第33話 もうひとつの依頼

目が覚めると――

すでに浄化が終わり、一行が野営の準備をしているところだった。

アイラによると3時間ほど気絶していたらしい。


ふと馬車の方に目をやると、ニドルが馬車で寛いでいるのが目に入る。

苦虫を噛み潰したような気分になりつつも、ぐっとこらえて気持ちを押し殺すしかできないのがもどかしい。


アイラはそんな感情を読んでいるのかしきりに気を使ってくれるが、

それが余計に無様な気分に拍車をかけ、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


絶対に守ると誓ったのに、それが脅かされた……

世界にはあんな化け物がゴロゴロいるのだろうか――

今後あのクラスの奴らを相手にするのであれば、もっと圧倒的な強さが必要だ。



一旦深呼吸をしてカルズ村を見渡す――

石畳で覆われた広場を中心に、木造のこじんまりとした民家や商店が立ち並ぶ。

残された建物や町並みを見れば、ここがとても雰囲気の良い村であったことが伺える。


村はずれの墓地へ目をやると、地面は穴だらけで荒れ果てていた。

この辺りは土葬を行う風習があるのだろう……そこに眠る住人達は皆スケルトンになって墓穴から出てきてしまったようだ。


視線をずらすと、墓地の向こう側には小さな丘が見える――



そろそろもう一つの依頼に取り掛からねば。

ラルスの姉探しだ――


「アイラ、ラルスが言っていたのは恐らくあの丘だ……すぐに向かおう!」


「ああ、だがもう動いて大丈夫なのか……?」


心配そうに腹のあたりを見つめるアイラ。


「もう大丈夫だ。自動回復スキルがあるからもう8割方治ってる―― さあ急ごう!」



墓地を過ぎ、その先にある丘に目を向けると、丘の上には一本の大きな木が生えており、その根元には“祠”ほこらのような小さな建物がある。

村のご神木的なものだろうか……この周辺だけは瘴気の汚染が比較的少ないように見える。


その祠にもたれかかかる様にして横たわる白骨――

残っている髪の毛や服装から判断すれは若い女性だろう。

花をかたどった髪飾りを付けており、花びらの数枚に修理したような跡が残っていた。


「どうやらラルスの姉……エミンで間違いないようだな――」


アイラは目を伏せ、沈痛な面持ちでつぶやく。


「ああ、そのようだな……ほとんど白骨化しているから、亡くなったのはダンジョンができて間もない頃だろう……ただ――」


そう言って白骨の隣に目をやる。

――見つめる先には、まるで寒さに耐えているかのように腕を組んでガタガタと震える少女の霊が座っていた。



「やはりそこに――いるのか? 弱い魔力の光は見えるが、私にははっきり分からないんだ……ただ、ここに渦巻く底知れない苦しみと悲しみの感情だけは痛いほど感じる」


じっと霊を見つめる俺を見ながらアイラは声を絞り出す。

この丘に来てからアイラの様子がおかしかったのはそういうことか……


「ここに女の子の霊体がいる――が、瘴気による汚染が進んでいて非常に危険な状態だ……! 聞こえるかエミン!ラルスからの依頼で君に会いに来た!」


「苦しい苦しい苦しい苦しい……! 痛い痛い痛い…‥‥入ってこないで!」


エミンは呼びかけに反応せず、ブルブルと震えながら今度は頭を掻きむしっている。

ブツブツと苦しみの言葉を吐き出しては歯を食いしばり、必死に苦痛に耐えているようだ……

アイラがほとんど見えない位弱っているということは、魔力による器の維持が限界に来ているのだろう、存在自体の消滅が先か悪霊化が先かという状態だ。



「駄目だな、全く声が届いていない。何とか自我を取り戻さないとまずい……!」


「瘴気による汚染なら浄化の魔法で何とかなるかもしれないが、教団は頼ることができない……彼らは霊だろうが悪霊だろうが区別はしない。全て“浄化”の対象なんだ……」


「例え神官が協力的でも、ニドルがいる時点で絶望的だな……くそっ、何か方法はないのか――!」



エミンはこれほどの苦しみをなぜ半年も耐えられたのだろう。

この木の周りは瘴気が薄くなっているとはいえ、この様子を見るかぎり魂を侵される苦しみは想像を絶するものだろう……


絶対に曲がらない不屈の強い“想い”があるはずだ。

それに賭けるしかない……!



「アーカーシャへ連れていく――」


「な、何を言っているんだ!? そんなことができるなんて聞いてないぞ!」


「アイラには黙っていた……これだけは言えなかった。

――人の生き死にや尊厳に関わることだから……もっと自分の中で整理がついてから話すつもりだったんだ」


「――どういうことだ……? ユウガ……何をしようとしているんだ?」


「俺は、前に一度……死者の想いを残された者たちに伝えるため、残された者たちの想いを死者に届けるため……死者の“呼び戻し”を試みたんだ」


「……っ!?」


言葉を失うアイラ。目を見開き、信じられないという表情でこちらを見ている。


「結局それは失敗だった。空っぽになった魂の意識を一時的に戻して、数時間だけ会話の時間を作ってあげるので精一杯だった……」


「もし……それができるとして、今回はまだ魂に意識があるんだろう?」


「今回は逆だ。意識だけアーカーシャへ連れていくんだ……彼女の強靭な意思があれば消えることなく形を保てるはずだ」


「助からないから……意識を分離してせめて話だけでも――ということか? それは……そんなことをして、もし――」


「そうだ。俺のやったことが……これからやろうとしていることが成功するかも分からないし、それが正しいかなんて誰にも分からない。 ただ、これは俺にしかできないんだ。俺は俺にできることをやるだけだ……!」


そう言ってエミンを抱きしめるようにして刻印を魂の核に近づけ、目を閉じ刻印を起動する。

意識が吸い込まれるように分離し、猛スピードで暗闇を駆け抜けていく――



――静かに目を開けると、傍らには不安そうにあたりを見回すエミンがいた。


「エミン……突然こんな所に連れてきてすまない。一刻を争う状態だったから強引な手段を使ってしまった……」


エミンは首を横に振り、こちらを見て答える。


「もうダメだと思っていました……段々と自分が自分でなくなっていくのが分かって怖かった……本当にありがとうございます……!」


「もう分かっているのかもしれないが、君は今意識だけ分離された状態だ。残念だがもう君の魂は瘴気に侵されていて手の施しようがなかった……」



「やっぱりそうだったんですね……私にしては結構頑張ったんだけどなあ。――ラルスに、ちゃんと謝りたかったな」


「ラルスは君に『髪飾りごめんなさい』と伝えてほしいと言っていた。彼も謝れなかったことを悔やんでいたようだった……」


それを聞いたエミンは膝から崩れ落ちるように座り込み、大粒の涙を流し始める。


「ラルス……ラルス! ごめん……!本当にごめんね……!」


「――エミン、もしラルスに伝えたいことがあれば今のうちに聞かせて欲しい。向こうに戻れば恐らくもう君は……もたない」



涙を拭いながら顔を上げるエミン。


「ありがとう……でもここなら……直接伝えられると思うんです。 だってここは意識の世界なんでしょう? 私の得意魔法は《伝心魔法》なんですよ!」


ここが精神世界なのかも魔法が発動するかも分からない。

そんな困惑と不安を見透かすようにエミンはにっこり笑いながら、暗い空間に手をかざす――

ほんの一瞬、大掛かりな魔法陣が見えたような気がしたがすぐに闇に溶け込んでしまう。


エミンはそれを意に介さず、弟に向けて語り出す。


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ラルス……聞こえる?

親切なお兄さんに、最後にお話しできる時間をもらっちゃった!


お兄さんに聞いたよ……髪飾りのこと謝ってくれてありがとう……

本当はすぐに許してあげるつもりだったのに、お互い意地になって結局言えなくなっちゃったね……


覚えてるか分からないけど、あの髪飾り昔ラルスがプレゼントしてくれたんだよ?

私の宝物だったから、壊れたときつい柄にもなく怒っちゃったんだ……

ごめんなさい。本当にごめんなさい……!


離ればなれになっちゃったけど、

姉ちゃんは……いつでも、どこにいても、何があってもラルスの姉ちゃんだよ!


ずっと、ずっとラルスの幸せを祈っています



本当に……ありがとう


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話し終えると――

エミンはにっこりと微笑みを浮かべたまま静かに消えていった。




込み上げるものを抑えながら刻印に手を当て、静かに目を閉じる――

再び目を開けると、そこには大きな木と祠があった。


景色が滲んでよく見えない――あの子は……エミンはどうなったんだろう。


「ユウガ!戻ったのか! 突然意識を失ってエミンの感情も消えたと思ったら、しばらくして霊体も消えてしまった……何があったん――」



俺の様子と感情を見てすべてを察したのか、アイラは優しく俺を抱きしめた。


どうか――どうかあの言葉がラルスに伝わっていてほしい。

そう心から祈らずにはいられなかった。

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