第28話 トカゲ退治
日が昇り、街が賑やかになる頃――ふたりは冒険者ギルドを訪れていた。
なるほど、さすが大都市だけあって依頼の数が半端じゃない。
ゴブリン退治や薬草採取といったおなじみのものから、オーガの討伐、竜の谷にあるという珍しい植物採集まで選び放題だ!
ちなみに、俺はパーティ登録を済ませたので鉄級以外の依頼でも受けることが可能になった。
アイラは先ほどからじーっと掲示板とにらめっこを続けている。
「――これなんかどうだろう」
そう言って指さしたのは〈アースリザード〉の討伐依頼だった。
場所はロクステラ東部――キコニア山脈の麓。
報酬一体につき3銀貨か……確かに中々良さそうだ。
「報酬が相場より高めな上、素材の買取もうまくいけば一体10銀貨近く稼げる時もあるんだ」
「この討伐ランクCというのはどの位の強さなんだ?」
「そうだな……私なら一対一であればまず負けることはない。複数を一度に相手するのは危険……というレベルだな」
何となく分かったような、分からないような……
とにかく銀級冒険者でも心してかかる相手であることは確かなようだ。
早速依頼を受注し、俺たちパーティは一路東へ――キコニア山脈の麓へと向かうのだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
麓の村までは馬車で移動するのだが、王都ラートソルを離れるにつれ徐々に道の状況が悪くなり、振動が段々と腰に響くようになってきた。
馬車といっても日本にいたような馬ではなく、サラブレッドの二倍はあろうかという大きさの筋骨隆々な馬が引いているのである。
これが結構なスピードで悪路をガンガン進んでいくため、シートベルトのない馬車内部は筆舌に尽くしがたい状況になっている。
馬車に激しく揺られつつ進むこと4日――
俺たちは山脈の麓にある王国最東端の村へ到着する。
今日はここで一泊し、明日の朝討伐に出発だ。
宿の主人は冒険者が依頼を受けてくれたことを大層喜んでいるようで、食事付きで30銅貨に負けてくれた。
この辺境に来たがる冒険者はあまりおらず、財政的にも報酬の上乗せには限界があるのだと言う。
夕食後、村長までやってきて感謝の意を伝えて去っていった。
「田舎に来るとこんな感じなんだな」
村長を見送った後、部屋に戻りながらつぶやく。
「そうだな、どこも同じようなものだ……移動の時間でどうしても無駄が発生するから冒険者たちも割に合わないと敬遠する傾向がある。冒険者である以上、損得勘定で動くのは仕方ないことだからな……」
「――だからあえてこの依頼を受けたんだな?」
「べ……別に私は奉仕活動がしたいわけではないぞ!」
アイラは少し照れたように大きな声を出す。
「分かってるさ。それだけ放置された依頼だからこそ旨味があるんだろう?――定期的に討伐されなければ魔物は増える。まとめて狩れば大量の報酬を手に入れるチャンスってわけだ」
「――村人のためにもなるし俺らの懐も温かい。さすがアイラだな!」
「そ、その分依頼の危険度は増すんだぞ!心して掛からないとな……」
そう言って、ふいっと後ろを向いてしまう。
……耳が赤くなってるぞ。
明かりを消し、窓に差し込む月明かりを眺めながら静かに目を閉じる。
――と、そこへアイラがこちらのベッドへ入ってきた。
「何だ、寝られなくなったのか?」
「明日は本当に危険な目に合うかもしれない。危なかったらすぐ退却するんだぞ……約束だ」
「ああ、分かってるさ――絶対に無事に帰ってこよう」
そう言って優しくアイラの頭をなでる――
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――翌朝、日が昇る前にアースリザードが棲息する場所へ出発する。
1時間ほど岩だらけの大地を進むと、目的地が徐々に見えてきた――
そこは大きな窪地のような地形で、人の背丈より高い大岩がゴロゴロしており足場の悪い斜面が続いている。
地面には所々穴が空いており、存在感知を使って調べると地下で繋がっていることが分かった。
――中にはアースリザードとみられる存在も多数いるようだ。
「地表にいる分で10体以上、地中にも10体以上いる――とりあえず浮いた個体から確実に仕留めよう」
アイラは軽く頷き、岩陰にいる1体を指さす。
「確かにあいつが丁度よさそうだな……魔法は“やかましい”から俺は近接で仕留める。アイラは初撃と援護を頼む」
そう言って俺は気配を消して歩き出し、音もなく獲物との距離を詰めていく。
隠密スキルは非常に優秀で、魔物達の警戒網さえ潜り抜けることができる。
まだ使いこなしていないため完全に気配を断つことはできないが、それでも十分な効果を発揮してくれるのだ。
獲物から15m程まで来たところで検索を行う。
――よし、特に特殊な能力は持っていないから問題ないな。
俺が位置に着くと、アイラは魔力を練り上げ左手に弓を、右手に矢をそれぞれ形作る。
――思わず見とれてしまう程、滑らかで洗練された動作だ。
《
微かに魔力が碧色を帯びたその瞬間――風属性の魔弓が3本同時に放たれる。
矢は凄まじい速度でリザード目掛けて突き進み、一瞬で両目と眉間を深く射貫いた。
突然の激痛に大きくのけ反るように頭を持ち上げたその時――
俺は脚に渾身の力を込めて大地を蹴る。
矢にも負けない速度でリザードに近づき喉笛を切り裂くと、リザードは苦悶の声を出す間もなく事切れた。
魔力で拡張したナイフの刀身は、重さが変わらないため振り抜く速度がほぼ落ちることがなく、身体強化による高速移動と非常に相性が良いのだ。
アイラに向けて親指を立て、次の獲物へ行こうと〈念話〉で合図する。
――ちなみにこの念話ができる便利アイテムは、王都ラートソルの露店で買ったものだ。
二つで一対のイヤリングタイプで、付けた者同士魔力を込めて念じるだけで会話ができる。
俺たちが買ったものは安物で100m以上離れると通話できなくなるが、今回のような二手に分かれた作戦においては抜群の効果を発揮するのだ。
その後もふたりで連携しながら順調に2体、3体と仕留めていく。
初めての連携だったが、イヤリングのおかげもあってか思いのほかいい感じだ……!
地上に残っているのが残り4体になった時、リザードが雄たけびを上げて一斉にこちらへ向かってきた。
どうやら気づかれたようだが、ここまで減らせれば上出来だ。
俺は囲まれたり逃げ道を塞がれないように落ち着いて相手の動線を誘導する。
その間にアイラの魔弓が一体を仕留め、残り3体となった。
「3体が直線上に並んでるな――よし!!」
この好機を逃すまいと、俺はすぐさま最近会得した風魔法を発動する。
《
風属性の初級魔法だが、大きな魔力を込めれば威力もケタ違いになる。
魔力を大量に載せた巨大な風の刃は、地面を削りながら一直線にアースリザードへ突き進み、瞬く間に3体のリザードを両断した。
「これで地上は殲滅した! 次は“モグラ叩き”といこ――」
地中のリザードを倒そうと足を踏み出したその時――
半径200m程に広げていた存在感知が“上空に”4つの反応を捉えた。
「何だ――!?」
直ちに上空から来る存在に集中し、その正体を探る。
あれは……確かギルドの依頼紙に書いてあった――
「ワイバーンだ!ワイバーンが4体来てる! 気を付けろアイラ!」
何だってこんなタイミングで……!
リザードの血の匂いに引き寄せられたのか?
いずれにせよ運が悪い。
すぐにアイラと合流し、上空からの攻撃に備える。
アイラによると、ワイバーンは爪による攻撃に加え魔法攻撃もしてくるらしい。
「ここにシールドを張るからワイバーンへの攻撃は任せる! 俺はリザードを叩く!!」
言うや否や――これまた覚えたてのシールド魔法を唱え、今できる最硬度の魔法障壁を展開する。
このシールドは内側から触れるものには干渉せず、外からの攻撃だけを防ぐことができる優れものである。
「了解した! こっちは任せろ!」
アイラがワイバーンに向けて弓を構えると、それと時を同じくして地面の穴から次々にアースリザードが這い出してきた。
まるで上空の襲撃者と呼応するようにこちらへ向かってくる――
俺は迎撃すべく生命力を練り上げて体にみなぎらせ、存在感知でリザードの動きを把握――
モグラ叩きの要領で、出てくる端から喉笛を掻き切っていき、それでも間に合わないものは《風刃》で両断していった。
魔力の出し惜しみはしていられない……! 絶対にアイラの方には行かせない!
「こ、これほどの強さを持っていたのか!?――銀級どころではない……金級に匹敵するぞこれは……!」
この様子を見たアイラは戦慄し、驚きの声を上げる。
「私も、負けていられないな!」
そうつぶやくと、アイラの周囲で高密度の魔力が渦巻いていく――
「シールドのお陰で時間が稼げた……食らえっ!
上級魔法―《
左手で土属性、右手で風属性の魔力を練り上げ魔法陣へ流し込む。
二つの魔力を取り込んだ魔法陣は、渦を巻く強力な“いかずち”を放出し、轟音一閃――ワイバーンへと突き刺さった。
その威力は凄まじく、3体のワイバーンが即死して地面へ落下してしまう程であった。
残る一体は若干距離をとっていたため即死は免れたが、息も絶え絶えで飛行すら困難な状態になっている。
高度を維持できなくなったワイバーンは、そのまま高度を落とし爪による攻撃に移行する。
アイラが咄嗟に剣を抜いて構えようとしたその時――
上空を見つめるアイラの瞳には、巨大な三日月状の刃が急降下するワイバーンの首を断ち切る光景が映っていた――
着地を綺麗に決めた後、あっけにとられるアイラの元へ近づくと、俺の姿を見てニコリと笑みを浮かべる。
「人は、あんなに高く跳べるのだな……!」
「ふっ……そういうアイラこそ! 何だよあのとんでもない魔法は!ワイバーンが丸焦げになってるぞ!?」
そばでプスプスと焦げ臭い煙を出しながら横たわるワイバーンを指さして、同じく笑みを浮かべる。
二人は見つめ合いながらお互いの無事を心から喜び、勝利を祝うように抱擁を交わした。
「いやあ久々に暴れまわった気がする……こんなに動き回ったのは大迷宮以来だ!」
そんな軽口を叩きながら、俺はぐるりと周囲を見回す――
大量のアースリザードとワイバーンの亡骸が転がっている様は、何かの掃討作戦でもあったのかと疑いたくなるような光景だ。
「……さあ、日が暮れる前に急いで解体しよう。数が多いから二手に分かれて取り掛かった方がよさそうだな」
「了解した、索敵は俺に任せてくれ! さっさと終わらせて美味しい夕飯を食べよう」
――と意気込んで作業を開始したものの、結局解体に3時間以上かかってしまい、村に戻る頃には夜になっていた。
解体でベトベトになった体を浴場で綺麗にし、夕飯にありつく。
村長からはお礼として地酒をプレゼントされ、宿屋の主人からは食べきれない程の料理を出してもらった。
最終的には村長も宿屋の主人も入り乱れての大宴会――
楽しい夜が更けていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます