第23話 別れと旅立ち

しばらくすると近所の獣人たちが家に集まってきて、リビングで何やら相談が始まる。漏れ聞こえてくる声から、これからセラさんの“別れの儀”の準備が始まることが分かった。



ぼーっとする頭の中で、日本での仕事中の一幕を思い出す。


俺がいた地方では“隣組となりぐみ”という近所同士の繋がりがあり、誰かの家で不幸があると隣組のメンバーが集合して葬儀までの諸々の段取りを話し合うのだ。

今でこそ葬儀屋が入ってスムーズに事を進めるようになったが、何十年か前までは隣組を中心に近所総出で葬儀の準備をしたそうだ。



――しばらく上の空で昔のことを考えていると、いつの間にか打合せが終わったらしく、リビングではすでに“別れの儀”の準備が始まっていた。


皆で協力しながら慌ただしく進んでいくこの光景は、日本の原風景の一つなのかもしれない――

故郷が懐かしくなると共に、今自分ができることをしなければという強い思いが湧き上がってくるのを感じる。



日本にいた時、俺は滞りなく仕事を完遂することだけを考えていた。

当然遺族にとっては一度きりの葬儀だ……ミスや失敗は許されない。

故人の“物語”や“生きた証”に触れることでご遺族の想いに少しでも寄り添おうとしていた。



だが――それだけでは足りない。


今の自分ならもっと別のことができるはずだ……!

俺は、俺なりに二人に何かしてあげたい。


そんな思いが膨らみ、行動を起こそうと決意するのだった。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


セラさんの身体が運び出され、リビングに設けられた簡易的な祭壇の前に安置される。今夜近所の人が集まって、セラさんを“主賓”に皆で夕食を共にするのだという。

故人を賑やかに送り出す儀式の一環だそうだ。



その準備が進む中、俺は寝室でぼーっと佇むセラさんの魂を見つめていた。

――ほんの少しずつだが、存在が弱まっているように感じる。


黒龍は同じように死を経て魂となったが、生きている時と同じように話したり活動することができていた。


今目の前にいるセラさんは、意識というものが抜け落ちた……文字通り抜け殻のようになっている。


両者は何が違うのだろうか――


黒龍は魂と魔力の存在〈霊体〉だと言っていた。

魔力で疑似的に魂を宿す器を作っていたとも言っていた……



俺は黒龍の話と今起きている現象を総合して、魂は器である肉体と繋がっていないと意識を保てないのだと結論づけた。


肉体が活動を停止すると魂が分離し、意識が失われる……

とすれば、魔力で疑似的な肉体を作れば、再び意識を取り戻すのではないか?


早速、人間位の大きさの魔力のかたまりを作り、少しでもセラさんの形に見えるように成形して近づけてみる。


――が何も変化は起きない。


当たり前か―― 

もう記憶や意識が抜け落ちているのであれば器を作っても意味はない。

もっと根本的な部分で理解が足りていないんだ……!




焦る俺に後ろから声がする。


「ユウガさん? ここで何してるの?」


声の方へ視線を移すと、フリンが心配そうにこちらを見ていた。


「いや、何でもないよ。何か俺にできることがないかと思って考え事をしていたんだ」


フリンは何か言おうとし、諦めたように首を小さく横に振って俯く。


「どうした? 何か言いたいことがあったら言っていいぞ――?」




「私……お母さんともう一度話したい!もっとお話ししたいことがあるの!

ねえユウガさん、お願い……お母さんと……」


フリンは再び下を向き、泣き崩れてしまう。



「――分かった、何か方法がないか考えてみるよ。……さあ、お母さんの傍にいてあげよう。いっぱい話しけてお母さんに声を聴かせてあげるんだ」


フリンをセラさんの元へ連れていき、俺は寝室に戻って再び思案する。



何かしてやれることはないのか――


魂は見えているのに……

意識さえ戻すことができれば、消えるまでの間に何かを残せるかもしれないんだ。

黒龍が自分にしてくれたように――



肉体が死ぬと魂が分離される。

ならば生きている間にこの二つをつなぎとめている“何か”があるはずだ。


この残された魂にはもう何も残っていないのだろうか。

いや……! 存在している以上、アーカーシャには何らかの痕跡が記録されているはずだ。



そう直感した俺は、すぐさまセラさんの魂に右手を伸ばし〈検索〉を試みる。

膨大な情報を受け取る可能性が高いため、発動はごく一瞬で行う。


――あった! アーカーシャにはセラさんの存在情報が残っていた!

これを魂に定着できれば――!


もっとよく“視る”ため、存在感知をフル出力で発動する。

以前自分の魂を視た時と同様に、限界まで集中する――



すると、生者との明らかな違いがあることに気づく。

胸の部分にある“魂の核”に、“ともしび”が灯っていないのだ。


これまた直感ではあったが、ほぼ確信に近いものを感じていた。

俺はとっさにセラさんの魂に手を触れ、意識を刻印に集中――そのまま静かに目を閉じてアーカーシャへと意識を移す。


真っ暗な視界のまま、吸い込まれるような感覚と共に長いトンネルを通り抜け、やがて足元に地面の感触が伝わってくる。


俺は恐る恐る目を開けると、目の前には――“ともしび”の空間を背景にセラさんが立ち尽くしていた。




――できた! 賭けに近かったが上手くいったぞ……!


再びセラさんに触れながら検索をかけると、遠くから穏やかな光がやって来る。

――“ともしび”は目の前までやって来ると、すうっと吸い込まれるようにセラさんの身体へ入っていった。


淡い黄色い光が球状にパッと広がり、

空ろだったセラさんの目にみるみる光が戻っていく――


すぐに元の場所に戻りセラさんの様子を確認すると、はっきりとこちらを認識して見ている。口を動かし、何か話そうとしているようだ。


魔力で器を形づくり近づけてみると、今度は引き寄せられるように魂と融合していく……


器は精巧に作る必要はないらしい。

周囲から光の粒子を取り込みながら、みるみる仮の肉体を形作っていった。



「私は…… 持ちこたえられなかったのですね」


「はい……俺が帰って来た時にはすでに亡くなっていました……」


「フリンは、フロウは……?」


「今は隣の部屋で近所の方と一緒に別れの儀をしています……会いますか?」


その問いに、視線を落とし考えを巡らせているようだ。

死者である自分が子供たちに接触することに不安があるのかもしれない。


逡巡する様子を見ながら、あることに気付く。

胸の“ともしび”が不安定に揺らめいており、少しづつ弱まっているのだ。


完全に定着できていない……?

それとも霊体の維持が安定していないのか……?

このままでは長くもたない――




時間にして10秒程の沈黙の後――セラさんが口を開く。


「お願いします……二人をここに連れてきていただけますか」


「――分かりました。ただ、この状態は長くもちません。もっと長く留められれば良かったんですが、自分が未熟なために……すみません」


「長い時間でなくても構いません……最後に一言、伝えたかったことがあるんです――」




寝室を出て、リビングにいる兄妹に声を掛ける。


いつの間にか別れの儀の会食が始まっていた。

近所の住人たちが故人を懐かしみ、思い出話を語り合っている。

賑やかに送り出すことが目的のため、皆お酒を飲んだりして務めて明るく振舞い、さながら“宴席”のような雰囲気である。


「ふたりとも、よく聞いてほしい」


“宴席”に似合わぬ真面目な表情に、二人は顔を見合わせる。


「俺は明日ロクステラへ旅立つ。次に顔を出せるのはいつになるか分からない」


フロウは小さくうなずく。


「本当に色々助けていただきました……離れていてもこのご恩は生涯忘れません!」


視線を移すと、フリンは目を潤ませて、こらえるように口を結んでいた。



「俺の方こそ、本当に世話になった。そのお礼と言ってはなんだけど……

ふたりに少しだけ――“夢”を見せてあげようと思うんだ……こっちに来てくれないか」


再び不思議そうな顔をして二人は顔を見合わせる。


「夢……ですか?」


「そう、夢だ――」





寝室に入った兄妹は 一目見るなり膝をついた。


声にならない想いが溢れて 大粒の涙が頬を流れてゆく――


穏やかに 優しく微笑みながら 母は子供たちに語りかける


いつもの―― 今は懐かしい母の声



「おいで、ふたりとも――――」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


朝になり、亡骸を納めた柩が村はずれの広場に移される。――皆に惜しまれつつ、やわらかな陽光に包まれながら静かに荼毘に付されるのだった。



傍らには母の冥福を祈り、炎を見つめる二人の兄妹。

その顔は、もう俯いてはいない。


この二人ならきっと、きっと強く生きていける――



再びこの地を訪れることを楽しみに、俺は南へと歩を進めた。

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