第22話 例の件

今日は一週間ほど滞在したこのアナナスを出発する日だ。

そして、ここに来た日にウィラムさんと約束した“例の件”で落ち合う日でもある。


アナナスの入り口にある検問所へ到着すると、すでにウィラムさんが待っていた。


「お久しぶりですユウガさん、お元気そうで何よりです」


「ウィラムさんこそ、その顔は無事に買付ができたようですね……!」


「ええ、少し出遅れたので心配していましたが今年はかなり豊作でした。 ロクステラは鉱山で栄えた土地ですので森の恵みは貴重なんです。これで来年までは食いっぱぐれることはなくなりましたよ」


そう言って笑うウィラムさん。


「まあ冗談はさておき“例の物”……しっかり手に入りましたよ!」


「本当ですか!? ありがとうございます。自分も毎日市場を探したんですが見つからず焦っていたところだったんです。 本当に助かります……!」


「数も十分確保できました。さあ、こちらをお納めください」


そう言ってウィラムさんは次元収納バッグから次々に布に包まれた物を取り出していく。


包みを手に取り中身を確認すると、中には深い緑色をした植物が入っていた。

――以前フリンの図鑑で見せてもらった〈パンデオン・キュアグラス〉で間違いないようだ。



「確かにパンデオン・キュアグラスのようですね。 こんなに沢山集めていただけるなんて……本当に感謝しかありません! お代を払います、おいくらですか?」


「いいえ、お代なんてとんでもありません! 前にも言った通り、私の商隊全員の命を助けていただいたんです。最初からタダで差し上げるつもりでした」


「でも、そういうわけには――」



その様子を見たウィラムさんは、笑顔で提案する。


「もしタダでは気が済まないということでしたら、代わりにフーシャ村までで構いませんので護衛を引き受けてもらえませんか?」


――なるほど、建前上は依頼料という形で提供してくれるわけか……

まあ、この辺が落としどころだろう。


多分、俺の反応を予想した上で最初から用意していたシナリオなんだろうな。

そうであればこれ以上この問答を続けるのは野暮というものか……



「ふっ、あなたの方が一枚も二枚も上手うわてですね。護衛の依頼お受けしましょう」


「引き受けていただきありがとうございます。これでフーシャ村までの安全が保障されたようなものですな!」


そう言って再び笑うウィラムさん。



ウィラムさんのお陰で目的の品を手に入れることができた。あとはフリン達に届けるだけだ……!


次の目的地についても伝えることができるし、いい感じに事が運んでいるぞ……!




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


――3日後


道中大きなトラブルもなく一行はフーシャ村へ到着した。

ウィラムさんは若干興奮気味な様子で俺に話しかけてくる。


「いやあ、あっという間の数日間でした! これ程までに安心してこの危険地域を通過したのは初めての経験でしたよ!」


「こちらこそ本当にお世話になりました。ウィラムさんのお陰でこの大陸に関する色々な知識を得ることができました」


「ユウガさんもロクステラへ向かわれるのでしょう? またお会いすることもあるでしょう。是非今後もご贔屓いただけると幸いです」


「ええ、またお会いできるのを楽しみにしています――では!」



一行と別れ、足早にフーシャ村の入口へ向かう。

門番の獣人の男に事情を話して中に入れてもらおうとするが、何故か門番の表情は暗く、悲痛な表情をしている。



「何かあったんですか?」


俺がそう尋ねると、門番は重苦しい表情でゆっくり口を開くのだった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



バタンと大きな音を立ててドアを開ける――

ただいまとも、お邪魔しますとも言わずに、ずかずかと寝室まで歩いて行き、俺は扉を静かに開けた。



――中にはベッドの脇で涙を流すふたりの兄妹がいた。


「フリン……! フロウ……!」


「ユウガさぁぁん!!! お母さんが……お母さんがあああ……」


フリンは俺の腕に飛びつき、叫び声のような泣き声を上げる。

フロウはそんな妹の肩を無言で支え、声を殺して涙を流している。


ベッドには――苦痛から解放され、いくぶんか穏やかな表情になった母のセラさんが静かに横になっていた。



「いつ……いつ亡くなったんだ? 何でこんな――」


「昨日の夜です……いつものように夕飯を食べて、身体を拭いて寝室に向かおうとした時に突然……僕たちも全然……何が何だか……」



腹の底から“感情”が込み上げる――


“悲しみ”、“悔しさ”、そして、またしても無力だった自分への“怒り”――

内臓が地面に落ちていくような喪失感――


湧き上がる感情に言葉を忘れ、俺は震える手でフリンの頭を優しく撫でることしかできなかった。



動揺で焦点が定まらないまま部屋を見回していると、

ふと視界の端に何かが映ったような気がして、気になってベッドの方向へ存在感知を集中する。


その先には――ベッドの横で自身の亡骸を空ろな目で眺めるセラさんの魂があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る