第88話 アノウス火山
麓にある観光用の礼拝堂へ辿り着いてから、岩だらけの山肌を歩くこと1日――
一行はやっとのことでアノウス新山へ辿り着く。
奥に見えるアノウス火山の本体に比べれば大分規模は小さいとはいえ、直径数キロにわたって地面が隆起しており、中央部が崩落した典型的な“カルデラ”の地形を形成していた。
「これが600年前に起きた大噴火の跡か……私も初めて見るが、壮観じゃないか!」
キールさんは登山の疲れも見せず、興奮した様子で火口を眺める。
「ええ、火口湖から立ち昇る大量の蒸気も相まって、近くで見ると圧巻の景色ですね……!」
「湖への斜面沿いに見えるあの赤い部分が例の
「――ああ、あの色は間違いない、緋陽土だ! 早速採集に向かおう」
慎重に斜面を下りていくと、そこは一面赤い土に覆われていた。
太陽の光に照らされて少し黄色みが足された土は、より鮮やかさが際立っているように見える。
「じゃあ始めますか……収納バッグとスコップはルイーナさんが用意してくれたものを使いましょう! 周辺の索敵は俺がやるので二人は周りを気にせずガンガン掘り進めてください」
そう言って土嚢袋とスコップを収納バッグから取り出し、3人で地道に土木作業を開始する。
「――ところで、私たちは一体どのくらい袋詰めすればいいんだ?」
「そうだな、今交渉をしている畑の土に配合するとすれば……大体300袋ってところかな。かなりの重労働になるが宜しく頼むよ!」
「な、中々の多さだな……! 恐らく今日は泊まりになるから、暗くなる前に切り上げよう」
――黙々と土を掘っては袋に詰める作業をこなすこと約4時間、何とか日が暮れる前に目標の半分ほどの袋詰めを完了する。
途中何度かフレイムリザードが襲ってくる場面があったが、火を吹くようになった以外は前に倒したアースリザードと同じくらいの強さだったため、特に問題なく対処できた。
――その日の夜
3人でたき火を囲んで食事をとっていると、冷たい風が吹き抜ける。
「もうすぐ3月とは言え、夜の山は冷えるな……あの火口にある湖は温泉として使えないかな?」
「ふふ、私も一瞬同じことを思ったが、湖の色や立ち昇ってくるにおいから判断すれば入浴には適さないだろうな……」
「確かに肉体労働した後だから、体を拭くだけじゃ物足りない気がするね……折角だから帰りはどこかの温泉に寄って行こうじゃないか!」
「いいですね! 是非行きましょう!」
「ユウガは以前から温泉に入りたいと言っていたな。念願が叶うじゃないか!」
「ルスキニアは火山の影響で温泉があちこちに湧くからね、各地に名湯・秘湯と言われる温泉があるから色々と巡ってみるといい。今じゃ国の立派な観光産業の柱となっているんだよ」
「明日は早く作業を片付けて温泉に行きましょう!本当に楽しみだ……!」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
翌日、有言実行で早朝から袋詰めをしていると、アイラがやって来た。
「珍しく早いじゃないかアイラ、まだ寝てていいんだぞ?」
「ふふふ……本当にこんな日も上りきらない早朝からやってるなんてな。仕方ないから私も手伝うとしよう」
昨日に引き続き黙々と作業をしている最中、ふいにアイラが尋ねてくる。
「――なあユウガ、こんな時に聞くのもあれだが……今、私たちはルスキニア公国に来ている」
「――? ああ、それがどうしたんだ?」
「今までは帝国があったせいでアレナリア王国へ行くことができなかったが、ここからならレウス王国経由で問題なく向かうことができる……一緒に召喚された仲間にも会えるかもしれない」
「あ、そういうことか。確かにアイラの言う通りだけど……正直、今あいつらに会いたいかと言われれば微妙なところだなあ。気持ち的には半々って感じかな……」
「それは……どうしてなんだ? 何だか恐怖の感情が強くなった気がするが……」
「ははは、アイラはお見通しだな! ――そうだ、俺はあいつらに会うのが怖い。俺でさえこの1年半の短い時間でここまで変わってしまったんだ……あの王国にずっといたあいつらだって何かしらの変化があるはずだ。俺は、その変化が怖い――」
「相対することになるかもしれない……ということか」
「俺もたいがい規格外だけど、勇者たちは皆唯一無二の強力なスキルを持っている……生まれ持ったスキルが全てではないと身をもって経験してきたけど、もし戦いになればお互いただでは済まないはずだ」
「――もし、アレナリアと帝国の戦争が始まったら……ユウガはどうする?」
「決まってるさ、アイラを戦争に巻き込みたくないから俺は何もしない。――カッコつけて言うセリフじゃないかもしれないけど……」
「ははは、確かに恰好は付かないな。でも……そう言ってくれるのは嬉しい」
「ただ、もし――」
「やあ、おはよう!――あれ、もしかして邪魔してしまったかな?」
「そんなことはないですよ、朝から騒がしくしてすみません」
「いや、気にしないでくれ! 私も温泉に入りたいので早く終わらせようと思ってね」
3人でひたすら作業にあたること数時間――
ついに目標の300袋を詰め終わることができた。
「いやあ、助かった! これで念願のブドウづくりに着手できるよ……二人には本当に感謝だ!」
「いいワインができることを楽しみにしてます! さあ、そろそろ帰――」
その時
彼方にそびえるアノウス火山の旧山から恐ろしい速度で近づいてくる存在を感知する。
「――全員 伏せろ!!!」
声と同時に爆風のような衝撃波が一帯を包み込み、一瞬遅れて巨大な存在が太陽を遮る様に現れる。
500mの範囲で感知していたはずなのに、1秒も掛からず目の前に現れた――
とっさに3人を覆うように魔力の盾を展開したため、衝撃波で吹き飛ぶことはなかったのは不幸中の幸いだった。
姿を確認する前から冷や汗がふき出し、心臓が凍ったように冷えていくのに鼓動はどんどん早くなっていく。
「どうして……何でこんな所に……」
キールさんが力なく呟くのと同時に、太陽を背に立ちはだかるその存在に目をやる。
――紛れもなく、その姿は赤龍そのものだった。
しかも明らかに今まで会って来た龍族とは大きさも放つ圧力も段違いである。
呼吸を忘れた体にムチを打ち、無理やり息を吸って吐く――
そんなことをしていると、大迷宮で味わったあの脳内に叩きつけられるような大きな“声”が響き渡る。
[ 我は赤龍王―ベテルギウス― ……人間よ、ここで何をしている? ]
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