第19話 水晶のしくみと鑑定
不用意なリスクを冒してしまったが、これにより水晶の仕組みを理解することができた。
とんでもない技術であり、まだ頭の整理がつかないが――
結論から言うと、この水晶は“端末”だ。
巨大なデータベースのようなものに繋がっており、鑑定対象をデータベースに照会する仕組みのようだ。
非常に面白い事に、このデータベースはあの“ともしび”の空間〈アーカーシャ〉とよく似ていた。あまりの情報量に詳しくは調べられなかったが、膨大な存在情報を蓄えているのだ。
更に驚くことに、水晶はこのデータベースへアクセスして存在情報を引き出した上、特定の項目を“言語化”して表示しているらしい。
――名前と職業、それにスキルだ。
人智が及ぬ領域だと思っていたあの情報を言語に翻訳する技術がすでにあったとは……
不思議なことに、その“翻訳辞書”は今自分の中にも宿っているようだった。
もし、引き出した情報を水晶と同じように言語化できるとしたら――
俺はふと思い立ち、ウィラムさんの護衛をしていた冒険者のひとりで試してみることにした。
存在感知の感度を上げていき、対象の存在をしっかりと認識して〈アーカーシャ〉へ照会をかける。
すると、水晶に触れた時と同じような“ウインドウ”が目の前に表示されたではないか……!
画面表示まで同じにようになるとは思っておらず慌てて隠そうとするが、どうやら周りからは見えていないようだ。
魔法による現象ではなくスキル由来の物だからだろうか……とにかく助かった。
改めて画面を見てみると、思い通り名前、職業、スキルが表示されている。
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モリアス=ファイン
職業:戦士
スキル:感覚強化
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今まで“生”の情報を脳みそに叩きつけられていたが、言語化のフィルタを通すことで格段に情報が整理され、体への負担も減ったように感じる。
さしづめスキル版の〈鑑定〉といった所か……
これはいい能力を手に入れたぞ!
ウィラムさん一行にお礼を言って別れた後、今度は近くを歩いていた冒険者らしき男にも〈鑑定〉をかけてみる。
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ケリム=サイド
職業:探索者
スキル:隠密
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〈隠密〉スキルか……どんなスキルなんだろう。
何か分かればと思い、試しに画面のスキル名に触れながら〈検索〉をかけてみる。
――再びハンマーで殴られたような衝撃が頭に走り、強いめまいがして思わずよろけてしまう。ここに表示された情報もちゃんと検索できるのか……!
いや待て――
「これは……まさか――!」
今自分を包んでいる感覚と俺の考えが正しければ、これによって得られたものはとんでもないものだ……!
俺はすぐさま自分に向かって〈鑑定〉をかける。
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ユウガ=スオウ
職業:商人、探究者
スキル:闇の刻印、存在感知、身体強化(中)、
魔力強化(小)、状態異常耐性(中)、
自動回復(小)、隠密
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やはりそうだ――
スキルの欄に〈隠密〉スキルがある……!
さっきスキルを検索した時、頭に叩き込まれたのはスキルの“設計図”のような情報だった。
まるでインターネットでアプリをダウンロードして端末にインストールでもするかのように、アーカーシャからスキル情報を引き出して取り込んでいたのだ。
――思ってもみなかった現象に興奮してしまうが、この場でこれ以上は不審な行動はできない。とりあえずどこか宿をとって、人目に付かない場所で検証することにした。
周囲を探すと、そこそこ綺麗な佇まいの宿があったため、早速中に入って受付で手続きをする。
宿代は銅貨80枚……地味に痛い出費だ。
二食付きとはいえ、都市部の宿の相場はこんなものなのか?
そんなことを思いながらも時間を無駄にしたくなかったため、そのまま手続きを済ませて部屋へ入る。
きれいに整えられたベッドにどさっと身を放り出し、天井を眺めながら深呼吸をする――
「さて、始めるか……」
そう呟いて上体を起こし、再び自身に〈鑑定〉をかける。
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ユウガ=スオウ
職業:商人、探究者
スキル:闇の刻印、存在感知、身体強化(中)、
魔力強化(小)、状態異常耐性(中)、
自動回復(小)、隠密
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改めて自身の鑑定結果を眺めてみる。
――そういえば、職業は変わってないんだな。
さっき追加された隠密スキル以外は黒龍が言っていた通りのスキル構成だ。
どうやら復活して変化したのはスキルだけらしい。
「――ん?」
いや待て、よく見たら職業が探“究”者になってるぞ!?
俺の記憶が確かなら前は探“索”者だったはずだ……
この〈職業〉欄はイマイチよく分からない部分が多い。
今まで商人をやった経験もないし、実態と異なる表記に何の意味があるのだろうか……
〈探究者〉というのも、どちらかというと職業というよりむしろ“称号”に近いような気がする。
まあ、このあたりの内容は今度詳しい人がいれば聞くことにしよう。
今はそんなことよりスキル考察の続きだ。
「我ながら、とんでもない能力だなこれは……」
どんな能力なのか調べようと思って検索したが、スキルそのものまで手に入れてしまうとは――
そもそもスキルとは何なんだろう……?
前にカーフさんに聞いたときは“神の恩寵”だと言っていた。
自分ではどうすることもできないものだから“与えられたもの”だと考えるのは至って普通のことだ。
問題なのはそのスキルが後天的に変化したり付加されたということだ……!
俺のスキルが変化したのは指輪の力で復活した時と、先ほどスキルを検索した時の二回……
何となくアーカーシャだとか〈始まりの力〉絡みの出来事や行動がきっかけであることは想像に難くない。
カーフさんは魂に魔法の術式が記憶されると言っていたが、スキルは俺の体のどこに記憶されているのだろう……?
そもそも――
自動回復スキルのように回復する瞬間を目で確認できるものを除き、基本的にスキルが発動しても見た目では全く分からない。
存在感知でもそれらしき発動の兆候を捉えたことはないが、もっと集中すれば違うのかもしれない。
なにせ〈始まりの力〉絡みの力を感知するスキルなのだから……!
というわけで、疑問を確かめずにいられなかった俺は早速実験を始める。
ナイフで指を少し傷つけ、〈自動回復〉スキルが発動している最中の体を存在感知を集中して視てみることにしたのだ。
どこかに活性化している場所があればそこがスキルを司る場所というわけだ。
左手を出して指先をナイフで軽く傷つけると、じわりと傷から血が滲むがスキルによって少しずつ治っていく。
その様子を確認し、目を閉じて少しずつ存在感知を深く集中させる。
――こんなに狭い範囲に集中させて感知したのは初めてだ。
段々と肉体が透けていき、魂だろうか……体とは別の存在も見え始めてきた。
魂まで視えてしまうなんて、つくづく規格外の力だな……そんなことを考えながら自身の魂を眺めていると、胸のあたりに見慣れたあの刻印があることに気付く。
まさか、魂にまで刻まれているなんて――!
闇の刻印の“根深さ”に驚愕しながら更に注意深く観察していると、何かを発見する。
刻印の向こう側……胸の奥に何かが揺らめいて見えたのだ。
「これは……!?」
揺らめく何かをもっとよく視ようと目を強く閉じ、額に血管が浮かび上がるほど限界まで感知を集中させた結果、ついにその姿を捉える。
「――“ともしび”だ……“ともしび”が見えるぞ!!」
大きさは全く違うが、アーカーシャで見たあの光と同じものが強く揺らめいている。
しばらくして手の傷が治ると、光は少し弱くなり揺らめきは落ち着いていった。
――どうやらこの“魂の核”のような部分がスキルを司っている部位のようだ。
再びベッドに仰向けに寝そべり、俺はふうっと大きく息を吐く。
興味本位で水晶を検索したことが、スキルそのものの考察と検証にまで発展するとは……
あれこれ考えていたら何だか一気に疲れが出てきてしまった。
俺は次第に重くなる瞼に抵抗しながら、ふと黒龍の言葉を思い出す――
『精々多くの経験を積み、様々な事象に触れることだな‥‥‥
その一つ一つの積み重ねがやがて巨大な氷を溶かし、真理へ至る道を拓くだろう』
ああ、まさにその通りだ……
この世界の各地をまわり、多くの人々に出会い、そして自身の力に変えていくのが自分の生き方――
この力は自分が思っていたよりずっと強力なものだった。
力に振り回されることなく、力に飲まれることなく、上手くこの力と付き合っていかなければならない。
そのためにも……この力が何なのか、どう使えばいいのかをしっかりと考えておかなければならないと胸に刻むのであった。
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