第34話 ロドス工房
あの丘での一件の後は正直よく覚えていない――
気が付いたら馬車に乗ってロクステラへ帰る途中だった。
道中の魔物はアイラが俺の代わりに片付けてくれ、それ以外の時間はずっと傍に付き添ってくれていた――
王都ラートソルに戻り、二人で宿へ向かう。
――そこにはラルスの姿があった。
あの心からのメッセージは届いていたのだろうか。
――もし届いていなければ、俺のした事は……
だが、そんな不安はラルスの大きな声で跡形もなく吹き飛んだ。
「ありがとうございました! 姉ちゃんの声……しっかり届きました! 本当に……本当にありがとうございました!」
聞けばエミンは相当優れた魔法使いだったらしく、中でも《伝心魔法》と呼ばれる時空間魔法を得意としていたのだという。
自身の脳内の映像や言葉などを相手に届ける魔法で、念話のように魔力に載せて直接相手と意思疎通を行うものとは異なり、空間――時には時間さえも飛び越えて相手に伝えることができる代物らしい。
あの時エミンが発動した術式は、“なぜか”俺の脳内に残っている。
もしこの魔法を使いこなすことができれば、より深く生者と死者の想いをつなぐことができるはずだ。
これも巡り合わせなのだろうか――
「依頼料をお支払いします! 今はこれしかありませんが、約束通り一生かけても払いますので金額を言ってください!」
そう言って手持ちの銀貨と銅貨を渡してくるラルス。
俺はアイラと目を合わせ、お互い頷く。
「それは受け取れないな。もう“エミンから”十分過ぎるほど報酬は貰っている――そのお金はいつかカルズ村へ戻る時のために有効活用したらいいさ」
「私たちの勝手ですまないが、お姉さんは村を見渡せるあの丘へ埋葬させてもらった。カルズ村に戻ったら訪れてあげてほしい」
「――本当に……何から何までありがとう!
もっと一生懸命働いて、一日も早くカルズ村に戻るよ!」
ラルスはそう言って何度も何度もお辞儀をしながら王都の人ごみの中へ消えていった。
「――さあ、ギルドに報酬でも受け取りに行くとしますか!」
「ああ、そうしよう……! さっさと済ませて宿へ戻ろう。道中ユウガの“お世話”で疲れたからな!」
「悪かったって――帰りにアイラの好きな木の実ケーキでも買ってあげるからさ」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――ロクステラのギルドに戻り、依頼報酬を受け取る。
今回の稼ぎは、アイラが回収してくれたレイスの魔石5個の売却額65銀貨を入れて丁度金貨2枚だった。
レイス討伐が評価され、報酬の上積みがあったことを受付の女性から教えてもらった。
「よう!大分ご活躍だったみたいだな!」
――おっと、うるさいのが来てしまった。
「おい、そんな顔をするなよ!別に冷やかしに来たわけじゃねえ」
嘘つけ!
出だしから思いきり冷やかしオーラ出てたじゃないか。
「聞いたぜ、お前……分隊長様に喧嘩売ったらしいじゃねえか!」
ほら来た、神都の騎士様に粗相をしたわけだしな……
何かしらの“お咎め”があっても仕方ないだろう。
「ええ、まあ――」
「――よくやった! さすが俺が見込んだ男だけのことはある!」
そう言ってディーゼルは俺の肩をバシバシと力強く叩いてくる。
そうきたか……という感じだが、意外な言葉に少し驚く。
「大体よお……神都が実力者の派遣を約束してくれたって国王から聞いた時から嫌な予感がしてたんだ! 二度とあいつを寄こさないよう国王に抗議してやったぜ」
「一緒に行った冒険者――ベクタルから聞きましたが、ニドルは相当な有名人らしいですね」
「ああ……悪名って意味で言やあ、あのキール=ジャックローズほどじゃないにしろ、冒険者の間ではかなり有名だな!」
そのキール=ジャックローズを知らないんだよこっちは……
覚えてたら後でアイラ先生に聞こう。
「確かに“超人”の異名通り化け物じみた強さをもってることは認める。純粋な実力で言やあ白金級にも匹敵するだろうよ。
だが、奴は根っからの戦闘狂でな……おまけに極度の差別主義者だ。そんなだから未だに分隊長止まりってわけだ」
ディーゼルは、あのいけ好かない騎士に喧嘩を売ったことを随分気に入ったようで、また直接依頼することがあればお前たちに頼むと言い残して執務室へ向かう。
その去り際――思い出したようにこちらを振り返って言葉をかける。
「ああ、もし稼いだ金で装備品を買いに行くならロドス工房をお勧めするぜ。俺の紹介だと言えば色々教えてくれるだろう」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
装備品か……今の所持金は当面の生活費を除いて7金貨だ。
これだけあれば十分いい買い物ができるとアイラのお墨付きもあったため、ついに装備品を調達しに行くことにした。
紹介されたロドス工房はメイン通りから外れた街の隅にあった。
ずいぶん“年季の入った”佇まいだ……
受付のお姉さんに詳しい場所を聞いてから来なければ、絶対に見つけられなかっただろう。
店内は意外と奥行きがあり、所狭しと武器防具が並んでいた。
鍛冶製品だけかと思ったが、意外にも革の防具類も充実している――
奥には店番の年寄りのドワーフがウトウトとしており、奥の工房からは金属を鍛える音が響いてくる。
店番の老人に近づくと、目を覚ましてこちらをじっと品定めするように見据えてきた。
「ディーゼルさんの紹介で来ました」
そう伝えると、老人は蓄えた髭を揺すって驚いた様子を見せる。
「何、あの小僧が紹介したのか!珍しいこともあるもんだわい――」
それからしばらくの間、老人の案内で店内を見て回る。
「お前さんは…… 近接も魔法もこなす万能型じゃな。
そちらのお嬢さんは……ほう、魔法弓使いかのう? これは珍しい」
次々に戦闘タイプを言い当ててくる老人に、俺たちは顔を見合わせて驚きの表情を浮かべる。
「見ただけで分かるんですか!? そういうのが分かるスキルがあるんでしょうか」
「ほっほっほ、よく言われるがこれは“勘”じゃな。長年鍛冶職人をやっておるとそういうものが自然と見えてくるもんなんじゃ。
もうずいぶん前に引退したが、この力だけはまだまだ現役じゃわい!」
驚いた……老人を鑑定してみたが確かにそれらしきスキルは持っていない。
まさに”職人芸”というわけか――感服するばかりだ……
「さて、お主はこっちの棚にあるものを中心に見てみろ。お嬢さんは……こっちじゃな」
そう言ってそれぞれ棚の方を指さす。
言われた通りそちらの棚を見てみると、主にナイフと――それに合わせた軽量かつ動きやすい防具が並んでいる。
見ただけでは良し悪しが分からないため端から手に取って確かめていると、あっという間に時間が過ぎていた。
どれも本当に品質が高い……時間も忘れて夢中で品定めしてしまった。
ここに来る途中でいくつかの店の商品を“チラ見”してきたが、このロクステラの中でも最高峰といっていいのではないだろうか――
さんざん迷った後、〈魔力伝導率〉が高い“魔鉄鉱”で作ったナイフと、熱と衝撃耐性に優れたブーツを買うことにする。
――しめて3金貨だ。
ちなみにこのナイフには“おまじない”がこっそり仕込んであると老人が教えてくれた。
たしか魔法術式の付与は国が管理する機密だったような気がするが……
失礼だがこの“年季の入った”工房が国の管理下にあるとはとても思えない。
まあ“おまじない”だし問題ないことにしておこう。
アイラの様子を見に行くと、俺以上に悩んでいるようだった。
「いいのはあったかい?」
「ああ。いいものがありすぎて、悩んでいるんだ」
困ったような顔をして頭を掻きながらアイラがつぶやく。
「魔弓使いの最大の特徴は、弓も矢も持ち歩かなくて済むという点にある。その代わり弓と矢を高密度に練った魔力を使って形にするのだが……」
アイラは独り言のようにブツブツとつぶやき始める。
「その際、大事になるのが魔力を瞬時に練り固める技術と、体から離れた魔力を発散しないように押し込める技術なんだ」
「俺も魔力でブレードを作って戦うから、その辺の感覚はよくわかるな……」
「通常こうした技術は指輪や腕輪といった魔道具を補助として使うんだが、ここのものは補助性能以外にも“おまじない”が掛かっているからどれにしようか迷ってしまってな。――ユウガとの連携を考えて慎重に選ばなければ……」
そう言って再び自分の世界に入っていくアイラ。
しばらくそっとしておいてあげよう……
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