第18話 アナナスへ
翌日もひたすら街道を西へと進んでいく。
――とそこへ突然、索敵のために広げていた存在感知が“異変”を察知する。
400m程先で複数の人と狼らしき存在を感知したのだ。
走る脚に力を込めつつ詳細感知に切り替えて状況を探ると、先行していたキャラバンの一部だろうか――商人たちが20頭ほどのフォレストウルフに囲まれて立ち往生している。
群れのボスと見られる個体は以前倒したものより数倍はでかく、他の狼たちとは明らかに雰囲気が違う。
危機的な状況ではあるが、どうやら馬車周辺に結界のようなものを張っているらしく、数人がけがをしているが死者は出ていないようだ。
状況を把握したところで生命力を目いっぱい脚とへ流し込んで強化し、最大速度のまま群れのボスへ突撃する。
握りしめた魔法剣を振り抜き、すれ違いざまに巨大な狼の首を両断すると、統率を失った群れがバラバラとこちらに襲い掛かって来た。
それらを順番に排除している内に結界を解いた護衛の者たちが加勢に入り、一気に鎮圧に成功する。
「いやあ、助かりました! 奴らに囲まれて困り果てていたんです。――申し遅れました、私はロクステラで商人をやっているウィラムと申します」
「災難でしたね、間に合ってよかった……! ずいぶん大きなフォレストウルフでしたが、ああいうのはよく出るんですか?」
「とんでもない! 私も10年以上キャラバンをやっているが、あんなのは初めてだ! そしてあんな化け物を一瞬で倒す冒険者も――」
「実はまだ冒険者登録はしていないんですよ。これから行くアナナスで登録をする予定なんです。――実は別大陸の遠い国から流れ着いたばかりでして、色んな方に助けてもらいながら旅をしていたところであなた方にお会いしたんです」
「別大陸ですか!それは驚きだ。――冒険者にしては物腰が柔らかいので不思議には思っていましたが、そういう事なら合点がいきます」
昔の仕事柄ある程度は仕方ないとはいえ、冒険者になるならもう少し“くだけた口調”にした方がいいのだろうか――
人々に出会う度に違和感を持たれるのも良くない気がするので、このあたりは徐々に慣らしていくとしよう。
「それにしても、こんな深い森に流れ着くなんて……もしかしてダンジョンでランダム転移の魔法陣でも踏みましたかな?――いずれにせよ、今登録したら最強〈鉄級冒険者〉ですよ!」
そう言ってウィラムさんは笑う。
ランダム転移……そういうものもあるのか。今度からそういう設定にしておくのもいいかもな……
「まあ冒険者だろうがそうでなかろうが、助けてもらったことは事実です。少ないかもしれないがこれを受け取ってください……!」
そう言ってウィラムさんは俺の手に金貨1枚を握らせる。
「いえ、こんなに貰えません! 偶然通りかかっただけですからお気持ちだけで十分ですよ」
「そうはいきません。私だけでなくこの商隊と護衛の冒険者……合わせて7名の命を救ったのです。 これでも少ないくらいですし、他にもしっかりとお礼はさせていただきます。どうかまずはそれをお受け取り下さい……!」
さすが商人、押しの強さというか話の“持っていき方”が上手い……
多分これ以上断っても無駄な気がするため、ありがたく頂戴することにした。
「ではお言葉に甘えていただくことにしましょう。さっきの巨大な狼の買取もしてもらいましたし、こちらこそ助かりました」
「貴重な大型魔狼の素材ですから、こちらこそ譲っていただいて感謝しているくらいですよ! 買取価格については多少色をつけさせていただきました……これからも是非ご贔屓下さい」
ここから先、アナナスまではウィラムさんの馬車で同行することになった。
一緒にいた護衛の冒険者達も、それは心強いと歓迎してくれているようだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
商隊と道中を共にすること2日――
ウィラムさん一行とはすっかり打ち解けることができた。
さすが国を股にかける行商人だけあって知識も大したもので、日常生活から政治の話まで様々な情報を得ることができた。
ほどなくして――
「さあ、アナナスが見えてきましたよ!入口で簡単な検問を済ませたらそこで一旦お別れになります。 買付と行商を行って7日後に出発しますので、その時に入口で“例の物”をお渡しさせていただきます」
「分かりました。例の件、よろしくお願いします……!」
――それよりも、今“検問”と言ったか?
そういえばあの国の魔術大臣――コーエンだったか……水晶はギルドや検問で使われていると言っていたな。
もしこれから行く検問で水晶の鑑定が行われれば、面倒なことになるんじゃないだろうか――?
黒龍も一人の人間がこれほど多くのスキルを持つことは滅多にないと言っていた事も気になる。
――いや待て、数の問題じゃない!
そもそも俺は闇の刻印を持っていたんだった!
これはいくら何でもマズイ……バレたらまた大迷宮送りになってしまうぞ……!
油断していたがこれは危機的状況だ……どうしたものか。
――そうこうしている内に検問についてしまった。
やはり検問には水晶が置いてあり、ウィラムさんが門番の男に水晶に触れるよう促されている。
仕方ない、なるようになるしかないか。
最悪全力で逃げれば誰も追いつけないだろうし……
そう覚悟を決めていると――意外な声が聞こえてきた。
「よし! 通っていいぞ!」
無事に検問を通過できることが判明したため、俺は気になってウィラムさんに尋ねてみる。
「――ウィラムさん以外は水晶に触れなくていいんですか?」
「ええ、私はロクステラとトゥリンガ間の通行許可証を持っているからね。代表の自分だけ検査が必要ですが、あとの者達は検査を免除されるんですよ」
――なるほど、そういう仕組みだったのか。
確かに商人はタイム・イズ・マネーの職業だ。
大きな商隊であればあるほど、そうした検査の時間は無駄になってしまうということか……
それはそれでリスクがあると思うが、そこは門番の腕の見せ所―― 長年の勘で悪人らしき者がいないかチェックしているのだろう。
さて、この状況はチャンスだな――
城で見てからというもの、どういう仕組みなのか気にはなっていたんだ。
俺は馬車が検問を通過する際に、水晶に向かってこっそり〈検索〉をかけてみる――
すると想定の数倍におよぶ膨大な情報がガツンと入ってきたため、危うく気絶しかけてしまう。
頭がドクドクと脈打ち、目の奥がガンガンと痛む――
胃が痙攣して強烈な吐き気も込み上げてきた……
「まて! そこの男はどうしたんだ!一旦止まれ!!」
……まずい、門番の“勘”に引っ掛かってしまった。
軽はずみな行動を後悔するも時すでに遅し。ウィラムさんに迷惑をかけてしまった。
「ああ、彼は私の護衛として雇った腕利きだ。ただ、ここへ来る途中〈グランド・フォレストウルフ〉とみられる化け物に襲われてね……彼のお陰で切り抜けることができたが、その時一撃を受けてしまったんだ。――治療の件もあるから早く通していただけると助かるんだが」
「む、他の商隊がすでに到着しているのに君達が遅かったのは、そういうわけだったのか。もし〈グランド・フォレストウルフ〉だったならBランク相当の魔物だ……無事にたどり着けたのは運がよかったな。――呼び止めて悪かった、通っていいぞ!」
ウィラムさんの冷静なフォローに助けられ、何とか切り抜けることに成功した。
検問を抜けると、ウィラムさんは驚いた様子で尋ねてくる。
「大丈夫ですか!?」
「すみません……もう大丈夫です。持病の発作みたいなものなので、すぐにおさまります――」
少し苦しい言い訳だったが、一応納得してくれたようだ。
商隊を乗せた馬車はゆっくりとアナナスの街へ入っていく――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます