第27話 情動の魔眼
翌朝、目を覚ますと まだ辺りは薄暗かった。
大迷宮での暮らしが長かったため、いまだに長い時間寝ることができないのが辛いところだ――
隣を見るとアイラがすやすやと寝息を立てている。
こうして見ると年相応な感じだな……
感情を読み取る魔眼――
人の感情に囲まれた世界とは、一体どんな世界なのだろう。
彼女のことを理解するには、同じ目線で世界を見る必要があるのではないか……
意を決したように頷き、アイラの額にそっと手を当て〈鑑定〉を発動する。
表示された画面から〈情動の魔眼〉を検索してみると、久々にズシンとした衝撃と共に、頭痛と眩暈が襲い掛かる。
以前検索した隠密スキルの倍ほどもあろうかという重い反動だ……!
しばらくして反動が収まってきたのを見計らい、さっそく自身に鑑定を行いスキルを確認してみる。
――スキル欄には確かに〈情動の魔眼〉の表記が追加されているが、文字が灰色に“グレーアウト”しているではないか。
「なぜだ……? 取得できるスキルとそうでないものがあるのか?」
もう一度検索するにしても、脳の負担を考えると試せるのはあと1、2回程度だろう。
とりあえずまずは原因を考えてみよう――
取得できない種類のスキルが存在する……
もしくは“魂の核”にセットできるスキルの数に上限がある……はたまた容量があるとか……?
もしスキル数や容量の問題であれば、以前自分に取り込んだスキルを外さなくてはならない。
そんなことができるのだろうか……
鑑定画面に目をやり、〈隠密〉スキルの情報を思い浮かべる――
ともしびを“オフ”にするイメージで文字を横になぞると、見事にスキル名が“グレーアウト”したではないか。
おお!これはすごい……外すことも自在にできるのか!
なら今度はどうだ……?
魔眼の文字をなぞりながら、ともしびを“オン”にするイメージを浮かべると、スキル名が通常の白色表記になった。
――よし、今度はうまくいったぞ!
やはりセットできるスキルには何らかの上限や制約があるようだ。
まあ普通に考えればそうだよな。
何でもかんでも盛れたらそれこそチート過ぎる。
――もちろん、今でも十分チートではあるが……
などと考えていると、視界に入ってくる感覚が変化していく――
これが〈情動の魔眼〉……?
試しにアイラに目をやるが、特に何も感じない。
そりゃそうか……夢を見ているならまだしも、ふつう寝ていれば感情も何もないよな。
それならと思い立ち、洗面所で顔を洗い外へ出てみる。
まだ早朝のため人はまばらだが、いきなり人ごみに出てしまったらどうなるか分からないので、これはこれで丁度良い。
そのまま街中を闊歩していると、人の姿が見えてきた。
「――なるほど、こういう景色になるわけか」
目の前にいる中年の男性は荷物を忙しそうに店の中へ搬入している。
普通に見ればただ忙しそうに働いているだけに見えるが、魔眼を通して視ると様子が変わってくる。
どうやら時間に追われているのか、焦りや苛立ちの感情に満ちているようだ……
ドロドロとした不快な感覚やキリキリと締め付けられるような感覚が入ってきて、こちらの気分まで逆立ってくるような感覚に陥ってしまう――
そういえばアイラは感情を“読む”というよりは“感じる”と言っていた。
あれはこういうことだったのか……これは、思った以上にきついな――
その後しばらく色々な感情に触れたが、大小の差はあれどまさかの全員から負の感情が流れ込んでくる結果となってしまった。
少し出歩いただけで“これ”だ……! アイラは一体どれほどのストレスをその身に受けてきたんだろう……
俺はすっかり“げんなり”してしまったため、一旦宿へ戻る。
とりあえず気分を変えるため、もう一度顔を洗おうと洗面所へ行くと、ふと鏡に映った自分と目が合う。
――両目はまるでルビーのように深い赤みを帯びていた。
その直後、不思議な感覚が流れ込んでくる。
真っ暗な闇の中に“ともしび”がゆらめいているような不思議なイメージだ。
一瞬アーカーシャにアクセスしたのかと思ったが、そうではないようだ。
その“ともしび”からは、春の陽光を浴びながら並木道を散歩しているような、爽やかでほんのり暖かい感覚が流れ込んでくる――
これが……自分の感情?
いや、どちらかといえば心象風景といった方が近いかもしれない……
何で自分だけこんなものが視えるんだ……!?
アイラが一目見た瞬間から気になったと言っていた理由が分かった。
一体どうなっているんだ俺の“感情”は……
困惑しながら寝室に戻ると、アイラがベッドから上半身を起こしてこちらを見ていた。
眠そうに目をこすりながら、おはようとつぶやく。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「ん、ちょっと寝すぎてしまったかな……今日は朝一でギルドに行かないといけないのに――って、どうしたんだ!その目!!」
しまった、まだ戻していなかった。
……まあ今更隠しても仕方ない、全て話そう。
俺はアイラの見ている世界を見てみたくて、情動の魔眼を自身に付けてみたことを白状する。
「スキルを付け替えるだと!? そんな……ことができるのか!?」
信じられないという表情で目を丸くするアイラだったが、すぐに悲しげな表情に変わり、俺を労わるように小さめな声で呟く。
「馬鹿なことを……気分がいいものではなかっただろう?」
「そうだな……アイラの言う通り、世界は負の感情で満ちているのかもしれないな――」
そう言うと、再び魔眼スキルを外して隠密スキルへ付け替える。
瞳の色が元に戻り、どこか気配が空ろになっていく――
「本当にすごいな。スキルは神が与えた恩寵と言われているんだぞ? それを自由に付け替えることができるなんて聞いたことがない」
アイラはため息をつきながらブツブツ言っている。
「それを言ったらそもそもアーカーシャへ接続できる時点ですでに規格外だな」
と笑ってごまかすが、アイラはあきれ顔だ。
「なあ、アイラ……さっきこの力を試している時に思ったんだけど――
もしかしたら……その魔眼を外すことだってできるかもしれない。アイラが望むなら試してみようか?」
10秒ほどの沈黙の後――アイラは静かに口を開く。
「いや、今はやめておこう。この眼は父から受け継いだものなんだ。――それに、私はユウガの感情をもっと見ていたいのでな!」
この世界にはびこる負の感情……
何とかして彼女の心を守りたい――そう強く思った。
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