第32話 超人

あの優秀な神兵たちが血相を変え、我先にとダンジョンから飛び出してくる。

それを追って出てきたのは、レイスの10倍はあろうかという巨大な魔物だった。


見た目だけで言えばレイスと変わらないが、頭蓋骨の上部に王冠のような突起があり、放つ雰囲気も魔力も比較にならない程である。


「レイスキングだあああ!!! みんな逃げろおお!!」


「あれはAランク――金級冒険者の管轄だ!! 撤退しろおお!!!!」


ベクタルが大声で叫び、まわりの冒険者たちも次々に撤退していく。



「ユウガ!私たちも早く退くぞ! あれは二人でどうにかなる相手じゃない!」


「――いや、やれる。やれるはずだ……!」


今の俺は先程のレイスたちとの戦闘で完全に“スイッチ”が入っている。

撤退してしまえば再びこの状態に持っていくことができなくなるかもしれない。

逃げた所でこちらの勢力が増すわけではなく、時間の経過が良い方向に動くとは限らない――やるなら今だ!!


真っ直ぐレイスキングを見据え、検索を発動しようと手を伸ばす。


――その時


「いけませんねえ……誇り高き神都の騎士団ともあろうものが逃げ出すなど!」


「ぁぁあああ!!! 申し訳ありません!申し訳ありませんでしたああ!!」


この状況など全く意に介さない様子でニドルが近づいてくる。

右手で逃げ出した神兵の頭を掴んで引きづっており、兵士は苦痛で叫び声をあげて必死に謝罪を繰り返す。



「おや、命知らずの冒険者たちも一旦退いたようですねえ……残ったのはあなた方だけですか。――まったく、他の軟弱な皆さんもこの若いふたりを見習って欲しいものです」



――声が出なかった。

こいつ何て魔力を放ってやがるんだ……!


身体が緊張し、冷や汗が流れてくる。

のんびり喋っているのにレイスキングから攻撃がこないのは、間違いなくこいつを警戒しているからだ。



「ん?――ああ、二人とも……楽にしてていいですよ」


目が笑っていない笑顔を作って俺たちの横を通り過ぎながら、右手をレイスキングへ向けるニドル。


その手に莫大な魔力が収束していく――



超 級 魔 法 ― 《断 罪 の 光シャイニング・レイ》!!!



バキンっという何かが空間を割ったかのような轟音が響く――

慌てて振り向くと、上空から落ちてきたであろう巨大な光の刃がレイスキングの右肩のあたりをバッサリと両断していた。

これが光魔法――まるでギロチンだ……!



おぞましい叫び声をあげ、凄まじい怒気をまき散らすレイスキング。

全身から発せられる魔力の波動を受けた俺たちは、思わず体が強張ってしまう――


満足に息をするのも難しいような状況の中、それをあざ笑うかのように今度は左右の手で魔法陣を出し、縦横あらゆる方向に無数の光のギロチンを出現させるニドル。


立て続けに光の刃を食らったレイスキングは、瞬く間にバラバラになって消滅してしまった。

あたりには狂ったように高笑いするニドルの声だけが響いている――



「はぁー……まったく……少しは楽しめるかと思いましたが期待外れでしたねえ」


わざとらしく首を大きく振るニドル。


「とんだ無駄足でした。さっさと帰ってアレナリア王国の勇者と会える算段でも立てるとしましょう」


「――勇者?」


そのフレーズに反応して、思わず声に出してしまった。


「んん? おっと、これは機密事項でした! 死にたくなければ黙っていることをお勧めしますよ」


そう言って貼り付けたような笑顔の口元に人差し指を近づけ、笑いながらダンジョンの中へ入っていく。



あいつは勇者の情報を持っている……!?

機密事項と言っていたからアレナリアは公にはしていないということか?

勇者に……信征に会って何をするつもりなんだあいつは――



「噂通り、完全にいかれてやがるな」


ベクタルはニドルの後ろ姿を見ながら吐き捨てるようにつぶやく。


「あいつは……噂になるほど有名なのか?」


「悪い意味でな。教団でも最上位と称される実力者で“超人ニドル”と呼ばれている。――ただああいう性格な上、人間以外の種族を極端に嫌う節があってな……他種族と頻繁に揉め事を起こすこともあって、陰では“光の凶刃”なんて言われてるんだ」


その“狂人”が勇者に会うだけで満足するとも思えない……

嫌な胸騒ぎを感じつつ、俺とアイラは周辺の掃討に向かう冒険者たちに合流するのであった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


敵の殲滅が完了し、急いでダンジョンの瘴気発生源を浄化する作業に移る。

3人の神官が協力して巨大な結界を張り、内部を浄化魔法で清浄な空間に戻していく――



これが浄化魔法か……みるみる瘴気が消え去っていくな……

淀んでいた空気が高原の澄んだ空気みたいになった気さえするほどだ。

ベクタル曰く、発生源のレイスキングを倒したため、あとは周囲を浄化してダンジョンを封印すればこの村での仕事は完了らしい。



ふと後ろを見ると、ニドルがいつの間にかダンジョンから戻っていた。

何も得るものがなかったと大げさなため息をついている。


ぼやきながら馬車の方向へ向かうニドルだったが、ふいにアイラの前で立ち止まり、その顔をじっと見つめ出す。



「おや……? あなた“混じって”ますねえ。――隠しているようですが、私の目は誤魔化せませんよ!」


「だからどうしたんだ。私の存在が罪だとでも言うつもりか?」



「――ああ、何て哀れなお嬢さんだ!生まれてきたこと自体が悲劇そのものだ! 汚らわしいその身体……この瘴気と一緒に“浄化”して差し上げましょう!」


演技がかった言葉を吐きながらアイラの前髪を掴み、神官の所へ連れていこうとするニドル。



プツン――頭の中でそんな音が聞こえた気がした――


アイラの髪を掴むその腕を掴み、握りつぶす勢いで力を込める。



「おい……今すぐその手を離せ……!」


「おっとっと、痛いですねえ……! 私が誰だか分かってやっているんですか?さっさと離さないと――」


レイスキング戦を彷彿とさせるような魔力の上昇を見せるニドルだが、今の俺にそんな威嚇は通じない。

俺はニドルの言葉を無視してそのまま鑑定をかける。


==========================================

 ニドル=クラマトール

 職業:魔導士

 スキル:身体強化(大)、魔力強化(大)、魔力感知、

 状態異常耐性(中)

==========================================


――確かに“超人”と言われるだけのことはある。

だがそんなことは関係ない…‥たとえ刺し違えてもアイラを守るだけだ……!



俺だってあの黒龍の血肉を食い続けてきたんだ。

“普通”の人間に負けるわけにはいかない!



持てる全てをぶつけてやる――


一呼吸おき、俺は生命力と魔力を最大出力まで一気に開放した。

――全身を猛烈な“熱”と“冷気”が同時に駆け巡るような感覚に包まれながら、荒ぶる力の奔流を全力でコントロールする。



自身に匹敵するほどの莫大な魔力が渦を巻いて天へと立ち昇るのを見たニドル。

その顔から貼り付けたような笑みが消え、目を見開いてこちらをじっと見つめている。


「はっはっは!!これは驚いた、すごいじゃないですかあ……!ここまで人間離れした魔力は久しぶりに見ましたよ……!

――ふふ、このまま続けてもいいですが、面白いモノを見せてくれたお礼に今回はこちらが折れてあげるとしましょうかねえ」


そう言ってアイラからパッと手を放す。



それを見てすぐさまアイラをニドルから遠ざけ、間髪入れずに鑑定画面に検索をかける――

せめて身体強化(大)、魔力強化(大)……こいつを俺のものにしてやる……!


順番に検索をかけると、その度に頭が割れんばかりの衝撃が走り、目の前にチカチカと光の粒が弾ける。

鼻からとろりと液体が垂れる感覚がある……多分鼻血だろう。


――魔眼以上の反動だ。意識が飛びそうな程の衝撃が脳にのしかかる。


さすがに限界か……魔力感知の検索は……無理…だ な――



「ユウガ!大丈夫か!? しっかりしろ!」


ぐらりとバランスを崩した所をアイラが受け止めてくれたが、その前に不気味な笑顔を浮かべたニドルが立ちはだかる。



「これだけの力だ……どうやらかなりの反動があるようですねえ。ただ――あれだけ殺意を向けた相手の前で、その“態度”はいけませんよっ!!……と」


小さくて、とんでもなく重い鉄球が腹部にめり込むような衝撃が走る。


鋭い蹴りを受けた俺の体は宙を舞い――アイラが何か叫んでいるのを一瞬感じつつ、そのまま視界が暗闇に飲まれてしまった。



「“かわいい”お嬢さんに免じて、今回だけは許してあげましょう」


そう言うとニドルは馬車の方へ歩いていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る