第31話 カルズ村
依頼当日――
ラートソルの城門に集合ということで少し余裕をもって向かうことにした。
複数の銀級冒険者パーティーが参加する任務とあって、アイラも少し緊張気味だ。
宿を出て城門前に向かおうとすると、後ろから声を掛けられる。
「あの……すいません! 僕はラルスと言います!
二人はカルズ村へ行く冒険者ですよね? 僕の依頼を受けてもらえませんか!」
いきなりどうしたんだ……?
子供が冒険者をつかまえて直接依頼をしてくるなんて……
しかもカルズ村へ行くことまで知っているようだ。
「確かに我々はこれからカルズ村へ向かう。ただ、神都の要人警護という仕事があるから他の依頼は受けられないんだ」
アイラは諭すようにラルスと名乗る少年に話しかける。
――年の頃は10歳くらいだろうか。
同じくらいの子供より頭一つ分くらい小さいから多分ドワーフの子供だろう。
日ごろの苦労が滲む服装を見る限り、少なくともギルドを通じて依頼を出せる経済状況ではなさそうだ……
「ギルドで見ていたのでそれは分かっています!――ついででもいいから……エミンを、僕の姉ちゃんを探してほしいんです!」
拳をギュッとにぎり目に涙を浮かぶ涙を必死でこらえ、こちらを真っすぐ見つめて訴えるラルス。
「お姉ちゃんはカルズ村にいるのかい? ギルドマスターは半年前にダンジョンが現れたので皆避難したと言っていたはずだが――」
「そんなこと……分かってる……! あんなに化け物がいたら、どんなに魔法の才能があってもダメだってことくらい分かるさ! でも――言ってたんだ!村の横にある丘で待ってるって……」
「ちょっと待ってくれ……言ってたというのはいつの話だい? 君とお姉ちゃんは別々に逃げたのか?」
気が焦っているのか、どうにも話が見えてこない部分があるな……
俺の問いかけに、ラルスは首を横に振って答える。
「姉ちゃんは僕を逃がしてくれたんだ……遠い親戚のお店があるラートソルに行けって言って――でも姉ちゃんはスゴイ魔法使いだったから皆が逃げるために時間稼ぎをするって言って残ったんだ……!」
堪えきれなくなったラルスの目から一筋の涙がこぼれ落ちる――
「僕は無事に王都へ逃げることができたけど、姉ちゃんはいつまで経っても追ってこなかった……
そうしたら一週間くらいしたときに夢に出てきたんだ!――あの丘で待ってるって言ってた。 それから3日おき位に夢を見るようになって……でも、最近段々と回数が減ってきちゃって――」
言葉に詰まりながらも、ラルスは話し続ける。
「最後に夢を見たのは10日前……すごく苦しそうな声だった――助けて欲しいって言ってたんだ!」
ラルスは肩から提げたカバンから黒ずんだ2枚の銀貨と10枚程の銅貨を取り出して地面に膝まづく。
「朝も、昼も夜も、ごはんも我慢して働いたけど……これしか貯められなくて……他の冒険者の人は誰も相手にしてくれませんでした!
足りない分は一生かけても払います! どうか姉ちゃんを……エミン姉ちゃんを……見つけてください」
アイラがこちらを見て俺の言葉を待っていた――
目を潤ませ、口を真一文字に結んでいる。
感情が視えるアイラは俺以上にラルスの想いが伝わっているのだろう。
――そうであれば、もう答えは決まっている。
「――分かった。 必ずその丘の様子を見てくると約束する……! お姉ちゃんに何か伝えたいことがあれば聞かせてくれ」
アイラはほっとしたように手で目元を拭っている。
子供にここまで言わせておいて断ることなんて出来っこないよな……
「ありがとうございます……! 本当にありがとうございます!
お姉ちゃんに会えたら……髪飾りごめんなさい、って伝えて欲しいんです」
「髪飾り?」
「お姉ちゃんが大事にしていたものなんです。 僕が壊してしまって……でもその時ケンカ中だったから、謝れなかった――」
「わかった、会えたら必ず伝えよう。俺達は依頼が済んだらまたこの宿に戻る。報酬はその時にもらうから大事に取っておいてくれ」
仕事に向かうラルスを見送り、俺達は城門へ向かって歩き出す。
「ユウガ、ありがとう」
アイラはぽつりとつぶやいた。
――城門前に到着すると、すでに他のパーティーは到着しているようだった。
とりあえず輪の中に入って挨拶をする。
「我々が最後だったようだな。――私は銀級冒険者のアイラスだ。こっちはパーティメンバーのユウガ、短い間だがよろしく頼む」
「おお、ワイバーンとリザードでギルドの査定所を埋め尽くした奴らか!」
「こりゃ頼もしい限りだな! よろしく頼むぜ」
そんな感じで5つのパーティそれぞれ自己紹介がてら挨拶を交わしていると、中央通りから物々しい出で立ちの集団がやってきた。
どうやら教団の面々がご到着のようだ。
白を基調とした衣装を身にまとった騎士風の男たちに囲まれて、大きな杖を持った神官らしき3名の女性が静かに佇んでいる。
――そこへ突如、割って入るように現れた一人の男。
銀色のおかっぱ頭……顔は笑顔でも全く笑っていない目――
一瞬で警戒リスト入りの風貌だ。
その男は冒険者たちの前まで歩み出ると、恭しくお辞儀をする。
「どうも皆さんこんにちは! 私たちは神都グラン=レオーラから教皇の命により遣わされた第四騎士団――の分隊長を務めておりますニドル=クラマトールと申します。ここにいる3名の神官および15名の神兵たち共々よろしくお願いします」
演説か何かでもしているかのような振舞いに、更に一同の警戒心が強まる。
「なあアイラ、神都の騎士っていうのは皆“ああ”なのか?」
「いや、さすがにそんな事はないと思うが……少なくともロクステラが“ハズレ”を引いたのは確かだろうな」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ニドルの“演説”終了後、一行は南のカルズ村へ出発する。
他の冒険者の話では、村まで馬車で2日程度の道のりだという。
冒険者を乗せた馬車が先頭を2台体制で走り、その後ろに神官の馬車が続く。両脇と最後尾を神兵たちの馬車が固める形で順調に進んでいった。
あのニドルという男はなぜか神官と同じ馬車で移動しているようだ――
道中魔物が現れた場合は、主に冒険者たちで対応する。
数が多いときは神兵が対応するのだが、これが中々手際がいい。
アイラいわく個々の実力は銀級相当だが、連携力が優れているという点で冒険者の上を行くとのことだ。
大きなトラブルもなくカルズ村周辺まできたが、近づくにつれ空気が淀み重苦しい雰囲気になってくる。
久しぶりに瘴気の混じった空気を吸い、大迷宮時代を思い出して自然と気が引き締まっていくのを感じた。
村を視認できる距離まで来ると、そこはアンデット系の魔物が跋扈する危険地帯になっていた。
数百匹はいるであろうアンデットの大部分は、大迷宮で最初に戦ったのと同じスケルトンという魔物だ。
――ただ今回は素手ではなく武器や防具を身に付けており、動きも心なしかきびきびと素早いように見える……
「おやおや、だいぶ汚染が進んでいますねえ……この様子だとダンジョン内は期待できそうです。……おっと、私は神官の警護がありますので、周辺の“掃除”は皆さんよろしくお願いしますね」
この期に及んでニドルは戦いに参加せず神官の馬車へ戻って行ってしまった。
どういう神経をしているんだこいつは……
まわりの冒険者たちもあきれ顔だ。
「まあいい……では、各自村の入口まで道を開いてくれ。行くぞ!!!」
今回ギルドから冒険者チームの代表に指名されたベクタルという男の号令に合わせ、魔物の掃討作戦が開始された。
冒険者たちは一斉に散開して総動員で血路を開く。
たかがスケルトンではあるが、数が多く予想外の動きをするため意外と厄介だ。
そこで投げるかというタイミングで武器を投擲したり、痛みという感覚がないため普通ひるむダメージでも平気で攻撃を続けてきたり……といった具合である。
実際、存在感知がなければ背後からの不意の投擲を食らっていたかもしれない。
他の冒険者たちも少しずつ血を流し始めているようだ――
いっそのこと大規模を薙ぎ払いたくなるが、周りに冒険者がいるため結局近接でチマチマ倒していくことになる。
集団戦の難しさを学ぶにはいい機会ではあるが、やりづらいな……
周辺の魔物を1時間ほどかけて一掃し、やっと村の中に入る。
目を閉じれば大迷宮と間違えてもおかしくない程の瘴気と魔力濃度だ……
ちなみにアイラを含む冒険者たちは〈瘴気除け〉というアクセサリを身に付けているため、瘴気で体調を崩すことはない。
村に入った瞬間、早速スケルトンたちが家々の隙間から姿を現し迫ってくる――
アイラも狭い村の中では近接に切り替えざるを得ず、俺たちは即興で近接の連携を組み立てながらダンジョンの入り口へ向かう。
――しばらく戦い続け何とかダンジョンの入り口に辿り着いたが、そこには行く手を阻むようにローブを着た大きな骸骨の霊が多数跋扈していた。
「レイスだ……!こんなものまでいるとはっ! 物理攻撃は効かないから気を付けろ!」
そう言うとアイラはすぐさま魔弓を作り出し、迎撃態勢に入る。
俺の魔力剣も当然やつらに対して有効だ。
――ただレイスたちの動きは存外素早く、物理法則を無視した空中移動を繰り返すため、なかなか有効打を与えられない。
しかも厄介なことに自身の周囲に強力な対魔法用の魔力障壁を張っており、中途半端な魔法攻撃は全く届かないのだ。
「くっそおお! Bランクのレイスがこんなにいるなんて聞いてねえぞ!」
「近接職は魔法職を守りながら一旦下がれ! 態勢を立て直した方がいい!」
後ろから他の冒険者たちの声が聞こえてくる――
「ユウガ! どうする? 私たちも一旦下がるか!?」
「――いや、役割分担だ! 俺が障壁を破壊するから魔弓で仕留めてくれ!」
その言葉と同時に全身に生命力の熱を行きわたらせ、地面を思いきり蹴る。
限界まで濃く、薄く研ぎ澄ました魔力の刃―― 俺が一番得意な1.2mで維持し、渾身の力を込めて横なぎに振り抜く。
するとキンッというガラスを弾くような音と共に、レイスの魔法障壁は真っ二つに割れた。
「今だ!!!」
――俺の合図と同時に、レイスの胸元に雷渦の魔法が突き刺さり、激しい電光のなか絶叫と共に消えていった。
その後も次々に俺が障壁を破壊し、アイラが仕留めていく。
しばらくの戦闘の末、ダンジョンへの通路を確保することに成功した。
ニドルからの指示を受けたのだろうか、数名の神兵たちが一気にダンジョン内部へ駈け込んでいく。
俺は詳細感知でその様子を探りながら、収納バッグからマナポーションを取り出してアイラに手渡す。
「すまないユウガ……大技を連発して丁度補給が必要だったところだ」
束の間の休息をとっていると、先刻入っていった神兵たちが入口に向かって走って戻ってきている様子が視えた。
どういう事かと感知を奥に伸ばしてみると――
神兵の背後には多数のレイスを圧縮したような気配を放つ、不気味な一体の霊がいたのだった。
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