第25話 たき火と星空
すっかり空は暗くなり――
たき火を囲みながらパンとウサギの肉を頬張り……スープをすする。
まさに至福……その一言に尽きる。
我ながら完璧な肉の火入れ具合だ……!
骨は濃厚なダシを取ることができ、内臓も洗ってからすりつぶしてつみれ状に固めればあっという間にスープが完成するのだ。
本当にどこも無駄にするところがない。
「こんな場所でこれほど満足な夕飯が食べられるとは思わなかった……」
アイラスが顔の前で両手でマグカップを持ちながら、うっとりとした様子で満足そうにつぶやく。
「ありがとう、ユウガ」
たき火の加減だろうか……
先程まで子供のように料理を頬張っていたのが嘘のように、しおらしく艶っぽい表情だ――
俺は思わずたき火の方へ目を逸らしながら、適当に右手を挙げて応える。
食器類を軽く洗ってから収納バッグにしまっていると、それを見たアイラスが傍にやって来て、バッグをまじまじと見ながら俺に声を掛ける。
「次元収納バッグか、良いものを持っているな。比較的数の多い
「――大迷宮で手に入れたんだ」
何気なく答えると、思わぬ反応が返ってきた。
「何だって!? ユウガ、君はカルヴァドス大迷宮でそれを手に入れたと言ったのか?」
ああ、そういうことか――しまったな。
何となくダンジョンと“大迷宮”を同じような意味で区別なく使っていたが、この世界ではあの暗闇の洞窟を指す単語だったようだ。
ここは普通にダンジョンと言っておくべきだった……
俺は少し考えて、アイラスに打ち明けることを決めた。
なぜだろう――この吸い込まれるような美しい碧色の眼を見ていると、アイラスに嘘をついたり、隠し事をする事にとても抵抗があるのだ。
何より、親友たちと離れて以来、自分がため込んできた思いや感情を吐き出すことがなかったため、色々と限界になっていた。
「今日会ったばかりのアイラスに、こんなことを話すのは変かも知れないけど……聞いてほしい」
俺は、アイラスに全てを話した。
アレナリア王国の勇者召喚によって日本という国から召喚されたこと、
闇の刻印を持っていたため、王の命令でカルヴァドス大迷宮へ“廃棄”されたこと
黒龍との出会い、死の間際で引き起こした魔力災害、輪廻の指輪による復活
そしてアーカーシャ、“ともしび”との接触――
黒龍との別れ、壮絶な暗闇の洞窟生活……
俺は休むことなく一気に話し終える――その頃にはすでに真夜中になっていた。
アイラスは時折り驚愕の表情を浮かべることはあったが、静かに……穏やかな眼差しを向けながら全て聞いてくれた。
「まだ、頭の整理がついていないが……」
慎重に言葉を選ぶようにつぶやくアイラス――
「これだけは言える……」
「――っ?!」
アイラスはゆっくりとこちらに近づき、そっと俺を抱きしめた。
一瞬、驚きで体がこわばったが、少しづつ力が抜けていくのを感じる――
何だかいい匂いがする……懐かしい感じだ……
「もう大丈夫。もうユウガは自由なんだ……!
恨みや憎しみの感情に囚われてはいけない……!」
淡々と事実だけを話していたつもりだったが……
どうしてだろう、アイラスは俺の心の底を見透かすかのような言葉をかけてきた。
全てを話して気持ちが緩んでいたせいか、アイラスの体温を……久しぶりの人の温もりを感じたからか、それとも俺がずっと思い悩んでいた感情を言い当てられたからか――
今までずっと抑えていたものが一気に溢れ出してくる。
「でも……殺されたんだ……二度も――!」
拳を握り、肺から息を絞り出すようにして声を発する。
「あの身勝手な王たち……理不尽に俺から色々なものを奪っていったんだ! あいつらだけは絶対に許せない……!」
ずっと抑えつけていた……忘れようとしていた怒りが堰を切ったようにあふれ出す――
煮えたぎるような激しい感情が込み上げ、体が震え、目から涙がこぼれ落ちた。
「本当に怖かった、不安だった……寂しかった――!」
アイラスはそんな俺を静かに、先程より力強く抱きしめてくれた。
洞窟を包む静寂――
アイラスは俺の感情が落ち着いた頃を見計らって腕をほどき、今度は俺の肩に両手を置いて真っ直ぐこちらを見つめる。
「私も、一緒に行く……! ユウガの旅に同行させてほしい」
予想していなかった言葉に、驚いてアイラスの目を見つめ返す。
木漏れ日が差した新緑のような、透き通った碧色の瞳――
今はなぜか……左目がルビーのように紅く染まっている。
先程までとは雰囲気が変わったアイラスを見つめながら、俺は次の言葉を待った。
「私の方こそ、今日会ったばかりでこんなことを言うのは変なんだが……」
再び言葉を選ぶように少し間を置く。
「初めて見た瞬間からずっと気になっていたんだ」
気になっていた……?――それは、どういうことだろう
“そういう風”に受け取ってしまっていいのか――!?
「何が気になるのか分からなくてモヤモヤしていたが、ユウガの話を聞いているうちに理解した」
心臓が外へ出たそうにドンドンと音を立てている……
一体何を話すつもりだろうか――期待と不安が入り混じり動揺する俺をよそに、アイラスは口元に少し笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ユウガ――君は本当に……不思議な人間だ。こんなにも……暖かい心を持った者を私は見たことがない」
言葉を手繰り寄せ、一言一言を紡ぐように話を続けるアイラス。
「――計り知れない不安や恐怖、怒りを心に宿しながら……それでもユウガは、この世界を愛している。私にはそれがとても印象的なんだ」
愛している……?
突拍子もないフレーズに、浮ついていた気持ちが困惑へ転じてしまう――
アイラスの真意が読めず少し困惑した表情を返すと、アイラスは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「すまない……いきなり何を言うんだと思っただろうな。――まずは“これ”について説明するのが先だった」
そう言ってアイラスはこちらに少し顔を近づける。
「私の目を見てくれ……左目だけ紅くなっているだろう?」
改めてアイラスの目を見てみると、確かに左目だけ紅くなっている。
たき火の揺らめきに合わせ、柔らかな光が瞳の中で美しく輝いている――
「これは〈情動の魔眼〉というんだ。私はエルフの母と、魔眼持ちの人間の父との間に生まれたハーフでな……この魔眼は父譲りというわけだ。――形見とも言えるが……」
なるほど、美しい顔立ちだとは思っていたがエルフとのハーフだったのか……
俺が最初にアイラスを見た時にエルフをイメージしたのは間違っていなかったようだ。
「この世界では、一部の国を除いて種族を跨いだ結婚は認められていない。左右で色が違うこの目は異なる種族を親に持つ証であり、侮蔑の対象なんだ……だから普段は隠蔽魔法で魔眼を隠して過ごしている」
アイラスはそう言うと少し寂しそうな顔をする。
「この魔眼は相手の感情を読むことができる。読む、というより何となく感じるといった感覚なんだが――どうにも……人の感情というものは私にとって重くてな」
「感情が読めるなんて……何だか気が休まらなそうな力だな。――それに、ハーフに対してそんな差別があるなんて知らなかった」
「ああ。皆が皆そうではないが、世界には負の感情が溢れかえっている……幼い頃からそういう感情に触れてきて、私は少し疲れてしまった」
「ソロで冒険をしているのは、人の感情に……必要以上に触れないためか?」
アイラスは俺の問いかけに静かに頷く。
「でもユウガ、君は違った……! ユウガの感情を見た時、私にも“ともしび”が見えたんだ……!暖かくて……穏やかな光が――」
たき火に照らされたアイラスの目は、少し潤んでいるように見える。
「あんなに心が落ち着く光は見たことがない。私にとって人の心は“毒”に等しかったのに――まるで私の心にも温かい“ともしび”が灯ったようだった! 初めて……もっと見ていたい、触れていたいと思ったんだ……!」
人の感情が視える世界……俺には想像もつかないが、どれほど見たくないものを見せられ、傷ついてきたんだろう。
俺がいた世界だって多くの人間が欲に振り回され、日々数えきれないほどの過ちが繰り返されていた。
怒りや憎しみ、恨みや嫉み……悲しみや苦しみといった感情はこの世界にだって
きっとアイラスもまた、生まれ持った運命に翻弄されながらも必死で抗う一人なんだ。
そして……恐らく“彼女も”――
「アイラスはどうして冒険者になったんだ? 人と全く関わらない生き方だってあったんだろう……?」
「――そうだな、結局……“私も”この世界が好きなんだと思う。 この大陸には山ほどの美しい景色があって、冒険をしていると私の“ちっぽけな悩み”など吹き飛んでいくんだ。――ユウガはどうなんだ……?」
「さっきは世界を愛していると言われて驚いたけど、思い返してみれば――大迷宮から脱出して初めて見た……あの鮮やかな色彩に満ちた景色が忘れられないんだ。
それまで日本に帰りたいとばかり思っていたのに、いつの間にかこの世界をもっと見たい、この世界で生きてみたいと思うようになっていた――」
「ふふっ……何だか私たちは似た者同士だな。私とユウガで冒険をしたら、きっとお互い良い刺激になると思うぞ?――それに、ユウガにこの世界のことを色々と教えてやれるわけだから、ユウガにとっても悪い話ではないはずだ!」
確かに俺たちは似ているのかもしれない――
アイラスが俺の内に宿る“ともしび”に惹かれたように、俺も彼女という存在が放つ眩しいほどの光に惹かれている。
一緒にいることでお互いがお互いの心の傷を癒し、ふたりの知識と経験を掛け合わせて相乗効果を発揮できるのではないか……
「ははっ、それじゃあ是非お願いしようかな!――何だか楽しい冒険になりそうだ……!」
大げさかもしれないが……
俺はこの瞬間――この
世界がどんなに負の感情で溢れていたとしても、自分の中にどれほどの怒りが渦を巻いていたとしても、それを蹴散らしてアイラスの笑顔を見ていたい――
そんな感情を読まれたのだろうか……
アイラスは少し照れたようににっこりと笑い、そのまま顔を近づけそっと唇を重ねる――
黒く染まった森の上には、無数の星が瞬いていた――
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