第40話 黒い波
「――確か、スライムは魔力を感知していると聞いた気がする……」
「魔力か……試してみる価値はありそうだな!」
すぐに身体に魔力をみなぎらせてみるが、こちらに気付く様子がない。
その間にもどんどん生存者の方向へ近づいていく――
刻印を使って更に魔力を引き出すことも頭をよぎるが、即却下する。
あれから試行錯誤を重ねているが、自分が元々持っている以上の魔力を引き出すとコントロールが桁違いに難しくなっていく。
あくまで魔力切れ対策として当面使っていこうと決めたのがつい最近のことだ――
他に何かないか……?
人間であれば声を掛ければ意識をこちらに向けられるが相手は魔物……それもスライムだ。急がないと手遅れになってしまう……!
――いや、待て
“声”を掛けるのはいい手かもしれないぞ……!
時間がない、とにかくやってみよう!
すぐさまスライムを詳細感知で捕捉し、右手を伸ばして魔力を込める――
「時空間魔法――《
[ さあ、こっちだ! お前の相手は俺がしてやるぞ! ]
以前カルズ村の魔法使いエミンから受け継いだ《伝心魔法》――
最近になってやっと魂に術式を取り込むことができたのだが、覚えたばかりの魔法をいきなりここで使うことになるとは……
確証のないままスライムに“声”をぶつけ、同時に再び魔力をほとばしらせる。
――今度は効果てきめんだった。
こちらに向きを変え、物凄い勢いで近づいてくる……!
「アイラ! 奴がこっちに向かってくる!一旦離れるんだ!」
そう言うや否やすぐさまアイラは一旦距離を置き、俺自身も人のいない方向へ走る――
数秒後、岩の隙間から勢いよく飛び出してきたのは、暗い黒紫色をした巨大なスライムだった。
こちらの位置を確認するように向きを変え、アメーバ状の巨体を持ち上げこちらに飛び掛かってくる――!
まるで大波だ……!高さ10mはあろうかという巨大な黒い波が押し寄せてくる!
避けるか!?――いや、避ければ地面で飛び散って周囲に被害が出るかもしれない……!
俺はとっさに魔力を“壁”のように展開し、波を受け止めようと構える。
波がこちらにもたれ掛かるように覆いかぶさった直後――
避けなかったことを後悔するほどの“重さ”がのしかかった。
少し考えれば分かったことだ……
大量の液体を、いわばプールの水を一人の人間が支えるに等しい行為――そんなことができるわけもなかった。
「――っが!!……ぎ…ぎ……っおらあああ!!」
しかしさすがは〈身体強化(大)〉スキル――
完全に受け止めることはできなかったが、何とか波を人がいない方向へ逸らすことに成功する。
「ユウガ! 核だ!……核を探せ! スライムは核となる魔石を壊せば活動を停止するはずだ!」
アイラの助言を聞き、すぐに存在感知を集中する――
黒紫に染まるスライムの中身を視ながら核を探すと、握り拳ほどの大きさの核らしきものを見つけることができた。
「よし、あれだ!……《
間髪入れず風の刃を核めがけて叩き込む――
が、大きく凹んだだけでタプタプと波打ちながら衝撃が分散・吸収されてしまった。
さっきまで液体のような動きをしていたのに、外部からの衝撃はゲル状になって防いでしまうのか……
大きくても“所詮スライム”という思いが頭の片隅にあったのだろう――
想定以上の素早い動きと防御力に焦りを覚え始める。
――そんな動揺の隙を突くように、スライムは自身の一部を弾丸のように高速で撃ち込んできた。
素早く身を捻って辛くも避けると、黒い塊が着弾した後ろの岩は派手に弾け飛ぶ。
「考える間も与えないってか……いいだろう、やってやる!」
次の弾を発射しようと上下に揺れるスライム――
俺は地面を思いきり蹴ってスライムめがけて突進した。
イメージするのは“槍投げ”だ――
魔力を細く・長く・強靭に固め、最高速度でナイフごと投擲して核を穿つ!
「さあ、さっきのお返しだ!!」
――突進の速度を乗せて放たれた魔力“槍”は、青白い線光となって黒い巨体を貫く。
存在感知は、はっきりと貫かれた核を捉えていた。
――少し間をおき、スライムの体は溶けるように流れ出していく。
予想外の苦戦を強いられ張り詰めていた心がゆっくりとほどけていくのを感じながら、束の間の勝利の余韻に浸る――
「よかった……無茶ばかりするからヒヤヒヤしたぞ!」
「悪かったって、今夜は反省会だな」
後ろで冒険者たちが称賛の声を送るのを聞きながら、落ちたナイフを拾う。
今日の戦いは色々と反省点が多かった――
素直にその称賛を受けることができない気分だったが、一応右手をあげて声に応えておく。
「核は割れて半分になってしまったが、これだけの大きさを持った闇魔石であれば素材として利用できるな……一応回収しておこう」
「素材のことをすっかり忘れてた……ありがとう。さあ、救助に戻ろうか」
先ほど付けた印を頼りに、治安部隊の隊員たちは首尾よく瓦礫を撤去していく。
一人、また一人と救助されていくが、最後の一人を助ける場面で救護班も呼んで何か話している――
近くに行って様子を確認すると、横たわる男性は大きな岩に腹部が押しつぶされている状態だった。救護班の隊員が言うには、この岩をどかした瞬間に死亡してしまう可能性が高いらしい。
男はまだ辛うじて息があり、虚空を見つめながら家族の名前を呟いているようだった。
目の前で命のともしびが消えようとしている――
またしても自分は“死”を前に無力に立ち尽くすしかできないのか……?
――いや、まだ彼は息がある。
せめて“想い”だけでも遺すことができるかもしれない……!
男の元へ歩み寄り様子を確認すると、口や目、耳から血が流れており、救護隊員の声も届いていないようだ。
爆発の衝撃で鼓膜や内耳が傷ついているのかもしれない――俺はとっさに伝心魔法で語りかける。
[ 聞こえますか……? もし聞こえていたら何でもいいので合図をお願いします ]
男は少し驚いたようにピクリと反応し、微かな声で答える。
「あ、ああ 聞こえる…… 他の音は聞こえないけど、あんたの声だけは聞こえるよ……」
[ 今は魔法であなたの心に話しかけています……もう気づいているかもしれないが、はっきり言ってあなたの状態は芳しくない。――あなたの命は助けてやれないが、もし誰かに伝えたいことがあるなら聞かせて欲しい…… 必ずその言葉を送り届けると約束する!]
「そうか……やっぱりダメか……はぁ、はぁ…… 何で、こんなことに……くそっ……」
そう言って少しの間沈黙し、何かを受け入れたかのように強張った体を少し緩めて語り出す――
「俺は4番街のサダンという者だ……頼む……! 妻に、サラに伝えて……欲しい」
息も絶え絶えになりながら、言葉を絞り出すサダン。
「はぁ、はぁ……先に逝くことを許してくれ……
一緒になって15年……子供もできなかったが、君は幸せだと言ってくれた。
俺の方こそ…………本当に幸せな時間だった――
ありがとう……お店、一緒にやれなくてごめんな……」
頬を血の混じった涙が一筋――
最期の言葉を伝えると、命のともしびは静かに消えていった。
アイラは静かに俺の元へ歩み寄り、拳を固く握って押し黙る俺の隣にそっと寄り添う。
「サダンさん、しっかりと受け取りました……! 必ずサラさんに伝えます」
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