外から見るとまるで柵で囲まれている様に見えるんだ。――ちなみに温泉は2つあって男女で分かれているが、これも隠蔽魔法でお互いに視認できないだけで実際は仕切りすらないから注意してくれ!」


キールさんはこちらを見て軽く親指を立てる。


――それは何の指だ、何の……!


「ゴホン、だそうだアイラ……気を付けておいてくれ」


「ふ、ご忠告どうも。もし誰かが乱入してこようものならその時は……」


アイラはそう言って黒い笑みを浮かべながら魔力弓を構えるふりをする。


本当にやりかねないような迫力だ……!

アイラと最初に出会った時、洞窟で両目を射抜かれなかったのは運がよかっただけかもしれないな……


少し背筋が冷たくなるような感覚を覚えつつ、温泉へ向かうのだった。



温泉に着き、早速着替えて外へ出ると、湯気に包まれた広々とした温泉が目に入る。

外から見るとぐるりと温泉を囲むように柵があるように見えたが、内側から見ると隣の女湯との仕切り以外は全く遮るものがない360度のパノラマが広がっていた。


「どうだい、中々の絶景だろう?」


「ええ……!下に広がる平原が一望できて凄い解放感ですね!」



冬も終わりに近づき段々と過ごしやすくなってきたが、まだ風はひんやりと冷たく、

立ち上る温かな湯気が体に触れると少しくすぐったいような感覚がする。


お湯は白く濁ったタイプだが、硫黄の匂いはしない。

――アノウス火山の影響だろうか、微弱な魔力を宿しているようだった。


体を流し、念願の温泉に肩まで浸かる――



「――っはぁ~……! 最高だあ!」


少し熱めのお湯が疲れた体に染み入るようだ……!

夕方になって徐々に日が傾いていくにつれ、眼下の平原が徐々に黄金に染まっていくこの絶景を独り占めしながらのんびりと温泉に浸かる贅沢。


思わず極楽、極楽などとお決まりのセリフを言ってしまいそうになる……


「喜んでもらえたようで良かった。やはりルスキニアに来たなら名物の温泉に入らないと!」


「こっちの世界に来てから、ずっと温泉に入りたかったんです……!いい温泉を紹介してもらって感謝しますよキールさん」


「ルスキニアには色々なタイプの温泉があるから、是非温泉巡りをしてみるといい!――アイラ君の方は湯加減はどうだい?」


「ああ、丁度いい湯加減だ……! 温泉に魔力が溶け込んでいるのか、魔力の回復速度が心なしか早くなっている気がする」


姿は見えないが、存在感知によるとアイラは数メートル離れたすぐ向こうにいるようだ。

さっきの温泉に浸かった時の情けない声を聞かれていたかと思うと若干恥ずかしいな……


詳細感知に切り替えてみようか――いや、駄目だ駄目だ!

そんな葛藤に耐えながら、気を逸らすために美しい景色に集中する。



「――キールさん、ブドウって温泉水でも育つんですかね?」


ふと湧いてきた他愛ない疑問をキールさんにぶつけると、キールさんはしばし固まった後、何かに気付いたように立ち上がる。


「そうか!その手があったか! 確かに今まで土の方にばかり気を取られていたが、水にも工夫する余地があるじゃないか……! ユウガ君ありがとう、そのアイデアも試してみるよ!」


「アノウス火山の土に温泉水……まさにルスキニアの土地を凝縮したワインになるというわけか! ますます完成が楽しみだ」


隣で聞いていたアイラも若干興奮気味に賛同する。

ただの思い付きだったが、キールさんもアイラも思いのほか好感触だったようだ。


これから様々な試行錯誤が始まるんだろうな……

キールさんが納得のいく一本を作るまでどれくらいかかるか想像もできないが、俺も楽しみにその完成を待つとしよう。


暮れなずむ平原を眺めながら、ゆっくりと一日の疲れを癒す一行であった。

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