第41話 悲しみの特効薬

サダンさんの亡骸を運び出し、なおも捜索作業は続く――


まだ地下に残されたままの遺体の場所を感知で探しながら、先ほどと同様アイラがマーキングをしていく。

その際、鉱山内部の様子も探ろうと感知の範囲を広げてみると、どうやら第一層の天井は崩落しているが、第二層以降のフロアは無事であることが分かった。


これなら瓦礫さえ撤去できれば二層以下で取り残された者は無事救助されるだろう……

ある程度道筋が見えてきたことで少し安堵する。



「おおい!冒険者の諸君はここに集まってくれ!」


懸命の活動が続き、周囲に疲労の色が見え始めた頃――ハキマは冒険者たちを集めて大きな声で呼びかける。


「今回は皆本当によく働いてくれた! 迅速に動いてもらったおかげで生存が絶望視されていた生き埋めの作業員を多く救助することができた……治安部隊として礼を言う……!」


そう言ってハキマは頭を下げる。


「冒険者諸君の依頼はここまでだ。今日はここに泊まり、明日になったら馬車でラートソルまで送り届ける手はずになっている。各自しっかりと体を休めてくれ! 以上だ!」



いつの間にかこんな時間が経っていたのか……

すでに辺りは真っ暗になっており、気温もだいぶ下がってきている――


夜になる前に生存者を救助できたのは大きかった。後は地下で過ごす作業員たちが持ちこたえてくれることを祈るだけだ……



「さあアイラ、今日は休もう。明日戻ったらサラさんの所へ行かないとな」


「ああ、そこまでやって私たちの依頼は完了だ。辛い役割だがしっかり果たそう……」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


翌朝――

副隊長のハキマに見送られながら、冒険者たちは馬車でそれぞれ帰路についた。

半日かけて王都ラートソルに戻り、俺とアイラはその足で4番街を訪ねる――



「すみません、この近くにお住いのサラさんという方を探しているのですが……夫のサダンさんから言伝を預かっているんです」


近くにいた住民に尋ねると、快く住所を教えてくれたのでそのまま家まで向かう。


言われた住所に行くと、コレット雑貨店というかわいらしい看板が掛かった小さなお店があった。――ドアに提げられたボードには「本日休業」と書いてある。



「すみません、お休みのところ失れ――」


ノックをして店の扉を開けると、カウンターの奥からバタバタと一人の女性が駆け出してきた。こちらの姿を確認すると、気落ちしたように俯いて静かにお辞儀をする。


「申し訳ありません……今日は休業なんです」


「こちらこそ申し訳ありません――俺たちはサダンさんからあなたへの言伝をお伝えするために来ました」


それを聞いたサラさんは全てを悟ったように両手で顔を覆い、カウンターへもたれ掛かってしまう。


「夫は……サダンは……亡くなったのですか……?」


消え入るような声で問いかける。


「……はい……残念ですが」


「昨日は街中で鉱山の事故のことで話が飛び交っていました……夫は無事かとずっと案じていたんです……薄々覚悟はしていたつもりですが、まだ信じられません……」


サラさんの目から生気がなくなり、空ろな視線は焦点が定まっていない――

その様子を見たアイラは唇を噛みしめ、サラさんから発せられる“感情”を必死に受け止めているようだった。


「サダンさんが最期に遺した言葉があるんです。今から《伝心魔法》という思念や記憶を共有できる魔法でサラさんに“声”を伝えるので聞いてください……」


サラさんは焦点をこちらに合わせ、しばらくしてから静かに頷いた。


俺はサラさんを椅子に座らせてから額の前に右手をかざし、静かに詠唱を行う――

映像は敢えて見せず、声だけに絞って自身の記憶を魔法にのせる。



ちゃんと伝えることができたのだろうか――

そんな思いを抱き始めたその時、サラさんの目から一筋……また一筋と涙がこぼれ落ちる。

再び顔を手で覆い、静かに震えながら最愛の夫の声を焼き付けているようだった。



やがて顔を上げ、涙を拭いながら話し始める。


「私も夫も、15年前に結婚してからずっと働き詰めでした――働いて、働いて、やっと二人の念願だったお店を出すことができたんです。 来年になったら一緒にこのお店を盛り上げていこうって約束していました……」


涙で滲む目でゆっくりと店内を見回し、唇を震わせるサラさん。


「子供はできなかったけど、いつも二人で行っている教会から孤児を引き取って、みんなで仲睦まじく暮らそうって話していたんです……それがこんなことになってしまうなんて――」


やっと掴んだ夢がこんな形で終わりを迎えるなんて、誰にも予想できなかっただろう――掛ける言葉が見つからなかった。



人の悲しみに特効薬はなく、ただ時間の経過でしか薄まることがない――

前の仕事で働いていた時、そんな事を教わったのを俺は思い出していた。



「すみません、お見苦しいところを見せてしまって……夫の最期の言葉……届けて下さって本当にありがとうございました」



俺とアイラはサラさんに深くお辞儀をして、雑貨店を後にする。


言いようのない気持ちを抱えたまま、二人は宿へ戻るのだった。

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