第4章
第24話 森の兎と洞窟
フーシャ村を出てから5日
馬車がすれ違うのがやっとの整備されていない道を、今日もひたすら南へ進み続ける。
あれから少し時間が経って、俺は改めて自分のしたことを振り返る――
亡くなった者を一時的とはいえ“呼び戻した”のだ。
自分ごときが人の生き死にの
この世界にどのような倫理感があるか分からないが、迂闊にこの力を振りまいてはならないことだけははっきりしている。
ただ、その一方でもっと上手くできたのでは……という思いも残っている。
魔力の器と魂の定着が安定せず、結果数時間しかもたなかった。
もっと精巧な魔力の器を作れたら結果は違っていたのだろうか、魔力制御に長けた優秀な魔法使いなら霊体の維持時間は伸びるのだろうか――
そんな考えばかりが頭を巡る。
自らに理不尽が死が訪れたとして――
誰かに想いを伝えたい、生きた証を繋ぎたいと願うことは決しておかしなことではないだろう。
黒龍だって悪霊化のリスクを負ってまで霊体として留まったのは、自らを打ち倒した人間に何かを伝えたかったのかもしれない。
死者の想いを残された者達につなぐこと……
非難する者はいるだろうが、必要とする人々もいるはずだ。
“その時”に備えて、もっとこの力を磨こうと決意するのであった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
――今更だが、この森は広い。
すでにあれから2週間は歩いているが、鬱蒼と生い茂る密林は一向に途切れる気配がない。
ロクステラへはほぼ一本道のため迷うことはないが、ひとたびこのルートを外れてしまえば立ちどころに方角すら分からなくなるだろう……
それにしても、こんな危険な森の奥へ獣人達を追いやった帝国とはどのような連中なのだろうか。
前に商人のウィラムさんに大陸の地図を見せてもらったが、信征や幸司たちがいるアレナリア王国へ辿り着くにはガルフ帝国の領内を通り抜ける必要がある。
つまりはいずれ対峙する避けては通れない存在なのである。
そもそも周辺の国と戦争をしているのだから正規のルートでは通行自体できないかもしれない。
そのあたりもロクステラ王国で情報収集しておかないとな……
基本的にひたすら歩くだけの道中だが、森の中だけあって様々な恵みの宝庫である。
薬草類はもちろん、木の実や食用の魔物も多く存在しているのだ。
中でも――
今朝見つけたこの〈パンデオン・ラビット〉は別格だ……!
侮るなかれ、このウサギはただのウサギではない。
死後に白く変化する美しい毛皮は、富裕層を中心に人気らしく高価で取引されるのだが……何といっても肉が絶品なのである!
アナナスでとある食堂が偶然仕入れたものを一度食べたことがあるが、野生動物特有の臭みやクセがなく、熟成肉のような濃厚な旨味が凝縮されていた。
弾けるようなプリっとした弾力を持ちつつも、肉の繊維がきめ細かく噛めば噛むほど旨味が繊細に……ほどけるように広がるのである。
市場に出回るのは非常に稀で、内臓や骨まで高値で取引される。
動きが素早く警戒心が非常に高いため、中・遠距離からの弓攻撃で仕留めるのが定石なのだが、そもそも見つけること自体が難しいため、出会えたらラッキーな存在だ。
――考えただけでもよだれが出てしまう……!
そういうわけで、今日は少し早めにキャンプすることにした。
丁度日が陰り始める頃、タイミングよく道から300m位離れた所に良さげな洞窟があるのを感知した。
――洞窟内には一つの生体反応がある。
恐らく大きさからしてホブゴブリンか何かだろう。
サクッと倒して早めに夕飯の準備をしよう。
パンデオン・ラビットのローストを作るにはそれなりの時間が必要だ――
そんなことを考えながら足早に洞窟へ向かう。
――完全に油断していた。
食欲に気を取られ、俺は洞窟内の存在に対する警戒を完全に怠ってしまっていた。
大迷宮ほどではないにしろ、多くの魔物が跋扈する危険地域である。
例えはぐれの魔物1体だったとしても、何が潜んでいるか分からないのだ。
致命的ともいえる油断により、俺は深く後悔することとなる。
詳細感知を怠り、うっかり入ってしまった洞窟の中には――
……裸の女がいた。
白くすらっと伸びた脚の下には防具が置いてあり、手には濡れた布を持っている。
どうやら体を拭いていたようだ――
「……は?」「えっ……?」
目を見つめ合ったまま数秒の沈黙――
「きゃああ!」
女の短い悲鳴に慌てて後ろを向き洞窟を出る。
「す、すみません!! まさかこんな場所に人がいるなんて思ってなくて……!」
思わずそんな“取って付けたような”言い訳が口をついて出てくる。
確かに“人”だとは思っていなかったが、“何か”いることは気づいていた。
くそ……いつもなら洞窟が視界に入った段階で詳細感知に切り替えるってのに……!
情けないことに夕飯のことで頭が一杯になっていた。
「い、いや こちらこそ悪かった……誰も来ないだろうと油断していた。――ちょっと待っていてくれないか」
……意外にもその場で“断罪”というわけではなかった。
それどころか待っていてくれだなんて――
怒っているわけではないのだろうか……?
「――すまない、もういいぞ」
中から声がしたので再び洞窟内に歩み入る。
「本当に申し訳なかった……お許しください」
正直まだ心臓がバクバク言っているが、平静を装って謝罪する。
「いや、こちらも警戒が甘かった」
その女性は髪の毛を直しながら事も無げに言う。
「だが油断していたとはいえ、洞窟に入ってくるまで気配に気づかなかったのは驚いたな……相当な実力者とお見受けする」
やはり怒っているわけではないようだ。
ホッとしつつ改めて女性の姿を観察する。
金属の防具を付けているにも関わらずスマートな立ち姿だ。
短めに整えられた金色の髪に、
ふっくらとした赤みを帯びた唇は――やさしく笑みを浮かべている。
耳こそ尖っていはいないが、まるでエルフのようなイメージの美しい女性だ。
思わず見とれてしまうも、慌てて我にかえって女性の声に答える。
「気配を消して歩く癖がついているんです。実力の方はまだまだで、色々と修行中といったところ……です」
「ふっ 実力はまだまだ、か……私も一応これで銀級冒険者なのだがな。立つ瀬がないとはこのことだ」
女性は銀色のプレートを見せながらほんの少しむくれた表情をする。
「――ああ、それと私に敬語は使わなくていいぞ。見たところ君も冒険者だろう? 冒険者同士気を遣う必要はないさ」
「……分かった、そうさせてもらうよ」
「まだ名乗っていなかったな……私はアイラス=マティーニ。エール王国の出身で、ソロで冒険者をしている」
アイラス――名前まで美しい響きだな
しかし女性でソロ冒険者とは驚きだ。
失礼とは思いながら念のため鑑定をしたが、偽名ではなかった。
==========================================
アイラス=マティーニ
職業:騎士
スキル:身体強化(小)、状態異常耐性(小)、
感覚強化(中)、情動の魔眼
==========================================
さすが銀級冒険者、スキルを4つ持っていてその内一つが魔眼とは!
それと〈感覚強化〉スキルか……
恐らくこれを持っていたから俺が気付かれずに洞窟へ入って来たことに驚いたのだろう。
――この前手に入れた〈隠密〉スキルが影響しているに違いない。
「俺はユウガ=スオウ。この間登録したばかりの鉄級冒険者だ。こちらこそよろしく」
階級を聞いたアイラスは目を丸くして驚いた様子を見せる。
「鉄級? この間登録したばかり……?」
信じられないといった様子だったため、冒険者プレートを見せて嘘ではないことを説明する。
「あ、ああ……ずっとどこかで修行していて、冒険者登録したのがつい最近ということか、それはそうだな……!」
などと呟きながら一人納得している。
「君……ユウガはどこの国の出身なんだ?」
今まで適当に別大陸から来たと言ってごまかしていたが、いい加減嘘をつき続けるのも抵抗がある。どう答えるべきか……
「訳あり……ということか。無理に話す必要はないさ。――ユウガのことは信用しているよ」
「さっき会ったばかりの俺を信じてくれるのか?――そこまでのことをした覚えはないし、どちらかというと、むしろ……見てしまったわけだし……」
後半はほとんどゴニョゴニョ言っているだけの状態だったが、アイラスは察したようで、目を逸らして僅かに顔を赤らめている。
平静を装っていたのは向こうも同じか。
やはり全く気にしていなかったわけではなかったんだな……
「べ、べつに あれは事故のようなものだ……! 君が悪者だったら私はあそこで襲われていたか、殺されて身ぐるみ剥がされて持っていかれる可能性だってあった」
「……もうすでに剥がされた状態だったような――」
「もうそれはいい! 忘れてくれ!!」
ついそんな揚げ足取りをしてしまうと、アイラスは何かをかき消すように右手をぶんぶん振り、耳を赤くしながらジトーっとした目でこちらを見てくる。
その様子が何だか微笑ましくて、俺は思わず笑ってしまった。
「な、なにがおかしい! 笑うなぁ! とにかく、私はユウガのことは信用できると思っているんだ!」
「ありがとう。俺もアイラスを信じる。その証……というわけではないけど、夕飯をおごらせてもらうよ」
そう言って収納バッグから例のウサギを取り出す。
「そ……それは!パンデオン・ラビットじゃないか! ユウガが捕まえたのか!?」
やはりこのウサギのことは知っている様子だ。
どことなく興奮した様子で聞いてくる。
「ああ、たまたま感知に引っ掛かったんだ。遠距離攻撃手段が少ないからギリギリまで近づくのに苦労したよ」
「やはり実力は本物だな――」
アイラスは感心したようにつぶやく。
「私は魔法弓を得意とするが、それでも一度も仕留めたことはない……こんな珍しいものを振舞ってもらえるとは…… 感謝する!」
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