第20話 “作戦”と冒険者ギルド

気が付くと朝になっていた。

どうやらあのまま眠ってしまったようだ――


久しぶりに脳を酷使したとはいえ、食事も取らずに寝てしまうとは……


確かこの宿は一泊二食付きだったはずだ。

少し勿体ないことをしたと思うが、気持ちを切り替えて今日の予定を立てることにする。



――今日は、昨日の経験を活かして“道行く人々を鑑定しまくる作戦”を決行する……!これほどの力があると分かってしまったのだ、とことんやるしかない……!


ウィラムさんとの約束の期限まで6日ある。

冒険者ギルドに行くという目的を一旦脇に置いて、作戦を決行しても問題ないだろう。

どちらにしろ闇の刻印を何とかしないと登録どころではないだろうし……


というわけで簡単に腹ごしらえを終えてから、散策をかねて露店街をぶらつくのだった。



作戦を決行してから数時間――

分かったことは、スキルは一人につき多くても2つ程度ということ、強力なスキルを持つ者は極まれであるということだ。


……何せ最初に不満を言っていた〈身体強化(小)〉すら珍しいレベルだったのだ。

圧倒的に多いのは〈部分身体強化〉スキルで、次に〈感覚強化〉や〈気配感知〉、〈隠密〉が続く形だ。



なるほど――これは増々迂闊に冒険者ギルドへ行けなくなってきたな……


こんな状態で行けばあっという間に噂になってあの国王の耳に入ってしまうかもしれない。まだあいつに生存していることがバレるわけにはいかないし、どうしたものか――



身の振り方を悩みながら露店街をうろついていると、とある男に目が留まる。



――うん、控えめに言っても“犯罪者”だな。


どうして検問にかからなかったのか分からない位の“悪人面”をしている。

無精ひげに覆われた頬はこけ、目の周りはクマのように黒みがかっており、鋭い眼光で周囲を睨むようにしている。

格好はいかにも冒険者もしくは“山賊”のような出で立ちをしており、落ち着きのない様子は地元の住民といった風には見えない。


無論、見た目だけでそう判断したわけではない。

男が持っているカバンの中身――血を被った金貨や銀貨が何枚も入っているのだ。

腰の短剣も同じように血で濡れている。


詳細感知はそうした隠れたものも見つけることができるのが強みだ。

もちろん確実な証拠があるわけではないから、すぐに戦って取り押さえるようなことはしないが……

衛兵を呼んだ所で、目立ってしまえば返って自分の首を絞めることに繋がる可能性もある。


ただ、なぜ明らかに“ヤバそう”なこの男が検問をパスできたのか気になっていた。

俺は気配を抑えながら男に近づき、〈鑑定〉をかける。


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 ザック=クライム

 職業:無法者

 スキル:偽装、部分身体強化(小)

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あったあった――

やはり怪しいスキルを持っているぞ。


急いで〈偽装〉スキルを検索してみる。


――っ、結構重い反動だ……

スキルによって反動にばらつきがあるみたいだな……


すぐさま自身に鑑定をかけてスキルが習得できているか確認すると、問題なく〈偽装〉スキルが追加されていた。


どうやらこれは文字通り自分のスキル構成を偽装する能力のようだ。

正確に言うと、偽装する意思を持って対象に触れると、その対象と同じスキル構成であるかのように見せることができるものらしい。


何とまあ“渡りに船”とはこのことだ。

さっそく道を聞くふりをして通行人に触れてみる――


鑑定で自分を見てみると、見事に無難なスキル構成に偽装されていた。

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 ユウガ=スオウ

 職業:商人、探究者

 スキル:部分身体強化(小)

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丁度、日が傾いてきた――今日は宿で休むことにしよう。

これで明日は堂々と冒険者登録ができる……



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


俺は一晩休んでリフレッシュした後、早速冒険者ギルドへ向かう。


場所は昨日の内に把握していたので、迷うことなく辿り着くことができた。

三階建ての大きな建物で、中に入ると多くの冒険者で溢れていた。

――その間を縫うようにして制服を着た職員らしき人々が忙しそうに飛び回っている。


中を見回すと正面奥に受付があったため、そこで受付の若い女性に声を掛ける。



「すみません、冒険者登録をしたいのですが」


「ようこそ!――ではまずはこちらの水晶に触れてください」


言われるがまま水晶に手を触れ、さりげなく表示された内容を確認する。


――よし、問題なく偽装済みの情報が表示されているな!



「あれ? 職業が二つあるなんて珍しいですね……初めて見ました!」


受付の女性は職業欄を見て驚いたような声を出している。

スキルのことばかり気を取られて職業の方は疎かになっていたが、この驚き方を見るとやはり珍しいのだろうか……

悪目立ちをしてしまうのではないかと少し焦っていると、横にいた先輩風の女性職員が口を開く。


「あなたは来たばかりで知らないでしょうけど、たまに“二つ持ち”の人がいるのよ。将来有望な新人さんが来てくれて嬉しいわ!」


そう言うと先輩職員がこちらに向かってウィンクする。

俺は軽く会釈で返し、ついでなので聞いてみることにした。


「あの、自分は商人ではないのに職業が商人と表示されるのは何故なんですか?」


「あー、それですか……正直仕組みはよく分かっていないんです。 その人の行動だったり身体やスキルなどの情報から適性のある職業を表示していると言われてはいますが……」


「――なるほど、そうなんですか。 ありがとうございます」


「では、これから登録と冒険者証の発行をしますのでしばらくお待ちくださいね!」



ギルドの職員でも職業欄についてはよく分かっていないのか……

とりあえず二つあることを怪しまれなくて助かった。



――助かったと言えばもう一つあった。

この世界の文字のことだ。


言葉は分かるしこちらの話すことも何故か向こうに通じるが、文字は読めるが書けないのだ。

正確に言うと書こうと思えばかけるが、頭に浮かぶ文字を紙に書き写すような作業になってしまう。


外国人が書いたひらがなや漢字を見たことがあれば分かるが、見て書き写した文字と言うのはどうしても当事国の人間から見れば違和感が出てしまうものだ。


そういうわけで文字を書かずに登録できたのは都合がよかった。

今後少しずつ練習していくことにしよう……




――15分くらい待っただろうか。

名前を呼ばれたので再び受付に行き、トランプよりやや小さめサイズのプレートを受け取る。鉄のような材質で、少しくすんだ銀色をしている。


「ユウガさん、今日からあなたは〈鉄級冒険者〉として活動をしていただきます。 ユウガさんの冒険者としての未来が輝かしいものになることを祈っております」


その後、受付の女性に冒険者としての基礎知識を教えてもらった。

要約すると大体こんな感じだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

・大陸全土で750万人以上が冒険者登録をしている


・冒険者といっても旅をしながら活動するのは全体の2~3割であり、そのほとんどが地域の魔物退治や兵士、素材採取、日常の細々した依頼解決など地元の生活を支える活動をしている。


・受注した依頼が失敗に終わると報酬額の1割のペナルティが発生する


・5年間報酬獲得の実績がないと資格停止となる


・冒険者には鉄、銅、銀、金、白金ランクがある


・依頼もこれに準じて分かれており、自分のランク以下の依頼のみ受けることができる


・鉄級~銀級までは、期間内の依頼達成報酬の合計額が既定額に達することで昇級する。


・銅級になるには直近1年の報酬合計が3金貨を超えるのが条件


・社会的には銅級冒険者から一人前とみなされている。

(冒険者収入だけで生計を立てられる実力があるという目安になる)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


一通り説明を聞き終わり、受付の女性にお礼を言う。


とりあえずこの仕事が当面の収入源となるわけだ。

俺は冒険者がどのくらい稼げるか確認するため、まずは掲示板を見る事にした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

・薬草採集:15銅貨~1銀貨 (報酬以外に薬草の売却額も発生)

・討伐依頼(ゴブリン1体):10銅貨~20銅貨

・討伐依頼(オーク1体):1銀貨~3銀貨 (素材売却金額も発生)

・護衛依頼(馬車1台、街道等の安全地域、1kmにつき):30銅貨~

・護衛依頼(馬車1台、危険地域、1kmにつき):1銀貨~

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


ゴブリンとかオークといった“おなじみ”の名前もあるな……

やはり討伐報酬+素材売却ができる魔物の討伐依頼が効率的だろうか。


ついでに採集依頼をこなせば割と実入りはよさそうだ、などと皮算用を始める。


ただそうした依頼には“条件”が課されているケースが多いようだ。

オーク討伐の依頼にはゴブリン討伐30体以上の実績が必要、といった具合だ。



――とりあえずゴブリン討伐の依頼を受けてみることにした。


狩りながら薬草を採集しておけば、次元収納バッグで劣化させずに保管できる。次回以降に薬草採集の依頼があれば受注して即納品といったことができるだろう。

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