第30話 教団

俺は宿へ戻り、早速アイラ先生の“授業”を受ける。


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《神都グラン=レオーラ》

・各地にあるレグーレス教団の教会を束ねる総本山


《レグーレス教団》

・約2000年前、神託を受けた初代教皇が設立した世界最大の宗教団体で、唯一神グラレオールを信仰する。

・数千万人の信者がいるが、そのほとんどは人間が占めており他種族は極めて少ない。

・教会は魔族、獣人、エルフの居住地を除いて全ての国に存在する。


《第四》

・神都には神兵と呼ばれる戦闘員がおり、特に優れた精鋭は〈騎士団〉と呼ばれる教皇直属の特別な集団に属している。

・騎士団は教皇の警護にあたる第一騎士団をはじめ四つの騎士団から構成され、その実力は銀級~金級冒険者相当といわれる。

・通称〈第四〉と呼ばれる第四騎士団とその所属神兵は、国外任務を専門とし、各地の魔力だまりの浄化、遺物調査や人材スカウト、治安維持を担当する。

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「――こんなところだな」


説明し終わると、両手を上にあげて大きく伸びをするアイラ。

流石アイラ先生、非常に分かりやすかった。



「ただ、今のはあくまで教科書的な話だ」


声のトーンを落とし、真剣な眼差しでこちらに向きなおる。


「以前……スキルは人間に与えられた神の恩恵だと言ったが、これはレグーレス教の教えが広く一般に広まったものだ。――教団にはこの教えを曲解して、スキルは元々人間のものであったとか、他種族が持つスキルは人間から簒奪さんだつしたものであるといった考えを持つ者もいる」


なるほど――

トゥリンガ領にいた獣人たちが追いやられたのも、こうした背景があったのかもしれないな……



アイラは更に続ける。


「先程、教団の構成員は人間がほとんどだと言ったが一部は獣人などの他種族だ。彼らは稀有なスキルを持っていて、各地からスカウトの名目で集められている。

――これも結局の所、スキルは人間のために役立てることが使命だという歪んだ思想が根底にあるんだ」


「どうしてそんな横暴が許されるんだ? 今の話じゃ全員が全員そういう奴らなわけじゃないんだろう?」


「そうだな、教皇をはじめ皆“黙認”しているからじゃないか? 各地から有能なスキル持ちが集まればそれだけ教団は強固になり、帝国の侵攻を牽制することができる。

……連れて来られた者達も別に監禁・拷問されているわけではなく、むしろそれなりに恵まれた生活をしていると聞く」


その後ぼそりと付け加える。


「まあ、有事の際には真っ先に駆り出されるだろうが……」



ここでも帝国か――

神都や帝国……この大陸の歪んだ力関係が少しずつ見えてきた気がする。



「最後に一つ……〈浄化〉について教えてくれないか?」


「そうだった、それを忘れていた! 浄化というのは、瘴気を祓うことを言う。ギルドマスターも言っていたが、魔物というのは魔力だまりのように魔力濃度が高くなった場所に瘴気が混ざりこむことで生まれるんだ」


「その、瘴気というのは?」


「詳しくは分からない。黒いガスのような物質で、生物にとっては有毒だ。触れたり吸ったりすると頭痛や吐き気がして、最悪死に至ることもある」



その言葉で、大迷宮に飛ばされた時に危うく死にかけた記憶がよみがえる。

いや、指輪がなければあの段階で死んでいたに違いない――

復活後はなぜか深呼吸しても平気だったから状態異常耐性で防げる類のものなんだろう。



「瘴気というのは厄介なもので、風などで一時的に散らすことはできるが基本的に消すことができない。――光属性魔法を除いては」


「光属性魔法?」


日本にいた時から思っていた――俺が使ってみたい魔法トップ3に入る魔法である。

期待通りこの世界に実在していたことは嬉しい限りだ……!



「光属性魔法はごく一部の適正持ちにしか使えない非常に珍しい属性なんだ」


――これも想像通りではあるが、やはり誰でも使えるというわけではないのか。

少し残念な表情をする俺をよそに、アイラは軽く咳ばらいをしてから話し始める――



「実は、私も少しだけだが使えるんだぞ!」


「えっ すごいじゃないか! なら今回の依頼、やらない手はないな!」



その言葉に、今度は少し照れるように咳ばらいをして、やや小声で話し始める。


「ただ……私は適性が低すぎてほとんど実戦には使えないんだ。精々アンデットと戦う時に弓や剣にほんのりと属性付与する程度だな……」



こいつめ。褒めてやろうかと思ったがやめておこう。

代わりに笑いながらアイラの額を軽くデコピンする。



「な、何するんだ!本当に珍しいものなんだぞ!? ちょっとくらい自慢したっていいだろう!……ユウガの驚く顔も見てみたかったし」


そう言ってお互い笑い合う。

神都にまつわる話を聞いて気分が暗くなっていたが一瞬で軽くなった気がする。



「それにしても、少しとはいえ光属性が使えると知れたら、今度の依頼で神都からスカウトされるかもしれないな!」


「――それは私も気になっていた所だ。教団は光属性の適正持ちの囲い込みに躍起になっているからな」



軽くいじっただけのつもりだったが、予想外の返しをされて少し困惑する。


「何でそこまでして囲い込みをするんだ?」


「教団は“力”を集めているからだ。――スキルもそうだが、その最たるものが光属性魔法といえる」


アイラは一呼吸おいてから再び言葉を続ける。


「――基本的に教団というのは地域に根付いた存在で、瘴気や悪霊を祓ったり怪我の治療をしたりして、その見返りに献金という名の報酬を受け取っている。各地の教会で孤児を引き取って面倒を見ているという実態もあるんだ」


「なるほど、そういう意味で言うと世の中に一定の貢献をしているんだな……」


「ああ。そうやって各国からの信頼を確固たるものにするためにも、光属性の使い手は必須というわけだ。――特に光属性の上位回復魔法は《再生魔法》と呼ばれていて、通常の回復魔法とは一線を画すものでな……欠損部位の再生ができるのは光魔法だけなんだ」



アイラの説明で何となく“からくり”が分かってきた……


「だから光属性の使い手を囲い込み、人々が困ったら教会を利用せざるを得ない仕組みにしているんだな」


「そうだ。今回の依頼にしてもこの国に浄化魔法を使える程の光属性使いがいないから、わざわざ神都に依頼する形になっているんだ」



――協会が2000年以上かけて作り出したシステムは、中々に根深く厄介な話だった。

これらの情報を総合して今回の依頼を受けるかどうか決めなければならないが、どうしたものか……




「――アイラ、この依頼受けよう」


色々悩んだが、大切なのは自ら経験し触れてみることだ。黒龍の言葉を思い出して、決断した。


「ただし、教団に目を付けられないようアイラは極力光属性魔法を使わないでほしい」


「――わかった、約束しよう」



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翌日、再びギルドを訪れて受付の担当者に依頼を受ける旨を伝える。


「ありがとうございます……! お引き受けいただいたこと、当ギルドとして感謝申し上げます」


形式的な応答をした後、受付の女性はやや小さめな声で話し始める。



「昨日は、うちのギルマスが失礼をいたしました。だいぶ困惑されたでしょう? 金級冒険者で腕は立つのだけれど、立場をもう少し考えてほしいものです……」


職員にもそう思われていたのか。まあ気持ちはよくわかるが……

とはいえ、昨日は勢いに飲まれて鑑定を忘れていたが、確かに相当な実力者であろうことは見て分かった。

しばらくこの街を拠点にする以上、ギルドマスターに貸しを作っておくのも悪くないだろう。



「ちなみに、今回の依頼は何人くらいの冒険者が参加するんですか?」


「えーと、今の所……お二人を入れて15人――5パーティですね。全員銀級の冒険者です」



この人数が適正なのかは分からないが、とりあえず一通りの情報収集だけしてギルドを後にするのだった。

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