第87話 機密事項

「――こんな素晴らしいワインを飲ませてもらい感謝しかありません……! 緋陽土採取の依頼……喜んでお受けします!」


「ありがとう……! 成功した暁には必ずこのワインを超える一本を完成させてみせるよ! ――これから私も準備にとりかかるから、出発は二日後にしよう。各自しっかりと準備を整えておいてくれ!」


「承知しました、ルイーナさんはどうしますか?」



「う~、ごめんね! 私はダルクで本業のお仕事があるから今回は一緒に行けないの! ――でも採取用の道具類は私が貸すから安心して!」



「そうですか、それは残念です……ところでさっき赤龍のお膝元と言ってましたが、そんな場所に出入りして大丈夫なんですか……? さすがに龍に襲われたら一たまりもないですよ?」


「大丈夫!龍族は旧火山の方にいるから遭遇することはないと思うわ! 気を付けるのは精々フレイムリザードくらいね……まあ“引き”が強いユウガなら万に一つを引き当てるかもしれないけどね~!」


「ちょっと待って下さい!縁起でもないことを言わないで欲しいんですが……」


「ユウガ、この国に来て赤龍と戦闘になったら色々な意味でシャレにならないからな! 頼むから気を付けるんだぞ?」


「アイラまで乗っかるなって! 大丈夫だ……!多分……」


そんな“フラグ”を立てまくりながら、明後日に備えて一旦ルイーナさんの店に戻るのであった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


二日後――


俺たちは再びキールさんのワイナリーへ来ていた。


「やあ、待っていたよ! 早速アノウス火山へ出発しよう。――麓にある観光客向けの礼拝堂までは馬車が出ているから、そこまでは馬車で行こうか」



一行は馬車に乗り込み、一路アノウス火山へ出発する。


「――キールさんは色んな顔を持っているんですね。今の恰好をしていると、まるで歴戦のベテラン冒険者という雰囲気です……!」


「私も同感だな……こうして見ていても隙が全くないし、現役の騎士だと言われても全く驚かないほどだ」


「はっはっは!そんなに買いかぶらないでくれ! もう現役を離れて20年以上経っているんだ、隙が無いように見えるのは一応こういう立場だから常に警戒を怠らないようにしているだけなんだ」


そう言って笑うキールさん。

本人は謙遜するが、アイラに聞いた話では神都の第一騎士団というのは教皇の周囲を警護する重要ポストのため、特にエリートが集まる花形集団らしい。


確か神都の騎士ともなれば金級冒険者に匹敵する実力だったはず……加えて光属性の使い手でもあるキールさんから学べることは多いはずだ。


丁度俺たち以外の乗客もいないことだし、ここで聞いてみよう。


「キールさんがしている指輪はルイーナさんが作った光属性付与を持った指輪ですよね? ――実は自分たちも同じ指輪を貰っているんですが、まだ貰ったばかりで使いこなせていないんです……もしよければキールさんがどういうふうに使っているか教えてもらえませんか?」


「ああ、もちろんいいとも! 私は元々光属性の適性があったので付与効果はあまり使わなかったが、ため込んだ魔力の使い方であれば参考までに教えられるよ」


そう言ってキールさんは人差し指に集中した魔力に光属性を付与する。


「今のは指輪を使わず付与したわけだが、こんな風に光属性だけを使う分にはそれほど苦労しない。――ではなぜ私がこの指輪をしているかというと、光属性の魔力には一つ難点があるからなんだ」


「難点……ですか?」


「そう……光属性魔法というのは、基本的に別属性の魔法と同時に使うことができないんだ。光属性魔法を発動したら数分は他属性魔法を使えないし、他属性魔法を使った後はしばらく光属性魔法を使えない。――全くできないわけではないが、戦闘に使えるレベルで光の複合魔法を使える者は歴史上数える程しかいないと言われている」


「そんなデメリットがあるなんて知らなかった……アイラ、光属性ってそういうものなのか?」


「ああ、少しでも威力の底上げになればと試してみたが、光属性魔法は他属性の魔法と併用できなかった。私が未熟だからだと思っていたが、皆そうだったんだな……」



「そこでこの指輪の出番だ! この指輪には魔力が貯蔵できるから、クセのある光属性の魔力を貯めておけば、お手軽に光の複合魔法も発動できるってわけさ!――まあ、私の場合は現役を退いてから指輪をもらったから、戦闘で使う機会はなかったがね」


「複合属性って……例えば雷属性魔法のように専用の術式がありますよね?光の複合魔法の術式はどこで覚えたんですか?」


「おっといけない、それを説明していなかったね。《聖炎魔法》のように複合魔法の術式はあるにはあるんだけれど、覚える必要はないんだ。――これも光属性だけの特性なんだが、光属性は全ての属性に対して親和性があって、ほぼどの術式でも光属性の魔力を流し込めるんだ!」


「あれ、でも先ほどの話だと同時に発動できないんですよね? 親和性があるというのがイマイチ腑に落ちないんですが……」


「少しややこしいが、光魔法の術式は他属性と同時に引き出すことができないけれど、光属性の魔力自体はどの属性に対しても底上げの効果がある……ということだね」


「ということは、この指輪のように光属性の魔力を生み出して溜めて置ける魔道具があれば、別属性の魔法と併用可能ということか……」


アイラが感心したようにつぶやく。


「そういうことさ! この考え方は神都で《相乗魔法》という学問として盛んに研究されていたんだ」


相乗魔法……アイラと二人でピンとこない表情をしていると、キールさんが補足してくれた。


「相乗魔法というのは、魔法陣に込めるのは必ずしも純粋な無属性の魔力でなくてもいい、という考え方をするんだ。例えば《火球ファイアボール》の術式に火属性の魔力を注いだらどうなると思う?」


「何となく……威力が上がる気がします」


「その通りだ! じゃあ水属性の魔力を込めたらどうなるかな?」


「打ち消し合って発動しないように思えますが……どうなんでしょう」


「それも正解だ。雷魔法などの複合魔法も魔法陣に属性を持った魔力を込めるだろう? あれも相乗魔法の一種と言えるんだ」


「なるほど、そうすると光属性が全ての属性を底上げするという先ほどの話の意味が分かった気がします……!」


「今まで基本属性の魔法に属性付与した魔力を込めるという発想がなかった……そういうやり方でも威力の上昇が可能なのか!」


アイラは衝撃を受けたような表情でつぶやき、早く試してみたいと言わんばかりに武者震いをしている。



「――ちなみに、今話した内容は、全て教会でしか知られていない機密事項だから他言無用で頼むよ! 君達だから教えたが、迂闊に知識や技術を披露すれば教会に狙われかねないから注意してほしい」


「どうりでメリカさん達も教えてくれなったわけだ、また人に話せない秘密が増えたなあ……」


「ふふ、何を今さら……ユウガの場合、元々人に言えることの方が少ないじゃないか!」



そんな会話をしながら

賑やかにアノウス火山への道中を進んでいく一行であった。

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